1990年頃だと思いますが、學藝書林が女性作家の「自選短篇集」を出していました。出版された作家は、津村節子、竹西寛子、河野多恵子、瀬戸内寂聴、岩橋邦枝、津島佑子、そして富岡多恵子です。

富岡多恵子は、「新家族」(學藝書林/初版1700円)というタイトルで、自ら選んだ短編集を出しています。あとがきで「短篇小説は、いかにもウマイと思わせるようなものも厭味で、かといって、いかにも『人生の味』『人生の断片』みたいなものもカンニンしてほしい。」と書いています。

タイトルになっている「新家族」は、動物園の動物達の家族と、それを観ている人間の家族を見つめる1人の女性の独白で始まります。幸せそうな家族と、それに馴染めない女性の孤独感を描くというよりは、家族の間の幸せなざわめきを、遠くから見つめる女性のモノローグ的な短編だと思います。

その次に収録されている「末黒野」は、悲惨な一家のお話です。農業を営む夫婦の間に生まれた男の子、米雄は成長しても農家の仕事を手伝わず、それどころか盗み癖で少年院に送られ、出所しても相変わらずの怠惰な日々を送ります。惰性で結婚した娘との間に子どもをもうけますが。愛想をつかした嫁は逃げ、幼子二人が残されます。凄まじいのはここからで、米雄は世話もせず、ほっとらかし。糞まみれで子どもは弱っていき、ついには凍死してしまいます。全く罪の意識のない男の半生を追いかけた物語。非情なまでの執筆力に驚かされます。

個人的なお気に入りは、「多摩川」です。映画的な作品、と言っても美しい風景や、様になる人間が登場するお話ではありません。多摩川に釣りにきた男と女。女は戦時中も父親に釣りに連れられた過去を思いだし、父親のありし日の姿に耽ります。そして、空襲で家が破壊され故郷を失くした記憶が甦ってきます。一方男も、東北の寂しい村に家こそ残っているものの、家族は誰も残っていません。故郷を喪失した男と女が、夕暮れせまる多摩川で釣りをしている数時間を描いた小説なのですが、ぐっと迫るものがあります。それが、何なのかはっきりした説明はできません。

「ふたりは、電車で多摩川を渡って、仮の宿へ帰った。電車の窓から見る多摩川は黒く、両岸にあるつれこみ旅館のネオンサインだけがよく見えた。」

という最後の文章が、やけにリアルに心に残ります。因みに映画化するなら、この男は光石研あたりがぴったりなんですが、主演にはちょっと華がないので、ここはやはり役所広司で…….。

 

 

 

★安藤誠ネイチャートークショー「安藤塾」今年も開催決定しました。

北海道のネイチャーガイドで、釧路ヒッコリー・ウインドオーナー安藤誠さん(写真左・愛犬キャンディと)のトークショーを10月25日(水)19時30分より開催します。(要・予約 レティシア書房までお願いします)