最近、ちょっと阿部昭の小説に入れ込んでいます。阿部昭は、海軍将校阿部信夫の息子として広島に生まれ、その後神奈川県藤沢市に引っ越しここで育ちます。東大文学部に進みラジオ局に入り、62年「子供部屋」で文学界新人賞を受賞して作家になります。元軍人の父のこと、知的障害を持つ兄や息子など、自分の家族を書くことが多い私小説家系列の作家です。短編小説の名手として知られています。今回入荷したのは「阿部昭短編集」(水窓出版/新刊1728円)。

個人的に、私小説は波長が合わず、あまり熱心に読んではいないのですが、彼の作品だけは、どんどん読めるのが不思議です。父親がモデルと思われる元軍人の戦後を、息子の目線で描いた「幼年詩篇」など典型的な私小説なのです。会社員生活に馴染めない父親は、すぐに辞表を出して家にこもってしまいます。家にあったものを順番に売っては生活をしている様子が描かれていて、陰気といえば陰気なのですが、面白い作品です。

「未成年 」に登場する父親も似たり寄ったりです。この中で、やはり元軍人だった父親が自分の部屋で屑あつめをする様を、こんな風に表現している文章があります。

「僕には、おやじが自分の肉体がほろびてゆく音をじっと耳をすまして聞いている。そんな風に思えるのだ。なんの役にも立たないそんな紙屑やがらくたを、おやじがまるで生き物を可愛がるみたいににして身のまわりに寄せ集めているのは、なぜかそうしなければ心が寒いからなんだろう。温もれないような気がしているからなんだろう。 おやじの胸にぽっかりあいた暗い、つめたい穴をのぞきこむような気がする。」

軍人だった父親と息子の関係を通して、戦後の一つの姿を描いています。きっと、こんな家族は日本中にあったはずです。平易で飾りのない文章だからこそ、リアルにその姿が立ち上がってきます。

「おふくろが庭先に放り出してある壊れた椅子にぐったりもたれて、砂いじりしている幼い孫を見張っている」という文章で始まる「あの夏」は、よくある妻と母親の間で立ち往生する夫の日々を描いた作品です。後半「いまや自分も子供を持つ親になって、おふくろというものがただ老いた肉体というよりは、何か不仕合わせな魂のように感じられるようになった。おふくろの一生が、僕をふくめた男たちにくすねられた、はかない一生だったという気がするようになった。」と老いてゆく母を見つめています。

どこにでもある人生の一瞬を切り取って、生と死、そして老いを描き切った傑作揃いの短編集です。版元の水窓出版は、この本の他に、三木卓の「ミッドワイフの家」という、やはり地味な小説を刊行しています。この出版不況にエライ!

レティシア書房はゴールデンウイーク中も通常営業しております。

 5月6日(月)〜8日(水)は連休いたします。

 

 

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