小川洋子という小説家は、長編の人だと思っていたので、あんまり短編には手を出しませんでした。しかし、「口笛の上手な白雪姫」(幻冬舎/古書1200円)を読んで、考えを新たにしました。

ここには七つの短編が収められています。場所も時代も、全く異なります。ただ、主人公が少年、あるいは少女という設定のものが大半です。最初の「先回りローバ」は、電話の時刻案内の女性の声に安心し、ずぅっと電話機を握りしめる男の子、「亡き女王のための刺繍」は、町の子供服専門の仕立て屋さんに通う女の子、「かわいそうなこと」では、かわいそうなことリスト作りに血道を上げる男の子、「一つの歌を分け合う」では、子供を亡くした伯母と、ミュージカル「レ・ミゼラブル」を観た高校生等が主人公です。「レ・ミゼラブル」の舞台や映画を知っている人は、ラスト泣けてきますよ。

子供たちが体験した、親や、祖父、或は町の人々との交流を一つの物語にまとめ上げ、どの作品を読み終わった後も、ちょっと胸がつまり、美味しい珈琲を飲んだときの満ち足りた気分にさせてくれます。祖父と少年が、廃線の決まった電車に乗り続け、畑にいた兎を可愛がる「盲腸線の秘密」は、そのまま映画になるんじゃないかと思えるぐらいに、映像的です。生きていれば、笠智衆にこのおじいちゃんを演じてもらいたかったですね。大切だった人の死、その人への深い思いが込められています。

こういう作品の一方で、「仮名の作家」は異色です。主人公はある小説家を溺愛する女性で、その作家のすべてを暗記する程にのめり込んでいます。そして、作家を囲む会では、お馴染みさんになっていくのですが、とある会で、彼女の的外れな発言が糾弾されます。その時、彼女は「私ほど正確に彼の小説を理解している者は他にいません。全部を完璧に暗記しているのですから」と叫び、大声で暗唱を始めますが、無理矢理外に連れ出されるというお話。これもまた、小川洋子の世界です。

「かわいそうなことはどこにも潜んでいる。何気なく曲がった角の突き当たりに、ふと視線を落とした足下に、昨日まで素通りしていた暗がりの奥に、身を隠している。僕はひざまずき、彼らを両手ですくい上げる。自分の生きている世界が、かわいそうなことばかりで出来上がっていると、薄々感づきながら。」

これは「かわいそうなこと」の最後に登場する文章ですが、作家自身、そういう「かわいそうなこと」を救いあげ、美しい物語へと昇華させているのではないでしょうか。

★お知らせ★

  レティシア書房 第5回「女子の古本市」2/21(水)〜3/4(日)

京都・大阪・兵庫・滋賀・岐阜・東京などから、出展者が女性という古本市です。お買い得の面白い本を見つけにお越しくださいませ。

 

 

頭木弘樹編の「絶望図書館」(ちくま文庫/古書650円)は、実にユニークな短編小説の編集ものです。先ず、ページを開けると「絶望図書館ご利用案内」」があります。曰く、

「この図書館は『絶望的な物語』を集めてあるわけではありません。『絶望から立ち直るための物語』を集めているわけでもありません。絶望して、まだ当分、立ち直れそうもないとき、その長い「絶望の期間』をいかにして過ごすか?」

そういう状況の時に訪れて欲しい図書館という事なのだとか。三つの閲覧室が設置されていて、それぞれの絶望の状況にお薦めの作品が並んでいます。

第一閲覧室「人がこわい」の中で「人に受け入れてもらえない絶望に」という場合、三田村信行作、佐々木マキ絵の「おとうさんがいっぱい」が挙げられています。第二閲覧室「運命が受け入れられない」の「人生の選択肢が限られているという絶望」には、安部公房の「鞄」が、第三閲覧室「家族に耐えられない」の中の「居場所がどこにもないという絶望」には、手塚治虫「ブラックジャック」が、それぞれ用意されています。

これ、人生にいき詰まった時にどうするか、というよくあるノウハウ本でありませんし、従って解決にはなりません。様々な絶望的状況に陥った時、この物語はよく理解できるよね、というものを集めたものです。例えば、「起きてほしくないことが起きるのを止められない絶望に」という状況には、ウィリアム・アイリッシュの「瞳の奥の殺人」が用意されています。

身体の不自由な老婦人の目前で行われる、息子の嫁による殺人事件を扱ったサスペンスです。確かに、身体も動かせない、しゃべることもできないというハンディがあるのに、殺人を止めるのはほぼ不可能でしょう。でも、ここでこれだけは起こって欲しくない時に、それが起こるってことあります。

李清俊(イ・チョンジュン)の「虫の話」は、「恨みが晴らしようのない絶望に」陥った時にどうぞ、という一冊ですが、いやこれは、宗教と人間を扱った小説としてとても良くできています。息子を殺された母親を描いた本作品を、選んだ編者のセンスに拍手です。

さすがと唸ったのが、「離れても離れられない家族の絶望に」で推挙された、川端康成のわずか数ページの短編「心中」です。ぞっとする美しさに満ちあふれた作品で、ショートショートの才人、星新一が「これだけは書けない」と絶賛したという小品です。

と、まぁ様々な絶望が想定されていますが、おぉ〜こういう時にこれか、上手いなぁ〜、とムフフと頷きながらお読みいただくのがベストです。

因みに第一閲覧室の前に、こんな言葉が掲げてありました。

「本を読まないということは、そのひとが孤独でないという証拠である」

太宰治の言葉です。

 

「ぼくの人生では戦争中が一番平和なときだった」

ドキッとする文章に出くわす「ぼくのエディプス・コンプレクス」他10編を収録した「フランク・オコナー短篇集」(岩波文庫500円)は、お薦めです。フランク・オコナーって?? 村上春樹ファンなら、ご存知ですよね。

2006年、村上春樹は「フランク・オコナー国際短篇賞」を受賞しています。短篇の名手に贈られる賞で、すなわちオコナーも短篇の名手です。20世紀初頭のアイルランドに登場したこの作家は、当時の過激な、例えばバージニア・ウルフ、ジョイスらの英語圏の文学の流れをかえる作家とは異なり、いささかクラシックで、地味な作風ですが、人生の機微を巧みに描いています。

結婚を許されないカソリック神父の元に届いた謎の花輪を巡って展開する「花輪」のラストは、冷たい風の吹く荒地に佇む主人公の姿と、彼の心の奥にしまい込んだ愛が描かれていて、それが私の頭の中で、映像化されて焼き付きます。

訳者は解説で、こう書いています。

「オコナーの原点にあるのは、やはり『語る』という姿勢なのである。ストーリーを展開させることで、人物に生命を吹き込みたいという作家的な欲求にあふれている。理屈に溺れるより、たとえ昔ながらのものであっても、きちんと物語の場をあつらえ読者に入ってきてもらいたいのである。」

どの短篇の主人公たちも、さあ、どうぞと読者が参加してくるのを待っています。そして、人物の造形以上に、アイルランドの自然描写が魅力的です

「一日を通し、水平線には無数の赤銅色の千切れ雲があふれていた。丸みを帯びて小さく、さながら聖母の絵に描かれた幼い天使たちのように、空の果てまで埋めつくしている。そのうち、雲は膨らみはじめ、次々に泡を吹くかのように巨大になり、異なった色へと変わっていった。」

そんな情景描写に誘われながらオコナーの小説世界へとトリップしてください。

蛇足ながら、表紙カバーの絵画は、彼と同じくアイルランド出身のショーン・カスリーの作品です。

 

ただいまギャラリーで開催中の、「あかしのぶこ動物たちの肖像画展 ぼくらは知床に暮らしている。」よりお知らせ

知床斜里町のパン屋さんメーメーベーカリーから、美味しいパンが届きます。12日(火)到着予定。初日に売り切れてしま い、残念!という方、ぜひこの機会に味わってみて下さい。

15日(金)19時半より あかしさんのトークショーがあります。知床で出会った動物たちのお話が聞けます。お問い合わせはレティシア書房(075−212−1772)まで。