「CARAMEL PAPA   PANAM  SOUL  IN  TOKYO 」(CD/廃盤3000円)というオムニバスアルバムは私のお気に入りの一枚です。70年代の日本のシティミュージックを代表する大貫妙子、鈴木茂、細野晴臣、松任谷正隆などの名曲が20曲収録されています。

70年代後半、私は西武百貨店と西武グループが演出するバラ色の世界に、かなり影響を受けていたと思います。豊かで明るい社会で、お洒落に、知的に、好きな事をしながら暮らしてゆく、その眩しさに酔わされていたように思います。大学生の5年間このデパートでバイトしていましたし…….。

収録されているミュージシャンたちが皆、西武グループが作り出した「おいしい生活」のために歌ったわけではないのですが、こうしてまとめて聴くと、あの時代のシティーミュージックは、そんな生活への憧れがベースにあったのかもしれません。それまで、音楽トレンドの主流にあった私小説的な、いわゆる”四畳半フォーク”の貧乏くささにヘキエキしていた私にとって、甘く切なく、アメリカ音楽の洒落た音楽センスが一杯の曲は飛びつきたいほど魅力的でした。

松本隆作詞、鈴木茂作曲の「微熱少年」はこんな歌い出しです。

「俄か雨降る午後に 体温計はさみ 天井の休日 ゆらゆらと揺れて溶け出した 窓のガラスを叩く 野球帽子の少年の ビー玉を石で砕いては 空に撒き散らす」

カッコいい!日本語でここまでセンスのいい曲ができるんだ!と驚いた日を思い出します。

この時代の音楽を語るとき荒井由実(松任谷由実)は、はずせません。このアルバムの最後に、彼女の傑作「航海日誌」という曲が収録されています。しかしここでは、鈴木茂、細野晴臣、彼女の夫の松任谷正隆がメンバーだったグループ「ティン・パン・アレー」が、ボーカルなしでインストで演奏しています。

原曲はスローなテンポで哀愁漂うサウンドなのですが、細野晴臣はブラジリアン感覚一杯に編曲しています。個人的には、ボーカルなしのこのアレンジがベストです。松任谷正隆のキーボードがなんともメランコリックで、明るく楽しかったあの時代へとすーっと連れていってくれます。曲のあたまに、波の音、汽笛が入いり、チリンという自転車のベルの音。それなりの会社に就職して、横浜あたりのマンションに住んで、休日には自転車に乗って、綺麗な彼女とクラブサンドイッチをほうばる、みたいな、今振り返れば阿呆かと思えるような若い日の妄想が甦る曲です。

ラスト、もう一度自転車のチリンという音で音楽は終ります。「夢は終わましたよ」と、言われたみたいです。

 

 

 

 

 

 

延江浩著「愛国とノーサイド 松任谷家と頭山家」(講談社1300円)。ユーミンの夫君で、稀代のアレンジャー松任谷正隆と、70年代から新たな音楽を作り出したミュージシャンの話だと思って読みはじめたのですが、これ、昭和の一時代を丸ごと捉えようとしたとんでもない本でした。

表紙を開けると、先ず松任谷家の家系図が書かれています。正隆の父親の兄弟の嫁として松任谷家にやってきたのが大藤尋子。彼女の祖父は頭山満。この名前を聞いて、「玄洋社」の事を思いだされたら、その方は現代史に詳しい。頭山満は日本の右翼運動の一大源流を作った男であり、戦前は英雄視されて心酔する者も多数いましたが、彼の作った玄洋社は敗戦後GHQによって抹殺させられました。

尋子は、祖父の家には、孫文、大杉栄、犬養毅、広田弘毅、岩波書店の岩波茂雄等々、主義思想に関わらず、そうそうたる面子がたむろしてたと語っています。また、頭を撫でてもらいながら「いかなる理不尽であろうとも、怒りは噛んで飲み下せ。そうすれば己の力に変わる。全ての憤りを己の滋養と心得よ、と諭されたことを覚えています。」とも。

そして、この本は一方で、新しく芽生えてきた日本のポップカルチャーに参加していったミュージシャンの交流を追いかけながら、頭山家と昭和の政治の流れを追いかけていきます。日本の戦後史、あるいは芸術に登場した多くの人々が登場してきます。もうそのまま、お正月にやっている10時間ドラマみたいです。(逆を云えば、掘り下げが足りない部分もあります)

25章「桜の国」では、頭山家と重信家とは交流があったことが書かれています。重信家は、元日本赤軍最高指導者、重信房子受刑者の家です。過激な暴力で世界革命蜂起を計画していた彼女の父、末夫と頭山満の子であった頭山秀三は、戦前の軍事クーデター、5・15事件の同士だったのです。様々な場所で、様々な人達が絡み合い、闘争を重ねて、時代が動いてゆく様を見ているようです。

一方、松任谷正隆と結婚したユーミンは、恐るべき才能で日本の音楽シーンを変えていきます。彼女の周りにも、やはり曲者が集まってきます。細野晴臣、松本隆らの「はっぴーえんど」組、加藤和彦、安井かずみそして「アルファレコード」創設者の村井邦彦。スマートで、お洒落で、クールなサウンドは、今日のJポっプの原点を作ったと言えます。

松本隆が所属していた事務所「風都市」にユーミンが立ち寄った時、彼女はこんな事を感じたそうです。

「事務所の窓から市ヶ谷の(自衛隊)駐屯地が見えたんですけど、すごくざわざわしていたのを覚えています。ちょうど三島(由紀夫)事件の直前か直後のどちらかで、あれも今振り返ると、とても70年代的な光景でしたね」

政治の季節は終わりをつげ、新しいカルチャーの始まりだったのかもしれません。その後の世代の私たちは、そんなカルチャーを浴びる程楽しんだのです。

 

雑誌「ブルータス」が松本隆の特集を組んでいます。

日本のロック、フォークは言うに及ばず、歌謡曲、アイドルまで数多くの名曲の作詞をしてきた彼の言葉がいかに美しいかをひも解いた企画でした。(300円)

松本の母親は、とにかくめそめそするのが嫌いな人で、その影響を受けた彼の詩には、その手合いの女性が先ず出てきません。太田裕美の「木綿のハンカチーフ」なんて、都会に出て行った彼が、あっちでふわふわしていると感ずるや否や、あんたに送ってもらうハンカチで一泣きしたら、ハイ終り、というヒロインです。

或いは、斉藤由貴の「卒業」では、卒業式で好きな人と別れるから泣くなんて、できません、もっと哀しい時に泣きますと宣言します。猫まんがの「きょうの猫村さん」の作者ほし・ゆりことの対談で彼はこの曲のことをこう言っています。

「女の子は人前で泣いたらダメだと思っているんです。女の子はひとりで泣くんだ」と。

中学時代から読書好きだった松本は、特に中原中也と宮沢賢治に傾倒していきます。この特集の中でも「今でも別格」と言い切っています。しかし、詩人にはならず、作詞の方に舵を切ったのは、音楽が好きだったからなのでしょう。ハッピー・エンド時代の名曲「風をあつめて」に出てくる「風をあつめて、風をあつめて、青空を翔びたいんです」なんて詩は、賢治の童話で出てきそうです。また「夏なんです」の「ホーシーツクツクの蝉の声です ホーシーツクツクの夏なんです」もやはり賢治の詩の世界です。

私が一番好きなのは、盟友、鈴木茂の「バンドワゴン」(1500円)に収録されている「微熱少年」のこんな言葉です

「俄か雨降る午後に 体温計を挟み、天井の木目 ゆらゆらと揺れて溶け出した 窓のガラスを叩く 野球帽の少年の ビー玉を石で砕いて空に撒き散らす」

まるで萩尾望都のコミックに出てくる少年みたいな描写です。

ユーミンが、松本と組んだ最高傑作は薬師丸ひろ子の「Woman」と断言して、語っています

「『眠り顔を見ていたいの』というフレーズ。『寝顔』じゃなくて『眠り顔』。そこに死の匂いを感じます。『時の河を渡る舟』も、冥界を漂うあの世とこの世の渡し舟のようだし」

深い意味を込めた彼の作品を、どなたか体系的に研究していただきたいものです。

★松本隆~はっぴーえんど関連のCD各種入荷しました

大瀧詠一「Best ways」2CD 2800円

はっぴーえんど「City-ベストアルバム」1400円

はっぴーえんど「風街ロマン」1800円

鈴木茂「バンドワゴン」1400円

大瀧詠一「ナイアガラムーン」1800円

 

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