猛暑が続いていますが、こんな時にしばらくの間でも暑さを忘れて、ほっとした気分にさせてくれる小説に出会いました。瀧羽麻子「博士の長靴」(ポプラ社/古書1100円)です。

気象学に携わる藤巻博士。その一家の四世代にわたる6編の連作短編集です。一家は二十四節気にきちんと決まりごとを行うことを大切にしています。一年を二十四に分けてそれぞれに名前がついていますが、藤巻家では、そのほぼすべてにこれをする、あれをするということを決めていてます。すき焼を食べたり、プレゼントを渡したり等々。四季があるからこそ気象や季節に関する言葉が多い日本。季節の移ろいと、一家の人生の変遷を巧みにクロスさせていきます。

各章のタイトルも「一九五八年立春」「一九七五年処暑」「一九八八年秋分」「一九九九年夏至」「二〇一〇年穀雨」「二〇二二年立春」という具合です。

変わり者の気象学者を目指す藤巻昭彦が最初の主人公。いつも空ばかり見上げている変わり者ですが、藤巻家にお手伝いに来ていたスミさんと結ばれるところから、この家族の物語は始まります。

「立春はね、二十四節気の一番はじめなの。つまり、お正月みたいなもの。だから、一年のはじまりをお祝いするのよ」

家族でお祝いをして、贈り物を交換する。春が来ることを喜ぶ。季節と暮らしが密接に結びついていた頃のお話です。やがて子供ができ、孫ができ、と家族がつながっていきます。こんなにずーっと平和に暮らしていける家族なんて非現実的だと思われるかもしれませんが、それは野暮というもの。変わりゆく季節にたいして関心も寄せず、暑い!寒い!クーラー!ヒーター!と、叫びながら気ぜわしい私たちの暮らし方を、改めて考えさせられます。

「いいなあ、これ。時間がゆったりと流れていくのだ。」と書評家の北上次郎が帯に書いていますが、きっと季節を敏感に感じながらいきていくことがゆったりした時間を生み出しているのです。TVを消して、静かな空間で読んでみてください。この国には、こんな豊かな自然があったんだということを思い出すかもしれません。

最終章では、藤巻教授とひ孫の玲くんのエピソードが登場します。教授曰く「自分の頭で考えたことは、あなたの財産です。残しておかないともったいない。」きっと玲くんもその言葉を胸にしまって、素敵な人生を送るのでしょう。

深く、ゆったりとした余韻を心に残す小説だと思います。