何故か当店では、水木しげるが大人気です。入れた途端に、売れてゆくということもあります。水木しげるといっても、売れているのは「ゲゲゲの鬼太郎」ではありません。元々、戦時中の過酷な体験を漫画にした「敗走記」(講談社文庫/古書600円)や、ちくま文庫で出ている「ラバウル戦記」(売切れ)などは、コンスタントに出ていたのですが、火がついたのはヒトラーの生涯を描いた「劇画ヒトラー」(実業之日本社/古書1050円)でした。これは、詳細に20世紀最大の怪物を、歴史的事実に基づいて描いています。登場人物が多いので読みやすいとは言えませんが、あの時代のドイツを理解するには最適の一冊です。

この本を皮切りに、「雨月物語」(河出文庫/古書400円)「遠野物語」(小学館/古書1050円)「方丈記」(小学館/古書1450円)「日本霊異記」(角川文庫/古書500円)「泉鏡花伝」(小学館/古書1450円)と、チョイスして並べてみると手に取られる方が多いのです。

平安時代に書かれた日本最初の仏教説話集「日本霊異記」などは、いかにも水木先生好みのモノノケが登場するので、漫画にしたのかと思われます。そして、1900年代岩手県遠野地方の奇怪な民話を集めた柳田國男原作からの「水木しげるの遠野物語」も力が入っています。

「上郷村の民家の娘、栗を拾いに山に入りたるまま帰り来らず。家の者は死したるならんと思い、女のしたる枕を形代として葬式を執行い、さて二三年を過ぎたり。しかるにその村の者猟をして五葉山の腰のあたりに入りしに、大なる岩の蔽いかかりて岩窟のようになれるところにて、図らずこの女に逢いたり。」で始まる柳田國男の第七話「山男」(岩波文庫/古書400円)の、原作をやや変えて山男の妻になってしまった女の悲しみを描いてます。原作と読み比べるのも面白いかもしれません。

 

「オフィス妖怪図鑑」(講談社文庫/古書300円)なるものも初めて入荷しました。会社勤めの方なら、あ〜いるいる、うちに会社にもこんな妖怪、と笑いながら読めそうです。人間関係のストレス解消に役立つかも………..。

 

★連休のお知らせ 勝手ながら4月13日(月・定休日)14日(火)臨時休業いたします

手塚治虫、赤塚不二夫、石森章太郎、藤子不二雄など、現代の漫画を引っ張った巨匠たちが、若き日、共に住んでいた「トキワ荘」のことは、ご存じだろうと思います。しかし、彼らと寝食を共にして、漫画を描き続けた寺田ヒロオとなると、さて、どれだけの人の記憶に残っているか………。

梶井純の「トキワ荘の時代」(ちくま文庫/古書600円)は、寺田にスポットを当てつつ、トキワ荘から大きく成長していった漫画家の青春群像を描いたノンフィクションです。寺田は、50年代後半から60年代半ばにかけて、「背番号0」など少年向けスポーツ漫画で人気者になります。しかし64年、自らの意志で少年週刊誌に描くことをやめてしまい、子ども漫画の世界からは忘れられていきます。

「なぜ、寺田ヒロオはそういう選択をしたのだろう。それが、本書をつらぬくテーマである。その課題を考えていくと、誰からも愛された『テラさん』らしい、あたたかくやさしい作風をつくりあげたものはなんだったのだろうという関心とともに、かれが生きた戦後という時代に向かわざるをえない。」

1953年ごろ、出来上がったばかりのトキワ荘に手塚治虫が入居しなかったら、人々の記憶にこのアパートは残りませんでした。寺田も、その年の暮れにここに入居します。手塚や赤塚たちは、長男という立場にいたので、一本立ちを目指して必死に漫画と格闘していましたが、寺田は三男で気楽な立場にいて、どこかのんびりしていました。他の作家たちが、派手なアクション、ゲラゲラ笑わせる世界を目指していたのに、かれは「何かふんわりとした、笑いだとしても微笑するマンガ」を目指していました。

そして、物腰の柔らかい大人びた雰囲気で、トキワ荘ではなくてはならない人物へとなっていきます。藤子不二雄はこう書いています。

「危ない綱渡りのような毎日だったはずだが、精神的にはゼイタクだった。僕らに青春というものがあったとすれば、あのトキワ荘の共同生活の中で青春を共有していたのだ。」

寺田には才気走った自己中心的なところがなく、温和な人物でした。しかし、やがて訪れる空前のマンガブーム。販売増加に血道を上げる週刊少年マンガの世界で、寺田は自分のポジションをなくしていきます。派手な動きを持ち込んだ「スポーツマン佐助」を連載させたことを恥じた寺田は、60年代前半、こんな発言をしています。

「少年週刊誌ができて三〜四年してから、目に見えて内容が変わってきたんです。具体的には、えげつなく、どきつくなっていったといえばいいでしょうか。モーレツ時代へ突き進んでいくわけです。」

トキワ荘時代の他の漫画家が、大御所へと登りつめていく中で、寺田は静かに筆を折る決意をします。そして、この世界から消えていきました。

個人的には、寺田の漫画をよく読んだという記憶はありません。でも本書を読んで、あるシーンを思い出しました。それは、市川準監督作品「トキワ荘の青春」で、本木雅弘が演じたその寡黙で優しそうな人物像です。きっとそういう人だったのだなと。

山田英生編著「貧乏まんが」(古書/650円)は面白い企画本です。

「かつて誰もが貧乏だった時代から、『経済成長期』を経て貧乏が見えにくくなった時代、さらに、『バブル経済』崩壊以降の現在につながる格差社会まで、背景に貧乏(貧困)の諸相を織り込んだ作品を選び、戦後庶民の暮らしをうかびあがらせる意図」で編集されたコミックアンソロジーです。つげ義春、つげ忠男、水木しげる、赤塚不二夫、永島信二、谷岡ヤスジ等々17名の作品が並んでいます。

この最後に入っているのが、こうの史代の「長い道」です。貧乏ぐらしを続ける若いふたりを描いた作品で、なけなしのお金を持って銭湯に行った帰りの空の青さが目に染みる作品です。そして、注目したのは、鈴木良雄の「フルーツ宅急便」。ここに登場するのは、貧困の生活環境から、中卒で「非正規」雇用になってしまった若い男女の物語です。楽天的なばら色の未来なんて存在しないのですが、最後にわずかな希望を見せるところに味わいがあります。

 

山川直人の「ハモニカ文庫と詩の漫画」(中古/ 600円)山川直人は、ご存知のように「コーヒーもう一杯」シリーズ等で人気の漫画家です。ちょっとオールドファッションな世界が魅力的です。古びたコーヒーショップ、薄暗い古本屋、静かに音楽が流れる名曲喫茶などなど。山川は、20代後半の漫画家としてデビューしますが、売れ行きは芳しくありませんでした。代表作「「コーヒーもう一杯」の連載が始まったのは40代になってからでした。

萩原魚雷は「『ハモニカ文庫』の羽守町の物語はどこにでもありそうな、ちょっと懐かしい商店街を行き交う人たちの日常を淡々と描いている。主人公らしい主人公はいない。まちが主役の作品と行ってもいいかもしれない。コーヒーの旨い喫茶店、均一台にときどき掘り出し物がある古本屋、ハンバーガーショップ、コロッケが名物の精肉店、最近、あまり見かけなくなった模型屋……。」とこの物語世界を解説し、愛しました。ふと迷い込んだ街角の奥に、こんな古びた商店街がまだあるかもしれませんね。

★イベントのお知らせ

6月5日(水)より「世界ひとめぐり旅路録」展をされる小幡明さんが、14日(金)19時半より、FMひらかたパーソナリティー久保有美さんと一緒に「小幡明の旅の話アレコレ」と題したトークショーを当店にて開催します。(参加費1000円/要予約)

 

 

「雑誌Spectator41号」(古書/600円)は丸ごと「つげ義春」でした。この中で、無名時代の彼と親交を結び、貸本漫画の世界で試行錯誤してきた遠藤政治氏が、かつてのつげをこう語っています。

「いずれにしろ、あの時代は食えなかったけどバカみたいに真剣だったですね。僕はつげと永島(注:漫画化の永島真司)のおかげで貴重な経験をさせてもらったね。二人が偉いなと思ったのは、二人とも結局短編作品で生きてゆくわけでしょう。僕はそれに反対して、つげにも『それじゃ食えないだろう』って言ったんですよ。でも二人ともそのまま描き続けましたよね。心の奥深いところで、人生をかけて創作するというか。偉いですよ、あの二人は。」

「人生をかけて創作」した作家だからこそ、今も輝いているのですね。個人的に若い時は、貧乏くさいつげ漫画は苦手でした。最初にいいなぁ〜と感じたのは漫画ではなく、紀行文集「貧乏旅行記」(晶文社/古書950円)でした。「世の中の裏側にあるような貧しげな宿屋を見ると、私はむやみに泊りたくなる」という性格の作家が、ふらりと宿場や錆びれた漁村、鄙びた温泉を巡った記録です。

1989年。つげ52歳の時、「山奥でひっそり独居することをこの数年来夢想していて、近ごろ旅に出ると隠棲するにふさわしい場所探しもついでにそれとなくしてみたりしている」

52歳で繁栄にも名誉にも後ろ向きな姿を読んでから、この作家の描く世界がぐっと自分に近づいたと思います。

Spectatorには、三つの漫画が収録されています。「退屈な部屋」は、タイトル通り”退屈”を漫画化したような世界ですが、人生盛り上がりも、盛り下がりもせずに淡々と生きてゆく幸せが描かれています。なんだか、はっぴいえんどが歌う世界に似ています。

2017年、つげは日本漫画協会賞大賞を受けたのですが、贈呈式当日蒸発します。その一週間後戻ってきたつげは、こう言いました。

「僕はわりと昔から嫌なことは逃げるんです」

つげ関係の本で、一点レアなものが当店にあります。昭和53年、限定1000部で北冬書房から出た「つげ義春選集」(古書/ナンバリング入3000円)の第六巻で初期作品集です。少女マンガの原型とも言える「愛の調べ」、まるで西部劇みたいな「怒れる小さな町」などが収録されています。