いつの頃からか、松本竣介の絵画に惹かれてきました。静謐と、孤独が覆う作品は、何度見ても飽きることがありません。彼の画集は、古書で高価な価格が付いていますが、手頃な価格で入手できるものを探していたら、数点まとまって入りました。

中野淳の「青い絵具の匂い」(中公文庫/ 古書600円)。これは、松本と交流のあった著者が、出会いから死別、そして死後の評価を記録した本で、文庫オリジナルです。白黒ではありますが、松本の作品が収録されています。

コロナ・ブックスの企画で出版された「松本竣介 線と言葉」(平凡社/古書1400円)。こちらは、オールカラーで鑑賞することができます。「運河風景」「鉄橋付近」「議事堂のある風景」「Y市の橋」など代表作が並んでいます。私は、この本で彼が最も尊敬する人物として、宮沢賢治を挙げていることを知りました。

彼は東京生まれと思って、朝日晃の「松本竣介」(日動出版/古書2600円)を読んでいると、二歳の時、父親の仕事の関係で花巻に引越していました。父はぶどう酒を製造するビジネスを始めたのですが、ここに、当時25歳だった賢治が何度も訪れているのです。さらに、彼は賢治の卒業した小学校、中学校に通っていました。そんな環境で、賢治の世界に惹かれていきました。

朝日は本の中で、色彩の少ない風景を描く松本の世界への、彼が過ごした東北の風土の影響をこう書いています。

「きまって浮かんでくる三つの色彩がある。言うまでもなく、雪国としての盛岡の白と、その積雪が春先になって解け始め、やがて、白一色のなかからのぞかれる雪国の土の黒である。そして、冬空を仰ぐと、厚い雪雲の切れ目から、突然透明度のある輝くような碧空がのぞき、光は周囲のなかの唯一の明部として鋭角的に存在するのである」

賢治の死後、出された全集を松本は大事にしていました。東京という都会の人になっても、深い青に彩られた世界は、賢治の魂と同じ地平線に広がっているのかもしれません。

蛇足ですが、秋山洋一の詩集「雲母橋あたり」(幻戯書房/古書1400円)の表紙にも松本の「Y市の橋」が使われています。

 

レティシア書房はゴールデンウイーク中も通常営業しております。

 5月6日(月)〜8日(水)は連休いたします。

 

以前に紹介した「画家の詩、詩人の絵」(青幻舎2000円)の中に登場する二人の画家の本が入ってきました。

松本竣介の「線と言葉」(平凡社コロナブックス1300円)と、もう一冊は、香月泰男の妻、婦美子さんが書かれた「夫の右手」(求龍堂800円)です。

松本竣介(1912〜1948)は、都会に生きる人々とその風景を描いた作家ですが、40年代初頭に発表された 「Y市の橋」、「駅」、「並木道」といった都会の一隅を捉えた作品に魅かれます。画面全体を覆う寂寞たる雰囲気。この街に住む人達は幸せなのだろうか、それとも纏わり付いて離れない孤独に沈黙しているのだろうか、絵の中に入り込んで、どこかに温かな家庭の灯を見つけたくなる衝動にかられます。

今回入荷した「線と言葉」は、松本の生涯を俯瞰して、様々な角度から作品を楽しむことができます。同郷だったからか、或は父親と交流があったからか、彼は宮沢賢治を最も尊敬していたことも、この本で初めて知りました。また1941年、美術雑誌で戦争協力を説く座談会記事に反論し、抗議の文章「生きてゐる画家」の一部分を読むこともできました。48年、死の直前に描いた「彫刻と女」、絶筆となった「建物」について、親友で彫刻家舟越保武が書く松本への思いに胸が熱くなりました。

 


香月泰男は、「画家の詩、詩人の絵」で初めて作品を知ったのですが、「水浴」(1949年)の静謐さに心奪われました。プール際に佇む三人の少年を描いた作品ですが、プール遊びに興じる少年達の笑い声など皆無で、ひたすらプールの静かさが迫ってきます。香月は、松本の1年前の1911年の生まれです。戦争に駆り出され、熾烈なシベリヤ抑留体験をして帰国した画家は、温かな家庭、家族に、自分の愛情を注いでいきます。婦美子さんが、亡き夫との人生を振り返った「夫の右手」には、彼の「母子のシリーズ」30点が掲載されていて、香月の家族への愛が伝わってきます。

彼は、シベリヤの収容所からサン・ジュアンの木を持ち帰り、庭で育てました。そしてこう言って世を去りました。

「自分が死んだら分骨して、サン・ジュアンの木の下に埋めてくれ。そしてサン・ジュアンの木に生まれかわったら、孫たちがよじ登ってくれるだろう………。」永遠に家族と共にありたかったのでしょうね。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彫刻家、船越保武のエッセイをまとめた「巨岩と花びら」(ちくま文庫750円・絶版)が入荷しました。「長崎26殉教者記念像」で有名な彫刻家で、作品同様端正な文章で、魅了されました。釣りに出掛けた筆者が、あまりに魚がかからず、暇を持て余しているところへ飛んできた喋々相手に、楽しい時間を過ごす「渓流にて」などは、美しいだけではなく、ユーモア心も溢れた一篇です。

このエッセイの中に、画家松本竣介の事を書いた文章が何点か収められています。イントロダクションが素晴らしい。

「あの橋の上から、俊介は手をふって私のところへ戻って来た。『暗くなった。かえろう』といってスケッチブックを閉じた。夕暮の中に俊介は白っぽい服を着て立っていた。仕事を終えて、熱っぽい顔をしていた。

先刻まで私が休んでいた橋のたもとの、石垣の近くには、青い色の小魚の群れが見えていた。都会の雑踏の中なのに、このひとときは不思議な静寂があった。

青かった空が藤色になり紫色にかわって、たちまち夜の空になる。夏の日の夕暮れの風景のその色の移り変わりを、俊介は絵の中に留めようとしていたのだろう。」

36才でこの世を去った画家、松本の作品に漂う寂寥感、静寂を、見事に表現した文章ではありませんか。

船越は、聴覚を失っていたこの画家とは、盛岡中学で同級でした。友情を育て、交流を深めていきます。夕暮の直前の数分間、辺りがすみれ色になる瞬間、言い換えれば残照という言葉が相応しい時間こそ、松本の世界だと指摘します。

「俊介は、この時間の、この光りを愛したのだと思う。愛したというよりも、この光りの虜になっていたのではないだろうか」

松本俊介に興味を持たれた方には、中野淳著「青い絵具の匂い」(中央公論社450円)がお薦めです。

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