例えば、嫌な仕事をなんとか乗り切った翌日。下らないいざこざに決着を付けた夜。そんな時に沢木耕太郎の「彼らの流儀」(新潮文庫300円)をポケットに入れて、電車やバスを待っている時に好きな部分を読めば、足下が軽くなってきます。

普通に生きている多くの人々の人生の「一瞬」を掴み出して、エッセイでもなく、小説でもなく、ノンフィクションでもない手法で描いた33篇の物語です。

平成3年、朝日新聞社より単行本が発売された時、書店で最初の短篇「ナチュラル」を立ち読みし、即決で買ってしまいました。「ナチュラル」は、ロバート・レッドフォード主演の野球映画の名作です。映画のラストシーンでファンタジックなホームランが飛び出すシーンと、野球選手だった父親の後を追い、プロの世界に飛び込んだ息子の選択を描いた、たった5ページの短篇です。ぜひ、映画も見て下さい。そうすれば、ラスト数行に涙してしまいます。

 

あるいは、「最後のダービー」。これは、年老いたドライバーが、老朽化したタクシーを運転する車に乗ったときの、沢木との会話で成り立っています。競馬の話は最後まで出てきません。戦前からハイヤーのドライバーとして生きてきた老人は、78才になって、ドライバー人生に幕を降ろすことを決心します。土曜日、車に乗って場外馬券を買いに行く楽しみも最後です。その寂しさと、納得のゆく人生を送ってきた満足感を、やはり数ページで描きます。

こういうストーリーを読むには、やはりこちらもちょっとした人生の坂道を上り下りした時がベストでしょうね。さて、明日から…..と顔を上げさせてくれるのに、市販のビタミン剤よりも効果絶大かもしれません。

もう一冊、沢木の「流星ひとつ」(新潮文庫500円)。これは歌手藤圭子へのインタビューを、丸ごと収録したインタビューノンフィクションの傑作です。目次は、「一杯目の火酒」「二杯目の火酒」と続き、「最後の火酒」でおわります。1979年秋、東京ホテルニューオータニのバー「バルゴー」で、酒杯を重ねながら、藤圭子の心の奥へと降りてゆく作業を本にしたものです。芸人の子供として、小さな時から「三条純子」という芸名で全国を流れてきた彼女は、15才のころには、「何も考えないで生きてきた。人生について考えるのなんて、25過ぎてからでいいじゃない」「わかっていたことは、食べて、寝て、生きてゆくことだけ」と沢木に呟いています。そして、音楽業界で認められて、ヒット曲を連発し、若くして結婚、一年後に離婚。28才で芸能界を去る決意をするまでの人生を語り尽くします。まるで、沢木と一緒に酒を飲みながら、彼女の話に耳を傾けるような臨場感溢れる作品です。一気読みしそうです。                                                                                                                                                                                                                          

★安藤誠ネイチャートークショー「安藤塾」今年も開催決定しました。

北海道のネイチャーガイドで、釧路ヒッコリー・ウインドオーナー安藤誠さん(写真左・愛犬キャンディと)のトークショーを10月25日(水)19時30分より開催します。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆっくりと読まなければならない」本というものがあります。難しい理論や、抽象的概念を論じたものではなく、言葉はフツーなんだけれども、ゆっくり、噛みしめなければ何も残らない本。今、再読している石牟礼道子の「椿の海の記」なんかまさにそんな一冊です。(また、ブログでご紹介します)

中央公論社で「婦人公論」の編集長を勤め、2010年から新潮社の「考える人」の編集長を務める河野通和の「言葉はかくして生き残った」(ミシマ社2592円)も、やはりゆっくりと読むべき本です。基本的には書評集なのですが、取り上げた本への著者の思いや、或は作家が使った言葉への敬意が散りばめられたエッセイと言った方が的確です。

「こんな古本屋があった」で取り上げられているのは、関口良雄の「昔日の客」(夏葉社2376円)です。1977年、59歳で亡くなった「山王書房」店主、関口良雄が古書組合の組合報に書いた文章をまとめたものですが、書物への愛情と、古書店主としての矜持が迫ってくる名著です。河野は、この古書店のことを沢木耕太郎の「バーボン・ストリート」で知ったこと、そして店主と、42歳で急逝した作家、野呂邦暢の交流を紹介しています。これがいいんですね。店主としてかく有りたいと思わせるハートウォーミングなエピソードです。

そして、店主のご子息が、父親の仕事をこう語っていたことを紹介しています。

「古本屋という職業は、一冊の本に込められた作家、詩人の魂を扱う仕事なんだって。ですから、私が敬愛する作家の本質は、たとえ何年も売れなかろうが、棚にいつまでも置いておきたいと思うんですよ。」

こういった文章が37章収められています。ささっと読むにはあまりにも惜しい。私は店を開ける前に一章ずつ読んでいます。

「安部公房と堤清二」で描かれる堤清二像も、文学に携わる者の姿勢が明確に出ていました。とある文学賞授賞式会場で、あまりにも露骨で安易な身内受けスピーチを発言した者と、そのスピーチをヨイショした主宰者の態度に堤は、同席していた河野に自分の怒りを伝えます。それを受けて、堤の、そしておそらくは自分自身の、文学への思いも含めてこう書きます。

「あらゆる人間的行為の基底をなすのは文学ではないか、それを軽んじる者、侮る者、汚す者を許すわけにはいかない」

日頃は控え目に、私は文学をする者として初心者ですからと、安易な文学論を口にしなかった堤の怒りに「文学に寄せる思いの強さとともに、堤さんの魂そのものの底なしの暗闇に畏れを感じたのでした」

真摯に文学に、言葉に、向き合った河野通和の一貫した生き方を知る絶好の本だと思います。

著者が編集長を務める「考える人」は4月4日発売号で廃刊になるらしいです…….。残念!

写真家ロバート・キャパが撮った世紀の戦争写真「崩れ落ちる兵士」の謎・・・。これって、ホンマに銃弾が貫通して、今まさに倒れる兵士なのか?に迫った、沢木耕太郎の「キャパの十字架」(文春文庫500円)を読みました。

スペイン戦争の最中、共和国軍兵士が反乱軍の射撃で倒れる瞬間を捉えたこの作品は、その後のスペイン共和国の崩壊、ファシスト政権の支配を予感させる作品として、有名になりました。しかし、そんな瞬間を撮影できるものなのか?という疑問の解明と、この写真に隠された秘密を追っかけた日々が、克明に書かれています。

写真週刊誌「LIFE」に掲載されて、世界中から賞賛された作品ですが、キャパは、この写真の撮影場所、日時、兵士の名前、状況、そしてどうしてこの写真が撮れたのか、といった事実について何故か語っていません。だからこそ、謎がついて回っていました。

一応、ノンフィクションなのですが、これはもう探偵小説のノリです。沢木探偵が、次々と浮かび上がる謎について、事実を集め、推論を重ね、実証していくというスリリングな展開です。そして、キャパの背後に見え隠れする一人の女性、ゲルダ。探偵は、キャパとこの女性の後を追って、何度も現地へと出向きます。

そして、探偵が辿り着いた驚愕の真実。以前、NHKで「運命の一枚」という番組で、この本に描かれていることが映像化されたので、ご覧になった方も多いかもわかりません。探偵小説のラストをバラすようなことはできませんので、ここには書きません。

ただ、この一枚の写真のためにキャパが背負ったものは、容易に推し量ることはできないくらい大きい。戦争の真っただ中に、飛び込んでいったキャパとゲルダ。一枚の象徴的な写真があります。戦火を避けて避難する村人に背を向けて、逆の方向に向かって歩くキャパとゲルダの後ろ姿が偶然に写りこんでいるのです。まるで戦場を求めるかのような二人。沢木は、こう結んでいます。

「彼らはなおも『本当の戦場』を求めてその一本道を歩きつづけ、ゲルダは十ヶ月後のアルネテで暴走する共和国の戦車に轢かれて死に、キャパは十七年と八ヶ月後のインドシナで地雷を踏んで死ぬことになる。」

沢木探偵の出した結論が、真実かどうか、それは分かりません。

★連休のお知らせ 5月9日(月)〜11(水)までお休みいたします。

★ライブ決定 世田谷ピンポンズ「COMEBACK FOLK」

                 5月25日(水)19時30分  1500円(予約受付中)

 

 

1986年から89年にかけて発行された古い「暮しの手帖」が数冊入ってきました。今、店頭にある2007年以降のものと読み比べました。

古い方は、表紙を開くと、小さな目次。そこに描かれている、時計台のある木造建築のイラストが可愛いです。89年6.7月で、「なぜ太るのでしょうか」というドキッとする見出しと一緒に、懐かしい体重計とご馳走のイラストが飛び込んできましが、洒落ていますね。ちょっと、笑ってしまったのは86年3.4月号の「今年こそサイクリング」という特集で、自転車の乗り方を懇切丁寧に書いてあることです。シティバイクも普及していない時代ですが、なかなかお洒落な自転車が登場です。

新しい方も負けていません。2012年4.5月号の連載「今日の買物」では、大阪が舞台で、民博の館内の写真がズラリ並んでいたり、「食い倒れ一歩手前」なんていう、思わず座布団一枚!の記事があったりとユーモア精神抜群です。そして、連載記事の「わたしの仕事」はなんと大手書店の文芸書担当の方が、自分の仕事について語られています。

「開店前や閉店後の誰もいない書店にいるのが大好きです。たくさんの本に囲まれて、独特の香りと空気が漂う。その中にいると、心が澄んでいくような気がして、ほっとします」

と書かれていますが、これは書店員の至福の時間ですね。また、常盤新平の「変わらない雑誌」というコラムで、雑誌「ニューヨーカー」について語っているのですが、これがまたいい文章なんです。

新旧いずれにも「私の読んだ本」という、一般読者からの投稿による面白い書評がありました。女性建築技術者の会編による「ダイニング&キッチン」なんて本は、フツーの書評には絶対上がってこない本でしょう。

ところで、89年度版には、沢木耕太郎による映画評が掲載されていて、シブイ作品が並んでいます。監督が「真夜中のカーボーイ」のジョン・シュレシンジャーで、主演がシャリー・マクレーンの「マダム・スザーツカ」は、全然知らない作品だったので精読してしまいました。

価格はすべて300円です。時間が空いた時や、ちょっとやる気の失せた時なんかに、パラパラめくるといいかもしれません。

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昨今、若い人の海外留学や長期の旅をする人が減りつつあるらしい。わからんでもないですね、ネットが側にあれば世界なんて、いつも一緒。なんで、文化も言葉も違う環境に身を置いて、悪戦苦闘しなけりゃならんの?ごもっとも。でも行ってみなけりゃ、わからんものもあります。

サントリー社長、佐治敬三が書いた「新洋酒天国ー世界の酒の旅」(文藝春秋)。タイトル通り、世界の酒を巡って旅したエッセイです。酒飲みには、酒を学ぶのには最適の本ですが、そうでない人にもこんな文章はいかがでしょう。「数オクターブにも達する幅広いシェリーは、食前、食中、食後を通じて、人の味覚を楽しませるのではないか」そしてイギリスの諺「シェリーの一杯が先行しない食事は、太陽のない曙のようなものだ」をこう自分で訂正します。

「シェリーのない食事は、太陽のない1日のようなものだ」

ということで、「異国にて」というタイトルで、それらしい?本を集めてみました。この手の本は「深夜特急」以降、膨大に出版されていますが、やはり読ませるのは、沢木耕太郎です。「一号線を北上せよ」(サイン入り/講談社)は、彼が彷徨したアジア、ヨーロッパの喧噪の中で身についた、その街角の臭いを見事に言葉に置き換えています。さすが、「深夜特急」の著者です。簡潔で、ストイックな文体は、相変わらず魅力です。若き日、「深夜特急」をポケットに入れて、世界へ飛び出したバックパッカー達には必読です。「一号線を北上せよ」という内なる声に突き動かされて、旅に出ようとする姿が見えてきます。

沖縄、フランスへと住居を変えながら、世界とは何かを発信し続ける作家、池澤夏樹との超ロングインタビューを一冊にした「アジアの感情」(Switch)。池澤には「マシアス・ギリの失脚」、「ハワイイ紀行」、「やさしいオキナワ」、「花を運ぶ妹」そして「セーヌの川辺」と世界各地を(私は海に隣接した街が舞台だと思います)背景にした小説、評論が多数あります。このインタビューは、何故作家は世界を移動するのか、という根源的テーマを様々な角度から俎上に乗せます。第三章「狩猟者」では、知遇を得た写真家、星野道夫の生と死について、どう受け止めたかを語っています。池澤は、かつて星野をこう評価しました。

自然について詳しく知っていること、謙虚にして勇敢という矛盾する資質をもって自然の中にはいってゆくこと。それを人生の姿勢として選びとること、それらの点で星野道夫はまちがいなく狩猟者である。

世界とは何かを得ようと、灼熱のジャングルを、極寒の極地を、熱気溢れる雑踏を彷徨う作家たちも、狩猟者なのかもしれません。

飛行機に乗る時間も暇もない方、いや、乗るのが億劫な方にも一読していただきたい本ばかりです。

 

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