写真家で、3人の子の母親でもある繁延あづさの”猪肉生活”のドキュメント「山と獣と肉と皮」(亜紀書房/古書1200円)は、面白い!とにかく面白いとしか言いようのないノンフィクションです。

「おじさんが槍を突き出そうとしたとき、胸がぎゅっと苦しくなる感じがあった。おそらく私は、必死に抵抗する猪を憐れんだのだ。突き刺される瞬間、私まで息苦しかった。それなのに、チラッと肉が見えただけで、”おいしそう”という喜びに近い感情が湧き上がった。なんだか、自分が矛盾しているような気がした。」

出産の撮影を中心にして、家族を撮影してきた著者が、東日本震災以後、東京から長崎へと一家で引越しました。そこで出会ったのが、猪猟のおじさんでした。一見すると派手な服装のヤクザ風のおじさんがご近所に住んでいて、挨拶に行ったら鹿肉をプレゼントされて、そこから彼女は猪猟に、なぜか引きつけられていきます。やがて猟の現場にも同行し、仕留める現場を目撃します。それまで命のあった猪の目を撮った生々しい写真があります。

「”殺したくない”という感情と”おいしい”という感情は、どうやっても一直線にはつながりそうもない。それでも、両方の感情は一続きの糸でつながっているはずだという確信もある。」

おじさんの猪はシンプルです。罠を仕掛け、かかった猪の眉間を鉄パイプで叩き、失神している間に、頸動脈をナイフで断つというやり方です。猟に同行したある日、最後の瞬間を迎える猪をファインダー越しに見ていた彼女は、こんな体験をします。

「そこに映し出されているのは、静かにこちらを見つめる猪の目だった。金縛りに遭ったように固まってしまった。猪が私を見て、私も猪を見ている。不思議な感覚だった。猪が目線をこちらに向けたままいなないた。ヒギュー!自分に対して発せられる咆哮に、目をそらすことができない。」

しかし、解体が進み、肉の具合を精査してゆくうちに、「絶対においしく食べてやる」という気持ちが湧き上がります。「かわいそう」と「おいしい」の境界線で揺れる彼女の心持ちが描かれていきます。

「食べ終えて一頭が完全な思い出になったとき、最後に残ったのは懐かしむ気持ちだ。あれほど”かなしい”と感じたことも、今はどこか愛おしい。猪を見つめて食べるまでがひと続きの体験であるように、気持ちの移り変わりもひと続き。死の悲しみと料理の喜びはたしかにつながっていて、さらに濃やかな感情が絡まり合ってもいて、味わい深い濃厚スープだった。」

と、自分の感情の移り変わりが綴られています。

「人間は、生き物を殺して食べている」という紛れもない事実を真っ向から受け止め、そうして明日も生きていく。私たちが生きることの根源を、猪猟を通して描いています。

「魅力的な人、土地、そして死んでいった獣たちが私に書かせてくれた本。感謝の気持ちでいっぱいです。」という最後の言葉が心に残ります。