その対談は、こんな会話から始まります。「あたしが、何であんたと対談してるか分かる」「いえ」「あんたには見込みがあるから」「はぁ」「『二十歳の情熱』見ました。ファーストシーン、最高かと思った。これは溝口(健二)かと。でも、後が駄目。なぜだか分かる?」「いえ、分かりません」「あんたには根性がない!」

「あんた」とは、映画監督、橋口亮輔。ずばずばと切り込んでいるのは、あの淀川長治です。橋口は二年前に公開された「恋人たち」で数々の映画賞を受賞しました。私もその年のベスト1映画でした。「まっすぐ」(800円/出品・半月舎)は、映画監督として生きる彼のエッセイ集です。でも、映画論や作家論ではなく、映画を生業として、悩み、苦しむひとりの青年の日々の記録です。巻頭に上げた淀川長治との対談は、橋口が、まだまだ無名の映画小僧の頃だったそうです。淀川は映画に生涯を捧げた人物。その言葉は厳しいが嘘がない。その人が、あんたはやれると言明したのだから、この業界で生きて行く事を決めた心情がストレートに綴られています。いい本です。タイトルの「まっすぐ」もいい言葉です。

歌人であり、エッセイストであり、小説も書く石田千は、好きな作家の一人です。彼女が東京の名所と穴場を描いた「平日」(400円/出品・ママ猫の本屋さん)は、さすが石田さん!と拍手したくなるような東京案内です。「尻ふる平日 早稲田」は、こんな風に始まります。

「木曜日 シャッターが半分あいて、晴れとわかった。。・・・・・おはよう。声をかけれても、すぐに飛び出さない。会計のうしろ、本棚の三段目、タオルをしいた段ボールのなかにいる。」

これ、早稲田にある古本屋にいる猫の眼を通して描かれた本屋さんの情景です。名所、穴場案内と帯には書かれていますが、蘊蓄などなし。その街の空気感を、文章で表現しています。お見事お見事です。

今でも、机の横に置いて何度も読んでいるのが、川本三郎「郊外の文学誌」(900円/出品・古書ますく堂)です。近代に大きく成長していった郊外の歴史を、文学作品を中心にして論じた一冊です。田山花袋、永井荷風、庄野潤三等々多くの文人とその作品が登場します。お気に入りの章を選び、そこに登場する作家の作品を読んでみてはいかがでしょうか。村上龍の「テニスボーイの憂鬱」を引合にして、多摩丘陵に広がる多摩田園都市を描いた「多摩沿いのサバービア」は、特にすばらしいと思っています。

 

 

★「女子の古本市」最終4日(日)は18時にて閉店いたします。なお、5日(月)、6日(火)は連休いたします。

今も人気のイラストレーター、安西水丸の本が2点入荷しました。

一つ目は「スノードーム」(キネマ旬報社/初版2400円)。1889年のパリ万博に登場したスノードームは、ヨーロッパで人気を集め、その後アメリカに渡ります。安西は、スノードームのイラストを数多く手掛けてきました。本書は、常盤新平、秋本康、泉麻人、沢野ひとし、淀川長治、糸井重里、湯本香樹美などの著名人が、スノードームについての思い出を語り、そこに安西がイラストを付けた作品集です。映画評論家の淀川長治は、初めてNYでひとり暮らしを始めた時、その孤独感に押しつぶされないように、百貨店で「雪ダルマ」のガラス玉を買って帰りました。

「私はことあるごと、手で振ってガラスのなかの雪を降らした。いつも雪あらしの中でサンタはニッコリ笑っている。私と同じ孤独。ガラス玉の中だけの世界。そこにたった一人」

彼はこのガラス玉の中のサンタと仲良くなり、旅の終わりまで大事に持ち続けます。「外国の店、私にはアメリカの店、ニューヨークの夜の星の日に、ベッドの中でそっと握ったガラス玉の雪。私、ことし八十七歳が目のまえなのに、まだこのようにコドモ!」とその楽しかった思い出を書いています。

この本を編集した、百瀬博教と安西の対談が二本掲載されています。世界のスノードームの話から、映画の話まで読んでいてこちらが楽しくなる対談です。

もう一点は、「シネマストリート」(キネマ旬報社/初版2400円)です。こちらは雑誌「キネマ旬報」に1986年から89年に渡って連載されたシネマエッセイ集です。イラストレーター和田誠のシリーズ「お楽しみはこれからだ」と並ぶ、映画愛に満ちた一冊です。日本が第二次世界大戦で敗北した数日後、安西の父親が南の島で戦死した事がわかります。「ぼくは写真でしか知らない父の顔が、小津安二郎監督の一連の映画に出演している笠智衆さんに似ていることを、姉から言われて気がついた。そう言えば顔かたち、体つきまでよく似ている。」と書き記しています。きっと、小津作品の笠智衆を見る度に、安西は切ないものがこみ上げてきたと思います。

昔の映画をDVDソフト等で見る時に、側に置いておきたい一冊です。ちなみに、村上春樹との対談「私の嫌いなもの、怖いもの」で、安西は「犬が苦手」と語っています。犬だけじゃなく、どうも動物全般が苦手みたいとはちょっと意外でした。