巷には書評集やら、本の紹介本が溢れかえっています。仕事柄、なるべく目を通すようにはしていますが、買いたいという本は滅多にありません。

その中で、三浦しをん「本屋さんで待ちあわせ」(大和書房500円)は面白い一冊でした。もう、笑えます!書評を読んでいて、むふっ、ぶふぁ〜となるなんて珍しいのでは。入手可能な本が大半です。しかし、原民喜、藤枝静男、上林暁、中村真一郎等興味ある面々が揃った「戦後占領期 短篇小説コレクション4 1949年」(藤原書店2007年)は、探すのが大変かも(一応新刊でまだ出ていますが)

第四章は、なんと丸ごと「東海道四谷怪談」に割いています。鶴屋南北が書いた戯曲が舞台にかかったのが1825年。それから、今日まで延々上演されてきました。ご承知のように、「四谷怪談」は、「忠臣蔵」のパロディーです。南北は「主君のために仇討ちなんて、古くさぁ〜い」と考えていた、という話から始まり、「東海道」と名前が付いているのに、登場する舞台が、全然「東海道」じゃなかったり、話に方々に出てくるオヤジギャグの話など盛り沢山です。そして、無情かつ無常な色合いの濃いエンディングからこう締めくくります。

「むなしい。しかし、死に向かって生きるしかないのだ。『四谷怪談』の登場人物はみな、全身でそう物語る。彼らの哀しみとむなしさと迫力が凝縮したラストシーンは、こだまとなって、現代を生きる私たちの胸にも強く届く」

どちらかと言えば、オフビート気味のこの本に比べて、正統派の書評集としてお薦めは湯川豊「夜の読書」(ちくま文庫750円)です。梨木香歩、池澤夏樹、小川洋子、松屋仁之、など、私好みの作家が並んでいることもあるのですが、何回か江國香織を取り上げています。いわゆる、書評家さんと呼ばれる方々で、江國のような流行作家を何度も取り上げ、きちんと評価している人ってあまりいないと思います。それだけで、この著者の幅広さが理解できます。

話題となったジャック・ロンドン著、柴田元幸訳「火を熾す」(スイッチ・パブリシッング)を取り上げた中で、表題ではなく、収録されている「水の子」というハワイの漁師の話に心ひかれるとして、こう書いています。

「自然のなかに生きる人間の過酷な運命が冒頭の『火を熾す』にあるとすれば、自然のなかに生きる人間のまぶしいほどの輝きがここにはある」

この本の魅力を見事に言い切った批評です。

 

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

★★カナダ在住で、ドールシープを撮影されている写真家、上村知さんの写真展を11月1日(火)〜13日(日)まで開催します。5日(土)夜に、上村さんによるスライドショー 「極北カナダ・ユーコン&アラスカの旅と暮し」(7時より)を予定しております。(要・予約 同じくレティシア書房までお願いします)

「何気なく机の上を見ると、真っ黒な紙が何枚か置いてあり、その横に原稿用紙と万年筆があった。この時、吸い寄せられるように、机に近づいた。真っ黒な紙は原稿用紙の裏紙で下書きを推敲したあとであった。鬼気迫るものがあった。」

これは、立原正秋が治療のため入院していた病室に、著者高橋一清が訪れた時のワンカットです。高橋は、昭和文学史を代表する司馬遼太郎、松本清張、遠藤周作、中上健次、辻邦生達に寄り添った編集者。文藝春秋入社後、多くの作家のデビューに立ち会った高橋が思い起こす数々のエピソードを綴ったのが「編集者魂」(集英社文庫350円)です。

偉大な文学者の側面を知る本としての価値もさることながら、明晰な文章で読ませる、作家を巡る短編小説の如き趣きのある一冊です。中でも立原を巡るエピソードは、素敵です。

立原亡き後、遺品として渡されたネクタイ。著者は、自分が担当した作家が、芥川賞、直木賞を受賞した作家の授賞式につけることを決めていました。それは、天国の立原に見ていてくださいという意味を込めていました。しかし、一度だけ違う日につけました。それは、

「立原潮(長男)さんが夷に開いていた『懐石 立原』を初めて訪れた日である。『これに見覚えがありますか?」と尋ねたら、潮さんは深く頷いて、顔を上げずに調理場へと消えた」

その情景がありありと浮かぶ幕切れです。

大学時代愛読した辻邦生の項では、「先人の文章では、横光利一を筆写して、感覚的な内容をいかに文章化するかを学んだとうかがった。志賀直哉は中学生の頃に書き写し、詩的完璧さと清澄さにおいて日本の散文の最高のものとして、謙虚に学ぼうとした」と、辻の言葉が書かれています。

成る程、その膨大な研鑽と努力が、みずみずしい感性と豊かな想像力に支えられた壮大な物語が出来上がったのですね。

ところで、文藝春秋には、もう一人、深い情感を湛えた文章を書く編集者がいました。湯川豊。最近では「星野道夫 風の行方を追って」を出版しています。(もちろん、発売と同時に購入、ゆっくりと読んでいます)。渓流に溢れる生命の輝きを描写した「夜明けの森、夕暮の谷」(マガジンハウス/絶版1100円)は、その代表作だとおもいます。

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その人の名前は、湯川豊(1938年生まれ)。須賀敦子ファンなら、「須賀敦子を読む」の著者だとピンとくる方も多いと思います。私が彼の本に初めて出会ったのは、星野道夫とのインタビュー集「終わりのない旅」(スイッチ・パブリッシング850円)でした。1994年帰国していた時の二回にわたるインタビューで、星野が語る狩猟民族にとっての生と死、そして憧れ続けたアラスカで生きて行くことの意味を捉えた優れたインタビュー集です。

次に出会ったのは、図書館の自然の本の棚、しかも釣りの本の棚でした。それが「夜明けの森、夕暮れの谷」(マガジンハウス社900円)で、いろんな釣り雑誌に書かれたものを集めた一冊です。釣りなんぞ、小学校以来やったことがない私ですが、面白く読みました。

「あてどない希望。緑かがやく渓を、どこまでもさかのぼっていこうとするのは、あてどない希望。澄み切った水面をうかがい、流れの筋を正確にフライでなぞるのも、あてどない希望。宝石のようなイワナをかけ、手でさわり、魚が水の奥に消えていくのを見送るのも、あてどない希望。」

こういう文章に出会うと、著者と一緒にズンズンと森の奥地へと向かう気分になってきます。著者は、透明な川の中を泳ぐイワナに、いずれ殺して食べることになるにもかかわらず、ふと親愛の情みたいなものを感じてしまう自分自身に戸惑ったりします。アメリカ文学にはネイチャーライティングという自然を描く文学の流れがありますが、日本にもそんな作家がいたんですね。

その後、旅の本をめぐるエッセイを出しました。「本のなかの旅」(新潮社1000円)です。

取り上げられているのは、内田百間、吉田健一、開高健、金子光晴、宮本常一、イザベラ・バード等18名です。名前を知っている作家が多いのですが、笹森儀助という人は知りませんでした。明治27年、沖縄旅行記として最も早い時期に書かれた「南嶋探検」の著者です。彼は何故沖縄に出向いたのか、、しかもその時すでに49歳の、当時では老境に差しかかる年齢で、何故未知なる土地へ旅立ったのか。そして、柔軟な感性で沖縄の生活と文化を捉えて、結果、柳田國男が先駆的著作だと高く評価したのは何故かを追っかけます。読み応えのある一章でした。

渓流を、森を愛し、テクテク歩く旅を愛した著者ならではの一冊だと思います。

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