是枝裕和監督作品「海街diary」を観てきました。

美しい旋律の曲にのって、鎌倉の海岸近い町が現れ、静かにタイトルが出てきた瞬間から、この映画はきっといい!と確信しました。

原作は吉田秋生のコミック。鎌倉の古い家に住む三人の姉妹の元へ、腹違いの思春期の妹すずが同居することになり、四人の生活が始まります。梨木香歩の長編小説「からくりからくさ」(新潮文庫350円)に登場する、祖母が残した古い家に住む四人の女性の物語を思いだします。静かで、穏やかな日々。それは、映画も同じです。

舞台が鎌倉であること、殆ど大きな事件の起きないこと、お葬式、法事があること、そして美味そうな食卓が頻繁に登場すること等から、小津安二郎作品の世界に似ていることを連想される方も多いはず。たしかに、監督は小津の世界を引き継いでいると思います。特に、家の中にいる女性達の会話を捉えるシーンは、小津の映画を彷彿とさせる出来上がりです。

樹木希林が喪服を着て振る舞うシーンなんか、小津の作品における杉村春子を思いださせます。

全く知らない場所にやって来たすずちゃんは、ゆっくりと三人の女性に、この町の人達に、そして町に馴染んでいきます。ドラマチックな演出は避け、何気ない日常の一部を切り取って、ドラマを仕立てていく是枝監督の映画の魅力に浸れる至福の時間です。

女性達にも、彼等にかかわり合っている様々の人達にも、それぞれ人生の重さが、チラっと出てきます。それでも、人生は静かに、ゆっくりと流れていきます。原作に語られる登場人物それぞれにまつわる長いストーリーを、とてもうまく削り、俳優の演技で語らせる手腕は見事です。

ラスト、法事を終えた四人の女性達が、海岸を散策します。会話はありません。でもそこには、生きていることの実感と満ち足りた気分が一杯です。すると、オールを使ってこちらにやってくるサーファーらしき人影が近づいてきます。これは死の象徴ではないかと思いました。生の先にいつかやってくる死と、今を生きる幸福をひとつの画面に入れてしまうなんて、もしかしたら是枝は小津を越えたかもしれません。

店頭に、瀧本幹也の写真集「海街ダイアリー」(青幻舎3456円)があります。これ、映画のパンフレット的写真集ではありません。映画は完成して、登場人物はもういないはずなのに、今もここに暮し、食事を作り、海辺を散歩している、そんなありもしない幻想を永遠に閉じ込めたような写真集です。最後のページを飾る縁側でリラックスしている四人の穏やかな雰囲気はそれを物語っているようです。