池澤夏樹の「星に降る雪/修道院」(角川書店/古書500円)は、片方は岐阜を、もう片方はクレタ島を舞台にして、この世のものではないものに憑かれた男の物語。と言ってもホラーではありません。

「星に降る雪」は、岐阜にある世界最大の地下ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデが舞台です。飛騨市神岡町の神岡高山の地下 1000メートルに、素粒子物理研究のための観測装置が設置されています。直径 39m、高さ42mの円筒形タンクに 5万トンの純水を蓄え、壁には直径約50cmの 光電増倍管1万数千本を設置して、宇宙から飛来する素粒子を観測しています。(写真右)

「地下に潜るのは、余計なものを見ないためだ。眼は遠い星からのニュートリノを見る。そのために巨大なタンクに五万トンの水を湛えて、その水を無数の眼が見つめている。ニュートリノしか入れない深い地下に潜る。この微粒子にとっては千メートルの岩盤も直径一万三千キロの地球もないに等しい。すべてをすり抜け、ごくたまに電子や原子核にぶつかって光子に変わる。それを眼は見る。」

池澤は光電増倍管のことを眼と表現しています。

主人公はこの施設に勤務する技術者田村。彼は登山中に親友新庄を雪崩で失くしています。彼の元に、親友の恋人大牧が訪ねてきます。彼女は、当時共に登山していたのですが、雪崩で他のメンバーは助かったのに、何故新庄だけ死なねばならなかったのか、あの時、山で何が起こったのかを田村に問いただします。しかし、彼はおよそ技術者らしくない説明をします。

「星のメッセージって何なの?哲之さんは何を言って死んだの」と問いつめますが、星の彼方からやって来るメッセージを待つなどという答えに、「ぜんぜんわからない」といら立つ彼女の態度はもっともです。地上に生きる時間は、正しい方法で旅立つための準備期間で人はその日を待つだけだという田村の話に、彼女はこう反論します。

「でも、人は旅立ちを待ちはしないのよ。地上でつつましく健全に暮らして、最後に老いて死ぬの。」

真っ当な意見です。地に足をつけて生きてきた彼女には、田村の荒唐無稽とも言える話は信用できません。二人は理解できないまま別れます。ばかばかしい、意味不明という感想を持たれる方があるかもしれませんが、私は信じますね。彼の言う星の彼方にあるものを。

「修道院」はクレタ島を旅行中に、偶然に寄った田舎の町で見つけた修道院を巡る物語です。修道院の墓地の礼拝堂に秘められた悲しい物語を、主人公が宿屋の女主から聞くことになります。

「男が一人ね、村にやってきたんだよ」。どこの誰ともわからない男に、村人は不信感を抱きますが、やがて、彼は廃墟同然になっていた礼拝堂を一人で直し始めます。修道院の院長は、この男が魂に何か重い荷物を背負っていることに気づき、修道院で暮らすことを提案します。しかし、彼の返答は「自分は魂に重い荷物を負っている。その荷が僅かでも軽減できるまではお仲間には入れてもらえない。」でした。

何も語らない男が、たった一人で修道院を直すのか、その理由を読者が追体験してゆきます。上手い!としか言いようのない展開に、早く、早くとページをめくりたくなる気分でした。そして読者は正体不明の男が抱える宗教的な無限地獄を直視することになります。けれども、作者はここで終らせません。男も、彼の人生を読んだ私たちの魂も解放させてくれるようになエンディングを用意しています。いい気分で本を閉じました。

 

 

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