大阪府内の救命救急センターの医者犬養楓さんは、コロナウィルス感染拡大で過酷な勤務を続ける中、その日々を歌に詠んできました。それが「前線」(書肆侃侃房/1650円)という一冊の短歌集になりました。

こんな歌が詠まれています。

「昼が来て夜が来てまた昼が来て看護師はこれを一日と呼ぶ」

「世の中の風当たりにも耐えるよう防護ガウンを今日も着込んで」

本作品集には、コロナ禍が本格化する直前の2019年末から約1年分の歌が収められています。日々、厳しい状態にさらされている現場で、医者・看護師のやり切れなさ、その思いをすくい上げ歌に託して伝えます。

「同乗なき救急車でひたすら息子の名前を呼んでいた人」

家族の付き添いも拒否される状況で、搬送される患者の孤独と絶望。

「ご迷惑をお掛けしますと愛し子を身籠り看護師潔く去る」

やむにやまれず救急の前線を去る看護師の複雑な思い。

「マスクでも感謝でもなくお金でもないただ普通の日常が欲し」

医者も看護師も普通の人々で、使命感いっぱいの崇高な人間じゃない、という現場の本音です。

歌人はあとがきでこう書いています。「非常事態宣言が連発され、本来の非日常が日常化していく中で、言葉が持つ力が次第に弱まっていくことを危惧している。しかし、映像では伝わらない出来事や、声にならない声を言葉にすることが、現在の第三波まで続く不連続な局面を打開する希望になると信じている。」

そして続けて、「その不確実さや不連続な状況にもまれながら、医療従事者が目の前の出来事に、どう向き合ってきたかをこの禍が過ぎ去ったあとにも残しておきたいと思い、歌を詠んだ次第である。」と。最前線(命をかけた戦場のような)の、貴重な記録です。

「この国の『いってきます』と『おかえり』を奪って流行るコロナウィルス」

私たちの日常を破壊している現状を理解していれば、安心・安全なオリンピックなんて言葉が首相の口から飛び出すわけがない。ぜひ、この歌集をご一読いただきたい。

いつだったか忘れましたが、雑誌にこんな短歌が載っていました。

「戦争が終わったときに 馬よりも劣っておると思い知りたり」

戦争の愚行さを見事に表現していると思いましたが、歌人の名前は忘れていました。ところが、先日、店に入荷した山崎方代歌集「こんなもんじゃ」(文藝春秋800円)をパラパラめくっていると、小説家の小島信夫がこの短歌を推薦していたのです。

山崎方代。大正13年山梨県生まれの歌人で、後年、鎌倉の小さなプレハブ小屋に住み、海山の幸を日々の食とし、妻も子もなく、簡素な生活を続けた、元祖「スローライフ」人生を送った人物です。

そんな彼の短歌を集めたのが「こんなもんじゃ」です。

「こおろぎが一匹部屋に住みついて昼さえ短いうたをかなでる」

なんて短歌が並んでいます。面白いのは、この歌人を応援する五人が、好きな短歌と短い評を載せているところです。五人とは、東海林さだお、俵万智、谷川俊太郎、中野翠そして小島信夫です。

東海林さだおが推薦したのは

「卓袱台の上の土瓶に 心中をうちあけてより 楽になりたり」

「方代さんが本当に卓袱台にすわって、真剣に土瓶をうちあけている光景が目に浮かぶ」と評しています。

また、谷川は

「このように なまけていても人生に もっとも近く詩を書いている」を上げて、方代の生き方を、こんな風に解説しています。

「なまけているとは、何かをしよう、何かになろうとせずに、ただそこに『いる』ことだろう。誰でもちょっとの間ならできるだろうが、ずうっとただ『いる』のは容易なことではない。方代さんが定職も定住する家も妻子ももたなかったのは、ただ『いる』自由がほしかったからだ。それは方代さんにとって、人生に近づく道であるとともに、詩に近づく道でもあった」

本の帯に「寂しくない、欲しくない、嘆かない」とありますが、マイペースにこんな飄々とした人生を送った歌人がいたんですね。東海林さだおが描いた表紙の、歌人の柔らかい表情も素敵ですね。