「愛の見切り発車」(新潮文庫/古書450円)の著者柴田元幸は、最も人気のある翻訳家で、当店でも「柴田元幸翻訳海外文学」というコーナーを作って、片っ端から並べています。

これは、そんな人気翻訳家の英語文学入門エッセイではあるんですが、翻訳者らしからぬ、こんな文章で幕を開けます。

「九七年夏場所現在、舞の海は見事幕内復帰を果たし、わがことのように嬉しい。智乃花は残念ながらまだ十両にとどまっているが、怪我をおして土俵に上がっているのを新聞で読むだけでも、なんとなく勇気付けられる。」

で始まり、小兵の相撲取りのウンチクへと流れていきます。え?英語文学の紹介本じゃないの??

「外国文学紹介・翻訳業者における読書量というのは、相撲取りにおける体重のようなもの」と論を展開していきます。ご本人は、「あまりたくさん本を読んでこなかった」と告白しています。つまり、読書量の絶対的不足=自らの知識量に重さがない、だから、重力体重を保持していない、軽量級相撲取りにシンパシーを感じる、というわけです。

トホホな感じなのですが、自分が関係した本と著者への愛情とリスペクトをなんとか伝えようと奮闘努力していると書かれています。大上段に構えて、英語圏文学とは、みたいな英文科の授業みたいな堅苦しさはありません。

フィリップ・ロスの「背徳の日々」の紹介で、のっけに登場するのはメルヴィルの「白鯨」。エイハブ船長と白鯨の闘争の物語です。登場人物は、語り手のイシュメールを除き全員海の藻屑となり、最後のページにはイシュメールの「というわけで俺一人だけ生き残り…..」という台詞が描かれています。ところが、最初にイギリスで出版された時、このページが抜け落ちていたのです。だから、生き残ったことを知らない批評家は、語り手が死んでしまったら、誰が物語を語るのかと批判されたそうです。

死者が物語を語ってはならないという厳格な原則は、シェイクスピアから現代まで遵守されていると著者は説明した上で、ロスの「背徳の日々」の第一章で死んだ人間が、第二章では元気に動いているという奇妙なシーンに遭遇します。そうして、ロスのポストモダンと呼ばれる小説について語っていきます。英米文学の熱心な読者でなくても、ふ〜んと思わせるところが柴田錬金術ですね。

実は、私がこの本を読んだのは、店の本棚に出そうとした時に落としてしまい、たまたま広げたページがここだったというのがキッカケでした。わ!面白いと思って、ドンドン読み始めました。海外文学はちょっと、という苦手意識のある方に、ぜひオススメしたい文庫です。

ちなみに、柴田翻訳本といえば、ポール・オースターの著作が有名ですが、私のベスト1は、ジャック。ロンドン「犬物語」( SWITCHPUB/古書2050円)です。

 

 

 

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先日、久しぶりにロマン・ポランスキー監督の「マクベス」を再見しました。

完成したのは1971年。ポランスキーの妻のシャロン・テートが、1969年LA自宅でパーティーの最中、チャールズ・マンソン率いるカルト教団に襲われ惨殺された事件の後に監督した作品だけに、血みどろで、陰鬱な「マクベス」でした。テートはポランスキーの子を身ごもっており、残されたポランスキーの深い悲しみは他人には理解できるものではありません。

ポランスキー版「マクベス」ですが、詳細な論評は山良君美の「セルロイド・ロマンティシズム」(文遊社1300円)をご覧下さい。

で、私がオヤッ?と思ったのはラストです。「マクベス」は王を殺して領主になった男が、王の元の家来達に追い詰めれてゆくのがストーリーです。大体、マクベスが王殺しに走ったのは、森に住む魔女の「あなたは王になる」という甘い囁きを真に受けたからです。その魔女の住まいが、映画ではラストに再び登場して、なんとそこに復讐を成し遂げた王の息子が佇んでいるもです。あたかも、魔女に自分の未来を占ってもらうかの様です。王位を巡って血と暴力は繰り返されることを予告するかの様なエンディングでした。

ラストは原作ってどうだったかと思い、何十年かぶりに再読したところ、そんなシーンはありませんでした。即ち、ポランスキーはマクベスの原作を借りて、人間は永遠に惨劇を繰り返すことを象徴的に描こうとしたのでしょう。

もう一作。ハーマン・メルビルの代表作「白鯨」の再映画化、ロン・ハワード監督作品「白鯨との闘い」は、公開された時、CGを多様したリメイクで、如何にも当世のハリウッドだなぁ〜と観に行かなかったのですが、完全に間違いでした。

これは、再映画化ではありません。なんと、小説の作者のハーマン・メルビルが登場して、白鯨に捕鯨船を木っ端微塵にさせられた乗組員の唯一の生き残りに当時の模様をインタビューし、その話を元にメルビルは白鯨を書いたということを映画にしているのです。

その乗組員の話、特に船をバラバラにされた後は悲惨の極みです。生き残るために衰弱した乗組員の肉を喰ったのですから。メルビルが「白鯨」を書いた切っ掛けが、この映画のような経験であったのかはわかりませんが、あの読みづらく長い原作を、こんな解釈で甦らせた監督の手腕はさすがです。

この映画もラストがお見事です。インタビューを終えて乗組員と別れる時に、大地を掘ったら油が出て来た、という話があるが信じるかと、メルビルが乗組員に訊いたところ、そんなことあるわけない、と答えます。捕鯨の時代が終り、石油の時代へと世界が変わる一瞬を捉えたシーンで、古色蒼然たる捕鯨の時代から、一気に現代へと引き戻されます。原作の「白鯨」とは、全く違う新たな世界を作りあげた傑作でした。やはり、映画を先入観で判断するのは良くないですね。

★2016年の営業を終了させていただきます。今年も大変お世話になりました。お越し頂いたすべてのお客様に感謝したします。また、ギャラリーで個展をして頂いた作家の皆様、本当にステキな作品をありがとうございました。

新年は1月5日(木)より通常営業いたします。来年もよろしくお願いします。(店長&女房)