文学の世界の、限り無い奥深さを教えてくれたのは、辻邦生でした。そして、小説の可能性を池澤夏樹から学びました。特に、80年代後半から、90年代初頭にかけての池澤の小説群には目を見張りました。88年「スティルライフ」で芥川賞受賞後、89年「真夏のプリニウス」、90年「バビロンに行きて歌え」、91年「マリコ・マリキータ」、同年「タマリンドの木」、そして92年「南に島のティオ」と傑作を連発します。

どの作品がベストかと問われれば、どれも。すべて読んでくださいとしかお答えできません。ただ、その日の気分で、今日ならあれ、昨日ならこれと推薦する本はあります。

今なら、「バビロンに行きて歌え」(新潮社/絶版600円)ですね。アラブの小国のテロリストの青年が、グループ内の政治闘争のあげくに放り出されて、東京に密航してくるところから小説は始まります。誰にも見つからないように床下で眠っていた時に、近づいてきた老犬を道づれに一人、大都会東京に彷徨う生活がスタートします。この青年が関わり合う人達との交流を、短篇小説のような独立したスタイルで描いていきます。第一章「老犬」から、第三章「ブルーブレート」辺りまでは、ハードボイルドな乾いたタッチでスピーディーに展開してゆき、第四章「恋の日々」辺りから、彼と彼を取り巻く青年達のドラマへと向かっていきます。

音楽をやっている青年達の中に入ったことで、彼は変化していきます。言葉と歌の力で、自分がこの東京という都会に生きていることを実感します。

「彼はのびやかに歌った。自分に最もふさわしい武器がM−21スナイパーライフルではなく歌であることを知った。これならば、雪の中、砂漠、遠い国、営倉、ジャングル、どこへ行っても大丈夫だと思った。その翌日から、彼はもう戦闘の夢を見なくなった。」

マシンガンを撃つことしか知らなかった青年が、歌うことで暗澹たる過去から解き放たれるまでを、的確に描いた名作です。

池澤はその後も、小説、評論、エッセイと、数多くの作品を発表し続けています。近年の代表作と言えば、震災以降の東北を描いた「春を恨んだりしない」(中央公論新社850円)でしょう。この本、東北の震災の現場を粒さに見て、現場の声に耳を傾け、そして、「ぐずぐずと行きつ戻りつを繰り返しながら」、この国には「変化が起こるだろう」と予測し、

「自分が求めているものはモノではない。新製品でもないし無限の電力でもないらしい、とうすうす気づく人たちが増えている。この大地が必ずしも安定した生活の場ではないと覚れば生きる姿勢も変わる。」と言います。

確かに、そんな生き方を模索している人が増えているのは、来店されるお客様と話していても感じるところです。

秋、よく焼けた秋刀魚に大根おろしを付け合わせ、一杯なんてささやかな幸せですね。

が、佐藤春夫の詩「秋刀魚の歌」(1923年)に出てくる秋刀魚の食卓は、寂しさ、わびしさの極みみたいです。

「あはれ 秋刀魚よ 情あれば伝へてよ ー男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて 思ひにふける と。」

なにやら、のっけから暗〜い始まりです。

「さんま さんま そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて さんまを食ふは男がふる里のならひなり。 そのならひをあやしみなつかしみて女は いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。あはれ、人に捨てられんとする人妻と 妻にそむかれたる男と食卓にむかへば 愛うすき父を持ちたし女の児は 小さき箸をあやつりなやみつつ 父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。」

いや、もう堪忍して下さいという展開ですが、その情景が見事に脳裏に浮かんできます。詩人は、秋の日常の食卓を素材にして、人生の暗澹たる部分を刳り出してきます。詩に宿る力を見せてくれる一編です。

もうひとつ、詩の力を見せてくれたのが、石垣りんの「くらし」です。

「食わずには生きてゆけない メシを 野菜を 肉を 空気を 光を 水を 親を きょうだいを 師を 金もこころも 食わずに生きてこれなかった。 ふくれた腹をかかえ 口をぬぐえば 台所に散らばっている にんじんのしっぽ 鳥の骨 父のはらわた 四十の日暮れ 私の目にはじめてあふれる獣の涙」

とてつもなく悲しい経験をした時、恐らく、この詩はその人を支えてくれるかもしれません。

これらの詩は池澤夏樹編集日本文学全集の「近現代詩歌」(1800円)で読む事ができます。あまたある近現代の詩歌から池澤が詩を、種村弘が短歌を、小澤實が俳句を選んだ一冊で、お気に入りが見つかればその詩人の本を買うのにぴったりのアンソロジーです。

 ★ご案内                                                 明日、28日(金)店内のイベントのため6時30分に閉店させていただきます。よろしくお願いします。 

入荷する度に、ご紹介している池澤夏樹編集の日本文学全集ですが、今回は「松尾芭蕉/与謝野蕪村/小林一茶/とくとく歌仙」(河出書房新社1800円)の俳諧。

有名な「閑かさ岩にしみ入蝉の声」を初めて読んだ時、なんだこれ?と全く興味を持てませんでした。が、ボリュームあるこの一一冊に収められた三人の俳句を読んでいると、さっぱり理解できないものもあるのですが、爆発的にイメージが広がるものがあり、目前に白い雲がわぁーとみえたり、田園の向こうを雨が降り出してくるのを眺めていたり、と、面白い経験をさせてもらいました。

とりわけ、小林一茶に引込まれました。一茶の句を選んだ長谷川櫂は、芭蕉や蕪村が古典文学に精通していたのに、一茶には全くその素養がなかったことを踏まえて、こう言い切っています

「一茶は文学における野蛮人だった。では、一茶の俳句を培ったのは何か。それは江戸時代後半の社会を悪戦苦闘しながら生きた一人の人間の生活感覚である。これこそ、一茶が芭蕉や蕪村とちがうところであり、一茶の俳句を読む場合、忘れてはならない視点だろう」

「小便の身ぶるひ笑へきりぎりす」「雀の子そこのけそこのけ御馬が通る」

こんなユーモラスは句を作っていた一茶の後半の人生は、悲惨としか言いようのない日々でした。父親の遺産相続で揉めに揉め、数度の結婚で、五人の子供を授かったのに、片っ端から死別。晩年62歳の時、再婚したものの、即離縁、元々煩っていた中風が再発、言語障害になってしまう。

「淋しさに飯くふ也秋の風」

一茶63歳の句ですが、人生の寂寞さが色濃く出ています。

できれば、若い時に詠んだ

「ゆうぜんとして山を見る蛙哉」

みたいな悠然と構えた蛙になった気分で、山を見上げていたいものです。この時代の新たなポップな感性を持っていた俳人ですね。

65歳で死去した一茶は、残った妻に娘が生まれます。選者は「人生は悲惨だが、滑稽である」と結んでいます。

 

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

★★カナダ在住で、ドールシープを撮影されている写真家、上村知さんの写真展を11月1日(火)〜13日(日)まで開催します。5日(土)夜に、上村さんによるスライドショー 「極北カナダ・ユーコン&アラスカの旅と暮し」(7時より)を予定しております。(要・予約 同じくレティシア書房までお願いします)


 

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池澤夏樹編集の日本文学全集の一冊で「宮沢賢治 中島敦」(河出書房新社1800円)を一冊にした本の紹介です。何故この二人?という疑問に編者はこう答えています。

「中島敦は宮沢賢治の十三年後に生まれ、その死の九年後に亡くなった。賢治は享年三十七歳、敦は享年三十三歳。若くして他界したことだけだなく、二人には共に遠くを見ていたという共通点があるように思う。自分というものの扱いに苦労したところも似ている。」

「共に遠くを見ていた」、「自分というものの扱いに苦労」した作家……..。

宮沢はまさにそんな作家だと思います。自分という存在に苦しみ、銀河の果てまで飛んでいってしまった。

死ぬ直前には、「そしてわたしはまもなく死ぬのだろう わたくしというのはいったい何だ 何べん考えなほし読みあさり さうともきかうも教えられても 結局まだはっきりしていない わたくしといふのは」

という「そしてわたしはまもなく死ぬだろう」(未完)の詩を残しています。「これで二時間 咽喉からの血はとまらない おもてはもう人もあるかず 樹などしづかに息してめぐむ春の夜」という詩を書きながら、己がいるべき遥か彼方に地へと向かっていたのでしょう。

中島は1941年、ミクロネシアに渡り、数ヶ月滞在しています。その時、彼が見た南洋の自然、風物、そこに暮らす人々を描いたのが、この全集に収録されている「環礁ーミクロネシア巡島記妙ー」です。

「寂しい島だ」という文章で始まるこの旅行記は、「薄く空一面を覆うた雲の下で、空気は水分に飽和して重く淀んでいる。暑い。全く、どう逃れようもなく暑い。」とその気候に辟易しながらも、歩き回る。デング熱が治りきらない状態で、眩暈と、息苦しさでガタガタになってくる。しかし、それでも作家は幻覚に近い美の中で陶酔してゆく。今なら飛行機でヒョイと飛んでいけるのだが、中島が渡航した時代は、当然船の旅。時間をかけて地に果てに行き着いたという感覚ではなかったでしょうか。自分を持て余していた男の放浪記として、私は読みました。

因みに店には昭和11年発行の「南島譚」(今日の問題社/初版2500円)もあります。全集収録の「悟淨出世」「梧淨歎異」も入っていて、古色蒼然とした一冊ですが、手に取ってみてください。

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折口信夫「口訳万葉集」、小池昌代「百人一首」、丸谷才一「新々百人一首」の三編がまとめられて「日本文学全集」(池澤夏樹編集/河出書房新社1800円)の一冊として刊行されました。

中学校だったか、高校学校だったか、京都大学で万葉集を選考したという担任の、国語の授業を受けましたが、もう死ぬほど退屈でした。「百人一首」には、好きな人をひたすら思いやるような恋愛の歌「相聞歌」も多数ありますが、なんせむさ苦しい男子学生。和歌よりもエロ雑誌、本物の女子学生の髪の匂いに、つよく惹かれるのは当たり前でした。

ところが、今回通読してみて、その面白さ、格好良さにしびれました。最もスタイリッシュだったのは、「百人一首」を選んだ藤原定家のこの一句。

「駒とめて袖うちはらふかげもなし佐野のわたりの雪の夕ぐれ」

静寂が支配する冬の日暮れ。寡黙な武将が、ふと雪をはらった瞬間に見てしまう、己の明日・・まるで映画みたいな光景が浮かんできます。

折口の「口訳万葉集」は、この国文学者の大家が、若き日、「万葉集」四千五百首ほどを口語に訳し、それを友人三人と書き取ったものです。その間、一切の参考書を使わずに、原本だけを詠みきったという労作です。本書ではその一部が抜粋されています。

また、丸谷の「新々百人一首」は、彼なりの「百人一首」を編纂しようと決心し、50代半ばから20年かかって完成させました。こちらは、その中から20首程が選ばれていますが、ここまで読み見込むかと感心してしまいました。持てる知識フル動員の文章は、かなり手てごわく、百人一首初心者にはハードルが高すぎたみたいです。

その点、詩人の小池昌代訳の「百人一首」は、翻訳、解説とも簡潔で読みやすく、入門としては最適でした。

「よもすがら物思ふころは明けやらぬ閨のひまさへつれなかりけり」  俊恵法師

閨(ねま)は「寝室」のことで、こう解説しています

「男を待ち、朝を待ち、どこもかしこも『待つ人生』。恋は『待つ』ことで成熟するとはいえ、じりじりと進む夜の遅さに『待つ』という行為にもうこれ以上耐えられないという女の心が映っている」

こちらも、夜の闇の深さを見事に切り取った映像的表現ですね。「57577」という限り無く制約された世界で、これだけの美を創り出した、日本的感性って、どこから来たのかちょっと調べてみたくなりました。

因みに、池澤夏樹のベスト1はこちらでした

「春の夜の夢の浮橋とだえして峯にわかるる横雲のそら」 定家

 

 

池澤夏樹の「氷山の南」(文藝春秋1450円)は、連日の猛暑に、涼しくなること間違いなしの小説です。

舞台は南極。その海に浮かぶ巨大な氷山を、オーストラリアまで運んでくるという壮大なプロジェクトに、密航者として乗り込んだ18歳の青年と、様々なエスニックバックグラウンドを持つクルーとの交流、そしてプロジェクトに反対する信仰集団との対立を描いた、ジャンル的に言えば、冒険小説です。

と言っても、お決りの海洋活劇があるわけではありません。淡々と進行する物語を読んでいくうちに、一人の青年が多くの人々との交流を通じて、世界を認識し、我々を取り囲む宇宙を感じるための通過儀礼を描いた教養小説だということが判ってきます。

主人公ジンは、アイヌの血をひく若者。彼の友人がジム。彼のルーツはオーストラリアの先住民族、アポリジニという設定からして、少数民族の生き方が関与してくることが見えてきます。

オーストラリアの荒涼たる大地で、満天の星空を見つめながらジンは、見えている星空の奥に、そして見ている自我の奥に何かが在ることに気づきます。

「星々を自分が今こうして見ている。見る自分と見られる星空の関係はそのまま逆転できる。星もこちらを見ている。無数の星の一つがこちらに視線を手繰り寄せる。一本の光の糸が張り渡される。あの一つの星は人間に見られていることを喜び、ちゃんと見返している。対等の関係だ」

自然は、好き勝手に動き回る存在ではない。「人が見るから、その視線に応じて自然は自らを装う。きりりと姿を整える。」

やがて、ジンは理解します。「自分がいて、世界がある。それぞれがあって、後につながるものではない。この二つは最初からセットなのだ」と。

さらに、彼は氷山を運び、溶かして灌漑に使うというやり方に反対するアイシストという信仰集団のリーダーの女性に出会います。そして、際限のない人間の欲望が、人々を不幸せにしているからこそ、そういう欲望や衝動に抵抗力をつけるためには、「できるかぎり消極的な生き方で済ませる」という思想に魅かれていきます。

「どれほどの権力と冨と美貌と健康と知力と意志を備えていても、一生の間ずっとやりたい放題は続けられない。たいていの場合、欲望の大半は実現しないわ。そのために失望する。不幸感が生まれる。それならば最初のうちに、欲望が妄想に育ってしまう前に、冷やしてしまった方がいいんじゃない?」

主人公ジンは、多くの知的冒険と大自然の中の経験と、そして彼に迫ってくる難問への対処を経て、全500ページにわたる長編はクライマックスを迎えます。長編小説の醍醐味、ここにありですね。

サマーバカンスに何読もうか?とお悩みの方、海辺で、あるいは故郷の山里でじっくり読むのに相応しい一冊です。

 

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と、えらそうに言い放ってしまいましたが、もちろん原文ではありません。池澤夏樹個人編集による「日本文学全集全30巻」の第一回配本が、漢字まるでダメの私がスラスラ読める池澤訳による「古事記」だっだのです。

「天と地が初めて開けた時、高天の原に生まれたのは 天之御中主神(アメノ・ミナカヌシのカミ)と高御産巣日神(タカ・ミ・ムスヒのカミ)そして神産巣日神(カミ・ムスヒのカミ)の三名の神だった」

で、「古事記」は始まります。全体は上巻、中巻、下巻に分かれ、神話的世界から徐々に血なまぐさい権力闘争に彩られた現実的物語へと変遷していきます。読み始めた時、天皇がどこどこの娘に生ませた子供の名前の羅列が続くのが退屈でしたが、その絶倫ぶりやら、なんとか子孫を残そうとする涙ぐましい努力に圧倒されどんどん読んでいきました。スサノオと対峙するアマテラス、神武天皇の登場で国作りが開始され、ヤマトタケルの冒険話、そして仁徳天皇をめぐる女たちのバトル(これ、週刊誌ネタです)。そして初の女帝推古までの系譜が語られていきます。下巻で出てくる人間臭い争いごとの話は笑ってしまいましたが、全380ページ、トライしてみてはいかがですか?

このシリーズ、翻訳の面々が面白いので今後も買っていこうと思います。ただ今、川上未映子訳による樋口一葉「たけくらべ」に挑んでいます。この後、町田康訳「宇治拾遺物語」、島田雅彦訳「好色一代男」、いとうせいこう訳「曾根崎心中」、いしいしんじ訳「義経千本桜」、酒井順子訳「枕草紙」、高橋源一郎訳「方丈記」、森見登美彦訳「竹取物語」、堀江敏幸訳「土佐日記」、内田樹訳「徒然草」と、魅力的なラインナップです。この全集のラスト(2017年刊行)を飾るのは角田光代訳による「源氏物語」(全3巻)です。

全集の売れないこの時代に、刊行した河出書房と、こんなユニークな翻訳人を選んだ池澤夏樹の編集者としてのセンスの良さに敬服します。

日本文学全集を出す前に、世界文学全集も池澤編集で刊行されました。こちらも、ユニークな作家が並んでいます。店には数点在庫しています。

河出書房HPに池澤夏樹の「なぜ今、『日本文学全集』なのか」というロングインタビューが載っています。

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ベトナム戦争後期の沖縄。嘉手納基地から、連日大型爆撃B−52が北爆へと向かう中、爆撃を阻止するために、四人の男女がスパイ組織を結成して、アメリカ軍の軍事情報を盗み出そうと動き始めます。その姿をとおして、ベトナム戦争に翻弄される沖縄の姿を切り取ったのが、池澤夏樹作「カデナ」(新潮文庫400円)です。これ、血湧き肉踊る冒険小説ではありません。もちろん、身体に秘密情報を書き記した書類を隠して、基地を出ようとするヒロインが拘束されるサスペンス満タンの描写もありますが……..。

解説で作家の佐々木譲が見事にこう言い切っています

「スパイ活動は題材ではあるが、スパイ小説というジャンルには分類できない。素人によるスパイ活動を描いた冒険譚であり、トーンから言うならば完全に青春小説である。」

そうなんです、これはそれぞれに暗い歴史を抱えた四人が、抗うことができない戦争という現実を前にして、共に抵抗しようとする無垢な姿を描いた青春小説です。疾走した1968年の夏を主人公たちが回想します、あの時はよかったなぁ〜と。冒険の季節は終り、時の彼方へ去ってしまうが、強烈な体験は胸を熱くさせます。

「それでも私たちにはあの夏の記憶がある」

「私たちは大変なことを成し遂げた。そう考えましょ。爆弾が落ちる下にいた何万人かの人たちを他へ動かした。私はサイパンで爆弾とか砲弾というものの威力をよく知っていますから、自分の身に少々の危険があることはなんでもなかった。」

熱い沖縄の夏の太陽に照らされた主人公たちの笑顔が見えてきそうな素敵な長編小説です。

この小説の後、18才のアイヌ系少年の青年の南極海への冒険を描いた「氷山の南」(文藝春秋1450円)、そして昨年は、日本の本格的原爆開発を描いた、ストレートな冒険小説「アトミックボックス」(売切)と骨太の長編を発表しています。

当店は、もちろん私も含めて、この作家のファンが多いので、なるべく多くの作品を揃えていきます。

 

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どの出版社も文学全集などという採算の取れない書籍は出さない、出せないはずだったのですが、数年前に河出書房新社が、池澤夏樹編集で「世界文学全集」全24巻を出版しました。へぇ〜と思ったり、よくやるなぁ〜と感心したりしていました。内容は大充実。最近、古書でも出回ってきて、数点入荷しています。

ケルアックの「路上」が「オン・ザ・ロード」(1700円)というタイトルで青山南の新訳とともに甦りました。

「だれにも、だれにも、これからどうなるかわからない、見捨てられたボロのように年老いていくことしかわからない」

という最後の文章を読みながら、ボロボロ泣いたのはいつ頃だったでしょうか?行き当たりばったりのロードノベルは、一時流行していたアメリカ映画のロードムービーを彷彿させる面白さでした。ちびりちびり、安酒でも煽りながら読まれることをお薦めします。無為な人生これまた結構という傑作です。

あるいは、クッツェーの「鉄の時代」(1900円)。反アパルトヘイトの気運高まるケープタウンの町で暮らす老女の眼を通して描かれる黒人への無差別暴力をえぐり出した小説ですが、

「喉には胆汁の味が、硫黄の味がこみあげる。狂ったか!そう独語するー気が狂うとこんな味がするのか!」などという激しい表現に、後ろ向きになりそうですが、差別という言葉の奥深い狂気を見事に炙り出します。

未読ですが、いつか読もうと準備しているのがフォークナーの「アブサム、アブサム」(1800円)です。個人的にアメリカ南部の田舎町のどす黒いお話は好きで、確かチェーンソーで片っ端から殺しをしていた男を描いたスプラッタームービー(タイトル忘れました)も、ビールとステーキしかない陰鬱な南部の町が舞台でした。愛と欲望と野心が錯綜するなんていいじゃないですかね。(7点入って、3点売りというのは、まだ全集読む人がいるってことですね)

ところで、この出版社、池澤夏樹編集で、秋から「日本文学全集全30巻」を懲りずに刊行するみたいです。内容はというと、これは読みたい!!というのがいっぱいです。一部をご紹介します。

竹取物語 森見登美彦 訳■新訳 伊勢物語 川上弘美 訳■新訳 堤中納言物語 中島京子 訳■新訳
土佐日記 堀江敏幸 訳■新訳 更級日記 江國香織 訳■新訳
源氏物語 上中下 角田光代 訳■新訳 枕草子 酒井順子新訳■ 新訳方丈記 高橋源一郎 訳■新訳
徒然草 内田樹 訳■新訳 曾根崎心中 いとうせいこう 訳■新訳 女殺油地獄 桜庭一樹 訳■新訳

仮名手本忠臣蔵 松井今朝子 訳■新訳菅原伝授手習鑑 三浦しをん 訳■新訳 義経千本桜 いしいしんじ 訳■新訳
こういう訳者なら、古典文学も読んでみたいですね。こんな楽しい全集をズラリと並べてくれる書店が近くにあれば良いんですが………。詳しくは「河出書房新社」HPで
次週30日(月)、7月1日(火)と連休いたします。2日から「デザイン系洋書フェアを開催いたします」
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毎号ユニークな特集で楽しく読ませてくれる「ritokei」最新号(500円)が入荷しました。特集は離島観光です。巻頭には、池澤夏樹のインタビューが掲載されています。

池澤さんの小説には、島を舞台にしたものが多くあります。「南の島のティオ」(楡出版800円)、「マシアス・ギリの失脚」(新潮社900円)、「花を運ぶ妹」(文春文庫250円)、そして沖縄在住時代は「神々の食」(文藝春秋600円)、「やさしいオキナワ」(PARCO800円)など。最新作のノンストップ傑作サスペンス「アトミックボム」は瀬戸内海を駆け回る作品でした。

インタビューで、彼は人間と自然の関係を島から教えられたと語っています。自然の側から人間を見た時、いかに自然が人間に対して無関心かということを説明されています。それは、こうです

「たとえば、人間は勝手に自然が意図を持って何かを破壊しているという。『颱風が襲ってきた』、『津波が襲ってきた』と言う。自然にそんなつもりは全然なく、非情でさえない。簡単にいえば無関心なんですよ。人間がどうなろうと」

自然に癒されたなんて、すべて人間側の勝手な想いです。

本誌はさらに、竹富島、小値賀島、利尻島など魅力的な島々を紹介していきます。そして、石垣島で生まれた“IshigakiCreative Flag”というムーブメントの紹介がされていますが、夏休みに、この新聞で紹介されている島々へお出かけになりませんか。

国内はなぁ…という方には、石川梵「時の海、人の大地」(魁星出版1400円)はいかがでしょうか。これは島ばかりはありませんが、クジラに飛びつき、虎と闘いと辺境に生きる人達の生と死をドキュメントした一冊です。凄まじい生き方ですが、尊厳に満ちた彼等の顔を見つめるだけの価値のある本です。

と、この原稿を書いていたのが昨日。その直後の事です。「時の海、人の大地」と「花を運ぶ妹」、「神々の食」をカウンターにお持ちのお客様!あれ、まだこの原稿公開していないのにとびっくり。こんな事もあるんですね。

★お知らせ 勝手ながら7月1日(火)は休業いたします 。

 

 

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