先月、当店でトークショーをしていただいた「宮沢賢治愛のうた」(夕書房/新刊1944円)の著者、澤口たまみさんの絵本「わたしのこねこ」(福音館書店/新刊1296円)を入荷しました。

小さな女の子の家に、友達の家で生まれた子猫がやって来て、クロと名付けられます。女の子や、お母さん、この家の先住猫レオと仲良くなって、段々と家族の一員となるまでを、ほのぼのと描いています。絵を担当しているのはイラストレータのあずみ虫。安西水丸に師事し、アルミ板をカッティングする技法で作品を制作しています。カットして貼り込んだ絵がスッキリして、生き生きとした猫の表情がとても可愛いです。

本の最後に「猫を飼ってみたいと考えている方へ」と題して、こんな文章が書かれています。

「飼う人のいない猫を保護したり、飼い主をさがしたりしている団体が全国にあります。そこには、子猫や大人の猫、年をとった猫、そしておなかの大きなお母さん猫など、たくさんの猫がいます。お近くの保護団体と連絡をとり、大切な家族となる猫と出会ってもらえたらと、願ってやみません。」

もう一点、不思議な絵本を。ニール・カーティス絵、ジョーン・グラント文による「ネコとサカナ」(アールアイシー出版/古書900円)です。ある夜、公園で出会ったネコとサカナ。全く違う世界に生きているのに、妙に気が合い、二匹で冒険の旅へと出かけます。寒い夜、ストーブにあたって暖をとっているシーンとか、ボートに乗った二匹が海を進むシーンとか、不思議な雰囲気に、なんだかこちらもリラックスして来ます。ニールの絵は、版画の伝統を意識しながらも、大胆な構図で楽しく、冒険を終えた後、海辺で昼寝を貪るラストがなんとも微笑ましい。翻訳をしているのは、文化人類学者の辻信一。「ナマケモノ倶楽部」代表として、数々のスロー運動でお馴染みの方です。

さて、昨日当店にも猫さんがご来店。みいこちゃんと言います。飼い主の方は、羊毛で作ったウサギさんが超人気の「棚からうさもち」さん(レティシア書房ギャラリーで開催中。31日まで)のお知り合いです。と、そこへ俳優の栗塚旭さんがご来店!栗塚さんは猫好きで、猫の絵が飾ってあるのを見て、前に立ち寄ってくださいました。80歳をすぎておられるとは思えないほど大きな素敵な声です。と、いうわけでめでたく(?)ツーショットとなりました。因みに、栗塚さんは、中島貞夫監督新作「多十郎殉愛記」(高良健吾主演)に出演されています。

昨夜、絵本作家の澤口たまみさんとベーシストの石澤由男さんをお迎えして、著書「宮澤賢治愛のうた」(夕書房/新刊1944円)より、賢治の恋愛の話をお聞きしました。彼女の低く優しい声に、アコースティックベースの低い音が寄り添うように響き、とても心地よい空間になりました。

私が賢治の本に夢中になって読んでいた頃、小さな疑問がありました。賢治の本のどこにも、若き日の恋愛について一切書かれていないということ、そして彼の愛情は過剰なまでに、若くして死んだ妹トシに向けられていたということです。彼は生涯、童貞だったという噂まで、まことしやかに流れていました。俗っぽい私には、女性に憧れたりすることがないなんて、到底信じられませんでした。恋の成就はさておき、淡い憧れすらないまま、あのような美しく、哀しい物語を想像できるものなのかと、不思議に思っていました。

澤口さんの「宮澤賢治愛のうた」に出会い、やはり恋をしていたのだと知り、なんだか安心しました。研究者でもない彼女が、コツコツと調査し、賢治作品を精読し、その奥に隠された彼の心情をあらわにしてゆくプロセスが、この本には凝縮されています。書かれている内容に沿って、温かな語り口で賢治と彼が愛したヤスという女性の恋を、お話ししていただきました。残念ながら、二人の恋は成就することなく、望んでいない結婚を強いられたヤスは、夫の仕事の関係でアメリカに渡ります。馴染んでいた岩手の自然を懐かしみながら、渡米後三年でこの世を去りました。

この本について書いたブログを読んだ店のお客様Hさんのご紹介で、今回澤口さんにお話しして頂く機会を得ることができました。賢治と同じ盛岡生まれの澤口さんは、賢治の高校の後輩でもあるので校歌を歌ったり、地元の蕎麦屋に賢治の好きだったメニュー「天ぷら蕎麦とサイダーのセット」がある話など、そこで生きている人ならではの、親しみをこめて地元の言葉で賢治とヤスの恋を話してくれました。恋愛もせず、恋人もいなかったというがんじがらめの賢治の定説が、ゆっくりと溶けてゆくようでした。最後まで控え目ながら、店全体を包み込んでいたベースの音が、語りに似合って素敵な夜になりました。

お二人は、九州、岡山と巡ってきて、京都での2デイズのトーク&ライブの初日が当店で、今日19日は誠光社です。賢治好きの方、児童文学好きの方達が集まって下さいました。ありがとうございました。

澤口たまみ著「新版宮沢賢治愛のうた」(夕書房/古書1300円)は、彼の若き日の恋愛と作品の関係を解き明かした労作です。

宮沢賢治は、生涯恋人もいず、童貞であった。或は擬似的恋愛感情を若くして死んだ妹トシに抱いていたとか、学生時代の後輩の男性に同性愛的感情を抱いていたという説がフツーになっています。しかし、それはおかしくない?まあ、自分のことを引合にだすのはなんですが、10代、20代を振り返っても、女性に触れることに血道を上げていたし、周りの友達もみなそうでした。性欲やら、恋愛感情なしの若い日々なんて信じられない。そんな人物がこんなにも美しい文学を作り上げるのだろうかと常々疑問に思っていました。

「賢治は年譜に記されていない恋をしていた」と、確信めいた思いを持った著者は、丹念に作品を読み漁り、検証作業を積み重ねて、彼には結婚まで考えていた女性がいて、その女性との恋が、彼の小説や詩に少なからず影響を与えていたことに迫っていきます。ただ、思い込みと推理だけで走りだすと、あったような、なかったような女性週刊誌の芸能ゴシップ記事になりかねません。僅かばかりの証拠をもとに、当時の賢治の行動と作品をねばり強く検証してゆく姿勢は、彼への愛情なくしてはありえません。

恋人は大畠ヤスという女性です。大正6年、花巻高等女学校卒業後、小学校の教員をしていました。賢治との出会いは、彼が主宰していたレコードコンサート。普段から、賢治は変わり者と評されていたのですが、美しい日本語で音楽の世界を語る賢治に彼女は惹かれていきます。しかし、賢治とヤスは近所同士の教師同士。賢治の家は金持ちで、彼は変人で有名。一方、ヤスは美人で知られた蕎麦屋の看板娘。万一、二人が付き合っているのが公になったら、大騒ぎになります。人知れず二人は交際を深めていきます。彼女を自分のものにしたいという欲望との葛藤が表れているのが、傑作長編詩「小岩井農場」です。

結局二人の恋は成就しませんでした。賢治最愛の妹が結核でこの世を去り、自らもその疑いがあること、そして二人の家のこと等々、超えられない問題の前で、賢治はこの恋にピリオドを打ちます。

小説「ヤマナシ」の最後「私の幻燈はこれでおしまひであります」二人の恋もまるで幻燈のように消えていったと著者は書いています。

ところで、ヤスは、その後、結核を発病しますが、年齢の離れた医者と結婚し、渡米し、アメリカで生涯を閉じました。彼女が暮らしたシカゴの町から「木と空気の悪いのが悲しくて悲しくて」と書いた手紙を賢治に送っています。故郷、花巻の美しさとそこにいた賢治の姿を思っての言葉だったのかもしれません。

この本で描かれていることが本当だったのかどうかはわかりません。著者の妄想なのかもしれません。ただ私としては、こんな恋の苦しみがあったからこそ、美しい作品を残せたのだと思いたいものです。

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。