「ここに書かれたものは、母への復讐でも、夫への恨みでも、彼への呪いでもなんでもない。飛行機から見下ろす、新幹線の車窓から眺める、家から溢れる光の中にある、ただそこにあった私の物語にすぎない」

著者、植本一子のこんな文章で終わる「かなわない」(タバブックス1836円)は、複雑な面白さを見せてくれます。

著者は新々気鋭の写真家として活動する一方で、「働けECD〜わたしの育児混沌記」で、家族の事、育児のことを赤裸裸に綴った本を出しました。それから5年。彼女が書かずにいられなかた自分を取り囲むもの・・・家族であり、母であり、そしてその向こうに見え隠れする愛を捉えようとしたのが「かなわない」という全280ページに及ぶこの本です。

2011年から2014年の日記が収録されています。繰り返される日常。家事、育児、そして夫のこと。これが、何故か、下手な小説より遥かに面白い。写真家の石川直樹が、こう評価しています

「植本さんがこんなに端正で抑制の効いた文章が書ける人とは思わなかった。本人は端正というよりは可愛らしく、抑制が効いているよりは何事にも反応を示す敏感な感性の持ち主だからだ。日常に散らばるわずかなきらめきや揺らめきを等しく拾い上げ、丁寧に書き綴った『かなわない』は、とても面白い。ある人の人生に寄り添うことはそんなに簡単ではないが、この本のおかげで、少なくともぼく自信は彼女の人生に共感し、寄り添うことができると思った」

怒り、苛つき、不安、孤独、生きづらさ等が、日々襲いかかってくる。誰にも言えない自分の苦しさが限界点へ登りつめてゆく。子ども二人隔てて地続きの蒲団で寝ている状況で、むくりと起き上がり、夫に向かい、離婚してくれと叫びだす辺りは、そのギリギリの地点だったのではないのか。

では、この本はそんな「家族の地獄」だけをひたすら書き綴ったものなのかと言えば、全く違うのです。「不思議なもので、自分が必要とする人と、しかるべきタイミングで必ず出会えるんだということを実感している。」その様が日記に、エッセイに描かれています。人に助けられ、前を向く。

夕暮れ迫る頃、車窓から見えるのは、通過する沿線に点在する家々の窓から漏れる光。そこに在るのは一人一人の生活であり、人生という物語。読者は、橋本家の窓に映る、彼女の物語を読み込むことで、自分の物語を再構成してゆく、これはそんな本です。これって文学が追求してきたことだったはず。ってことは、これは第一級の文学作品ですね。

店内には「かなわない的読本」というフリーペーパーを配布中です。著者が選ぶ22冊の本という刺激的な一覧も載っています。