ゴールデンウィーク明けの二日間、店を連休しました。そして、只者ではない二人の表現者の芸を楽しんできました。

月曜日、久々に大阪松竹座の「五月歌舞伎」へ。お目当ては市川猿之助の「金幣猿島郡(きんのざいさるしまだいり)」。2時間半ぐらいのエンタメ。入場料いただいたら、その分、きっちりと楽んでかえってもらいます!という、気合い十分なお芝居です。男と女の嫉妬が、どす黒い怪物を生み出し、大活劇に至るという歌舞伎ならではの荒唐無稽な物語。能の名作「道成寺」までひっかけるスピンオフ的展開で満員の観客を引っ張ります。ワイヤーつけて3Fまで舞い上がる宙乗り(奈落からワーッと真っ直ぐに天井近くまで引き上げられる迫力!)はあるわ、ひっきりなしに三つの仮面を付け替えて踊る舞踊はあるわ、もうなんでもござれ。長唄、常磐津も怒濤の如く、迫ってきます。

凄い!と思ったのは、隣の席の女性が、役者の見得に合わせて首を振られているのです。いや〜、タテノリのライブ感覚。独自のスピード感で、劇場全体をドライブさせて、観客をノセルなんて、ロックのライブですね。先代猿之助が、この手のケレンたっぷりの舞台を復活させた時、批判も多々あったように聞いていますが、もうそんな言葉は寄せ付けません。照明や炎の演出も、おそらくスーパー歌舞伎などを経て技術力が上がり、ダイナミック。

次の日は、京都国立博物館で開催されている「海北友松(かいほうゆうしょう)」展に出かけました。開場30分前に着いたのですが、100人以上の列。海北友松は安土桃山から江戸時代初期にかけて活躍した絵師で、雲の間から飛来する竜の絵が有名らしいのですが、私は全く知りませんでした。

先ず、「放馬図屏風」という野生の馬を描いた作品に足が止まりました。野生のくせにちょっと太り過ぎだろうと言いたくなる馬の、真ん中の一頭の前足がかっこいいのです。大地を踏ん張っている感じ、その後ろ姿のポーズの良さにしばし見入りました。

そして、雲の間からこちらを睨みつける二頭の竜。展示室は、照明を落とした空間。きっと当時の人たちはこんな暗い空間で、蝋燭の灯りを頼りに眺めていたのでしょうね。画面から漂う妖気に震え、そして大自然への畏怖の念を感じ取ったことでしょう。

これらの竜は、その異形をもって、お前たちは万物の長にあらず、その一部に過ぎぬわ!何もかもコントロールできるなんて大間違いと、暗闇の向こうから喝!と、現代人の姿を一笑するするような凄味がありました。

 

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今月の大阪松竹座は、片岡仁左衛門で、歌舞伎「絵本合法衢」。休みの日、朝からギャラリーの搬入・展示をしてから、猛暑の中、観に行きました。

鶴屋南北の狂言をもとにした舞台です。極悪非道の男のお話なんですが、とても魅力的でした。これって、江戸時代の人達は昨今の2時間サスペンスドラマとして楽しんでいたんでしょうね。

仁左衛門は、左枝大学之助という本家の横領を企む殿様と、その配下のならず者の太平次の二役を演じます。まぁ二人共、悪事を重ねてゆくこと、重ねてゆくこと夥しい。仲間であろうが、妻であろうが、自分の欲望のためなら平気で殺害していきます。さすが南北もの、もう血みどろの話です。映像でやったら、どう演出しても冷酷な殺人鬼にしかなりません。クリスティーの小説「そして誰もいなくなった」ではありませんが、ほんとにみんな死んで誰もいなくなります。

それなのに、わくわくするのは何故なのでしょうか。この悪人、俺には殺人者の血が流れている ……なんて風に暗い顔で悩むなんてことは全くしません。俺たち悪人、ホイホイホイです。それを、貫禄たっぷり、声よし、器量よしで、しかもどこかユーモアのセンスも持っている役者が演じると、次どうなる、次どうなるの、とのめり込んでいくのです。

円熟期を迎えた仁左衛門は、この主人公を色っぽく生き生きと演じ、花道を疾走し、美しい殺陣を見せながら、陰惨な話をエンターテイメントとして楽しませてくれました。歌舞伎見たことないわ、という人にもおススメです。

ラストの大立ち回りの後、ついに殺された左枝大学之助もむっくり起き上がって、敵討ちを果たした者と一緒に、客席に向かってご挨拶をします。「松嶋屋!!」と声がかかり、もうヤンヤヤンヤの大拍手です。演者たちが、今日のお話はここまででございます。お気をつけてお帰りくださいと、夢の世界から現実へ引き戻してくれます。小さな小屋ならお捻りがとんだことでしょう。西洋の舞台のカーテンコールとは又違う舞台と観客が一体となる演出。楽しい芝居で暑気払いをさせてもらいました。

「四谷怪談」で有名な鶴屋南北は、実は鰻が好きで、滅多に芝居に登場しない鰻が出てくる作品が二本もあり、しかも重要な小道具として登場します。「四谷怪談」と「謎帯一寸徳兵衛」です。

「南北の作風は油っこい。鰻はたとえ白焼きでもサッパリしたなかに油っこさがある。人間の欲望がむき出しになっているためであろうが、芝居の運びそのものに、したたかで、油っこいところがあるのだ。そういう味が行間ににじんでいるのは、南北の嗜好によるのだろう。鰻は南北のトレードマークである」

これ、演劇評論家の渡辺保の「芝居の食卓」(柴田書店・絶版800円)の一節です。歌舞伎に登場する食をメインに取り上げた本ですが、芝居に興味のない人でも面白く読めます。

例えば、「幕の内弁当」に関するエッセイでは、まず「幕の内」という言葉の定義から入り、その弁当がどんなものであったかが書き込まれています。江戸時代の芝居見物では、お弁当だけでなく多くの食事が提供されます。

「これだけ食べ尽して、その合間で芝居を見る。視覚聴覚、そして味覚。芝居見物は全身を働かせるものだった。いい気持ちで客席で寝てなどいられなかったのである。」

この本を出版している柴田書店はどちらかと言えば、プロの料理人向けの専門書籍をメインに刊行しています。それ故か、演劇評論家が書いたものが、食に重きを置いた、上質の食文化の本に出来上がったのだと思います。

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松竹座の十月花形歌舞伎公演を観ました。

「半沢直樹」ですっかりお馴染みになった片岡愛之助は「アイノスケ!」とか「クロサキ!」なんて掛け声も飛ぶほど、歌舞伎の敷居を低くしたようです。いくらなんでも声をかけるなら「マツシマヤ!」でしょ、と苦々しく思っていたけれど、いつのまにかそれも許してしまう楽しい雰囲気の舞台でした。

昼の部の「新・油地獄 大坂純情伝」という平成に書かれた演目は、近松の「女殺油地獄」を下敷きにしたミュージカル和版「ウェストサイドストーリー」。
対立する二つの不良グループがステップを踏み、まるでトニーとマリアの、与兵衞と小菊が純愛を貫きます。この世とあの世を繋ぐような芝居小屋の劇中劇では、与兵衞の母親に対する愛憎が映し出され、それがやがて油屋の女房お吉殺しに行き着くという、解りやすい面白い作りです。不良は不良でも原作にある与兵衞のえも言われぬ艶っぽさ(仁左衞門の凄みのある芝居はうっとりでした♥)と理不尽な暴力性は無く、むしろ若さ故の悲劇になっています。それが今の愛之助の柄にとても良く合っています。演出も、客席を走り回ったりして大衆演劇っぽくて(薪車のヤクザな男ぶりもいいし)、それも歌舞伎の魅力かな、と思いました。

続く、「三人連獅子」は、愛之助と壱太郎(さすがに鍛えられて美しいです!)の踊り。子獅子を踊るのは上村吉太朗。彼は小学生ながら、片岡我当の部屋子から上村吉弥の弟子になり愛之助以来の一般家庭からの歌舞伎スターを嘱望されているとか。健気な子獅子のキレの良い踊りを、気持ちよく見せて頂きました。

歌舞伎に限らず芸事は一朝一夕では成りません。子供の頃からの、この地道な積み重ねが本当の花を咲かせるのだとしみじみ思いました。だから、だから、香川照之の市川中車襲名は、やっぱり無理があると思うのです。私は香川のファンです。「半沢直樹」だってリアルな芝居凄かったです。歌舞伎という仕事をやり残したくないという気持ちを察した上で、それでも血筋の事などはもう言わないで、自分なりの俳優の道を突き進んでほしい、と切に願います。そうだ、前から言いたかったことをここで言っておこう。「香川!下山せよ!」(女房)

 

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先日、歌舞伎俳優中村勘三郎さんが亡くなりました、二つの意味でショックでした。彼とは同世代だったこと。そして、20年程前の初めての歌舞伎体験が、南座の勘三郎(当時は勘九郎でしたが)さんでした。出し物は、「一条大蔵卿」。バカ殿、実は名君だったという歌舞伎お得意の演目でした。連日のテレビの報道では、新しい歌舞伎に挑戦し続けた役者として取り上げられていますが、彼は王道を往く人でした。

彼の座右の言葉は、

「型があってこその、型破り。型がなければ、型なし」とか。

古典歌舞伎のすべてが身に染み込んでいるからこそ、そこから飛び出し、新しい挑戦ができたのでしょう。確か、先代の市川猿之助も同じようなことを言っていました。スーパー歌舞伎が出来たのも、古典がきっちり身に付いていたからにちがいありません。

勘九郎時代の本、「勘九郎芝居ばなし」(朝日新聞社600円)は、古典歌舞伎の演目について話されたものを集めた一冊ですが、古典を語るのが楽しくて仕方ないことがよくわかります。その演目を演じた時の写真もどれも魅力的です。

古典かぁ〜。漱石も、シェークスピアも、ドストエフスキーも縁遠かった私が、古本屋をやっているのが恥ずかしくなりますね。でも、初めて「罪と罰」を読んだ時、これ一級のサスペンス小説だ!とワクワクしたり、シェークスピアの心突き刺す言葉の応酬に興奮したことも事実ありました。おそらく、「物語」の面白さの基本を教えてくれたのだと思います。大きな虚構を支えるために、散りばめられた無数の小さな真実が一級の物語の構造とするならば、古典はその宝庫です。なかなか、トライできませんが……..。

勘三郎さんの舞台は、その後、三島由紀夫作の「鰯売り」や古典落語の「らくだ」を歌舞伎にしたものとか、色々楽しませてもらいました。しかし、その真骨頂であった江戸の人情話河竹黙阿弥の名作「梅雨小袖昔八丈」(髪結新三)を観る事ができなかったのが残念です。本当に芝居を愛し、魂のこもった舞台こそが人を感動させることを熟知していた人だったと思います。

「あばよ、また来らぁ!」と言い残して花道を走り抜けた、そんな気がします。

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