先月、このブログで、木山捷平の本の紹介で取り上げた「幻戯書房」のシブイ文芸書が数点入ってきました。

先ず、常盤新平の「酒場の風景」(1950円)。雑誌「クロワッサン」や「小説現代」に連載されていた短篇小説をまとめた一冊ですが、銀座の小さな酒場で繰り広げられる男と女のお話が続いていきます。特に深い話があるわけではありませんが、短篇の名手と呼ばれる常盤の真骨頂です。

例えば、「グラスの持ち方」。これ、タイトル通りのグラスの持ち方のウンチク話かと思いきや、妻とのセックスの回数が減っている作家と編集者のお話で、どお〜ってことのない短篇ですが、街の片隅にある小さなバーで、ボソボソと話し合っている中年男の背中が見えてきます。常盤新平は、長編「遠いアメリカ」とアーウィン・ショーの「夏服を着た女たち」の翻訳がベストだと思いますが、深い香りのアイリッシュウイスキーを飲みながら、ずっと読んでいたい酒場短篇集です。

その中で、「イクスクィジット」という短篇は、日本語に訳すると「名器」、つまり女性性器の事なのですが、これを巡ってああーだ、こうだと話をする青年達に向かって、タンカをきる女性が登場します。こればっかりは、飲む手を留めて拍手、拍手ですね。

次にご紹介するのは、田中小実昌「くりかえすけど」(2900円)。この作家の世界って、飄々としていて、脈絡がなく、あっちへフラフラ、こっちへフラフラなのですが、不思議に、突然心地よくなってきます。

各種文芸雑誌に載せたものを一冊にまとめたこの本の中では、「軽列車と旅団長閣下」が、いかにも田中的世界でした。日中戦争時代の中国で、旅団長にションベンをひっかけた「ぼく」のお話ですが、軍隊の暴力性をえぐり出すような濃密なものではありません。ただ、戦争下ではふと思いついたことをうっかりしただけで、銃殺になるかもしれないと、「銃を肩にのっけたまま小便したことも罪になるのか?」と、悩んでしまう「ぼく」の独白で終わるのです。戦争などバカバカしいと思っている人間の正直な感覚が、独特の語り口で書かれています。

もう一点。戦前の前衛詩を引っ張った詩人、北園克衛が1930年代に書き上げた小説を集めた「北園克衛モダン小説集」(2900円)

「街には花咲く春が訪れて来た。そして街の少女たちはシイルやアストラカンの外套の重さに耐えかねて、チュウリップの水々しい茎のような溌剌とした四肢を、晴々しい春の微風のなかに投げ入れた。

ある明るいエキゾチックな午後であった」

なんて文章で始まる、この詩人らしいエスプリに溢れた小説集です。1930年代に書かれた、モダンな精神に富んだ作品が並んでいます。本の表紙には「白昼のスカイスクレエパア」と書かれていますが、そんなタイトルの小説は載っていません。

白昼の高層ビルに太陽光線が当たった、その眩しさに潜む幻想的なイメージを象徴させたかったのかもしれませんね。