私は、時代小説を読まない。めったやたらと漢字が連なる名前の人物たちが、大挙登場すると頭の中が大混乱して、誰が誰の配下なのかも解らなくなるからです。

しかし、「化物蠟燭」(朝日新聞社/古書1200円)は、面白かった。まず、短編であること。偉そうな武士が登場しないこと。ちょっと怪奇小説風の趣向があること。何より、江戸前の落語家がイキのいい声で、江戸の市井に生きる男たちや女たちのことを語ってくれているような世界が展開していきます。

「夜番」に登場する、お冴という酒場を営む年増の女性が「ちょいとね、頼まれごとをしてほしいのさ」と主人公の乙次に言いよるあたりは、女形の上手かった今は亡き桂歌丸師匠に語って欲しかった。乙次や、嫉妬で殺された平蔵の亡霊も、イキな江戸言葉なのです。

「そりゃあ、恨んでも恨み切れやせん。けど死んでまで構う奴でもねぇんです。己のうまく行かないことを他人になすりつけるような奴は、うっちゃっておいてもどうせろくなことにならねぇ」

とは、職場の人間の妬みで殺された平蔵の台詞。ポンポンと飛び出す小気味よい会話が堪能できる一編です。

この短編集には、江戸の町を生きる様々な職人たちが登場します。彼らが聞く事になる、この世とあの世の境目にいるものたちの声。それは、恨みであったり、悲しみであったり、色々です。そんな彼らの思いを何とかしてやろうと東奔西走する職人たちと、彼らを支える逞しく明るい女房たち。

「『わっちも下手なこたぁできねぇな。どっかで目が光っているのだ』神妙な気持ちで言うと、そうだよ。しっかりやらないと、先人が怒って出てくるよ』両手を幽霊のようにぶらりと前で垂らして見せてから、お甲は『嫌だ、この人、真っ青になってるよ』と、弾かれたように笑い、そそくさと次の牡丹餅に手を伸ばした』」

という「化物蠟燭」に登場する影絵師の富右治と、その女房お甲の会話など、これなんか立川談志師匠の声で聞きたいものです。「お後はよろしいようで」と言う声が聞こえてきそうです。