のっけから、こんな具合で始まる。

「ハエがいる。ハエと棲んでいる。天井が高く、吹き抜けのようになっている。去年、三年目に、起きてから寝るまで、下で横になっていないのに気がついた。”セイホ”ー生命保険ではなく、生活保護もそう称ばれている。そこから支給される部屋代の枠内で、当町に移住した。妻の代理人の土建屋に恫喝され、離別して一戸建て団地の家に立ち退いた。」

岡田睦の作品を集めた「明日なき身」(講談社文芸文庫1000円)に収録されている「ムスカリ」の冒頭です。昭和7年生まれの岡田睦は、雑誌「三田文学」に小説を発表、「夏休みの配当」で芥川候補になるも、全く注目されず、私生活では離婚を繰り返し、あげくに生活保護を受ける状態にまで至った私小説作家です。

この作品集には5作品が収録されていますが、いや、もう読むほどに、貧困のあまりの描写にぐったりさせられてしまいます。真骨頂?は「ぼくの日常」でトイレの下水溝が詰まる寸前で、それを直すために、下水溝に手を入れる件です。

「糞小便とトイレットペーパーが溶でけ合って、掴みにくくなっている。右手で掬うように掻き出すのだが、躰までが凍てつくような冷たさだった。ここは石堀と家屋のあいだにある細長い所で、掻き出した異物をあたりかまわず放るように捨てた。」

お食事前の方、ご免なさい。延々こんな日常、薬物依存、飢餓、不眠、身体の不調が語られていきます。一行一行の文章がこちらの身体を蝕んでゆく気分にさせてくれます。だったら、読まなければいいのに、と思いそうですが、本から離れられないところが不思議です。この最底辺の生活描写が、逆に倒錯的に生きる情熱を浮かび上がらせる力を持っているから、面白いのかもしれません。

さらに、悲惨を描く小説が続きます。「火」では、大晦日に「老化したアパートの部屋をあたためていた電気ストーブが点かなくなった」極貧の男が主人公です。精神的に不安定で、不眠に苦しむ彼は、鼻をかんだティッシュに火を点けて、暖をとろうとする。しかし、一気に火は部屋に燃え広がり、唯一あったどんぶりに水をいれて、投げつけるも大きな火災になってゆく。

そんな話ばかりなのですが、途中で放り出させない強さと個性をもっています。基本的に私小説作家は極貧のうちに死を迎えることで、その作家生活の終局を作り上げます。しかし、岡田は、2010年発表の「灯」(この作品種にも収録)以後、消息不明になっています。今も、どこかの取り壊し寸前の廃屋の片隅で、震える手で原稿用紙に向かっているのかもしれません。まだ、暗い情念は生き続けているやもしれません。

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