「女子の古本市」に出品されていて、即日売れた図録が、また出ていました。(欲しい!)それは、「プチファーブル熊田千佳慕展」(朝日新聞社1500円)。熊田は明治生まれのグラフィックデザイナーで、戦時中に山名文夫と先鋭的なグラフ雑誌『NIPPON』のデザインを担当。戦後はファーヴル昆虫記をテーマにした細密画家として活躍しました。虫嫌いの人にはページをめくるのが苦手かもしれませんが、身の回りにこんなにも多くの昆虫が生きているのかと驚かされ、その緻密な描写に釘付けになってしまいます。ひょいと手を延ばせば、描かれている蝶々を捕まえられそうです。

日本映画ファンなら手が出そうな一冊は、「シネマの画帖 映画美術監督 西岡善信の仕事と人々」(淡交社1000円)。1954年カンヌ映画祭グランプリ受賞作品「地獄門」から、最近では「たそがれ清兵衛」まで見事な映画美術を創作した西岡の歴史を辿った本です。何よりも嬉しいのは、彼が描いたセットデザインが豊富に収められていることです。三島の「炎上」に登場する銀閣寺・庫裏(くり)の精密な図面、勝新太郎「座頭市」のオープンセットのデザインと実物の写真等、日本映画界を背負ってきた作品がズラリ並んでいます。美術というポイントで映画を観る、というアプローチにも役立ちそうです。

つげ義春の「無能の人」は、皆さんご存知の名作で、読まれた方も多いと思います。その作品が雑誌大の判型で出た「連作<石を売る>総集板 無能の人」(日本文芸社500円)。小さいコミックの判型ではわからなかった、巧みな余白の扱いが見えてきます。第二話「無能の人」に登場するゴミ箱の上に乗っている黒い鳥の、背後に広がる白い空間が描く哀しみは見事です。つげの作品も、こうした大判コミックで持っていたいものです。

もう一点、これも図録ですが、ヴィクトリア朝の絵本画家、ケイト・グリーナウェイ展の図録「ケイト・グリーナウェイの世界展」(NHK2000円)。ヴィクトリア朝時代、中産階級に浸透した絵本は、今日の絵本の原型です。その中心にいたのがグリーナウェイで、柔らかな表情の少女たちが登場します。クラシカルでトラッドで美しい世界が広がります。ミニ本風の「バースデーブック」の愛らしさは、ぜひ本物を見たくなってきます。図録にしては、しっかりした作りで、画集みたいです。

熊田千佳慕さんってご存知ですか?

明治44年生まれの細密画家です。小さい時に庭で虫や花に親しみ、父親から聞いたファーブルの話にのめり込み、画家への道を歩み出します。東京芸大在籍中、「資生堂」の広告で有名なフラフィックデザイナー山名文夫に見込まれて、日本工房にデザイナーとして入社。その時の同僚、土門拳と一緒に様々なポスター製作に従事します。そして、戦後、絵本の世界へ転身。70歳で「ファーブル昆虫記」の作品がボローニャ国際絵本原画展に入選しました。

その熊田さんの作品と彼自身の言葉を収録したのが「私は虫である」(求龍堂900円)です。

「ゆとりのない芸はおもしろ味も楽しさもない。全ての芸に言えることである。小さな自然を愛し、小さなゆとりを持って小さな幸せを持つ、これ生活のゆとりである。千佳慕の小さな世界はゆとり(愛)の満ちたところ」

と語っています。

庭に腹這いになって、虫と同じ視点で観察に夢中の写真がありますが、なんとも幸せそうなお顔です。お金でもたらされた幸福ではありません。

「虫と同じ目の高さにならないと、彼等の本当の姿は見えない。だから僕は腹這いになる。そうやって気づいたんです。虫は僕であり、僕は虫であると。」

そんな彼が描く虫や動物たちは、当然どれも光り輝いています。今にも飛び出しそうな、動き出しそうな虫、爽やかな風にそよぐ花々に草。名もない彼等の小さな世界が愛しくなってきますね。

2009年、彼は98歳で、この世を去りました。きっと、天国で、やぁやぁ、よく来たねと大ファーブル先生の歓待を受けたことでしょうね。

この本を読めば、原っぱに腹這いしたくなります。

 

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