石田千の「店じまい」(白水社/古書800円)は好きな本で、前にもご紹介しましたが、また手に取って読んでしまいまいした。帯の言葉を借りていうと「あなたの町にもきっとあった、あの店この店・・・・その不在の光景の数々」を描いたエッセイです。

昔馴染みの店の閉店の話って、ちょっと感傷的になるものです。私が閉店を経験した時も、店側の人間はわりとクールで事務的になってゆくのですが、お客様サイドはやはり違っていたようでした。石田の文章は、哀愁をにじませながらもどこか醒めた部分があり、しかも瑞々しい感性で語られて、とても気持ちよく読めます。彼女の好きなお店は例えばこんな感じ。どんな町にでもあるような蕎麦屋さんで、

「水が来て注文をして、テレビに飽きぬうち。新聞なら三面記事と黒枠、天気予報と週刊誌の広告をながめたころ。おまちどおさま。それまでの心づもりと空腹の間あいは、からだで覚えていて、整えられる店のおくの湯気のむこう、あかい顔をしてゆでているおじさんや、三角巾をきっちりむすんだおばさんが、あわてずせかさず、長年のいつもどおりを守っているおかげで、気どりなくいられる。食べたいものを、食べたい速さでたいらげる。」

こんな居心地のいい店って、誰も何軒かお持ちのはず。それが、ある日行ってみると閉店している、という経験もされているでしょう。その店が存在した時の街の情景を背景にして、店の人と交わった一瞬を書き留めています。石田は、古風なセンスの優れた下町エッセイを何点か書いていますが、この本がベストではないでしょうか。

馴染みの豆腐屋が閉店していた時。

「暮れに来たときは、あぶらあげ二枚買った。半年後、店をたたんでいた。ひとの死を知ったときのようにざわついて、部屋のなかで、立ったりすわったりしている。すぐそばにあった景色が、腰まわりからはなれていかない。」

店は変わり、街も変わり、そこに何があったのか誰も忘れている、というのが現実ですが、心のどこかに様々な思いと郷愁と共に残っている店ってありますよね。この本を読みながら、そういえば、あの店…..って思い出したりしました。

 

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