石田千の「月と菓子パン」(晶文社650円)、「屋上がえり」(筑摩書房700円)を読んだ時、著者の文章の”良い加減”なリズム感が心地よく、エッセイ界に新しい人が出現したなと、その後も注目していました。

彼女の初の小説集「あめりかむら」(新潮社700円)を読んでみました。芥川賞候補となった本作は、さらっと街の情景を描く彼女にしては、”濃い”お話でした。

ガンの手術から5年。再発に怯える女性が主人公です。この女性と、大学時代からすべてを卒なくこなし、陽の当たる道を歩んできた戸田君との関係が描かれていきます。何事も上手く行かない彼女と、人生をスキップで駆け抜けてゆく戸田くん。軽蔑の対象でしかない彼。しかし、大きく事態は変わります。突然の戸田君の自殺。えっ、何それ? 何でお前が死ぬの?? バカかお前は……..。

しかし、情緒不安定の彼女の脳裏に戸田君の残像が消えません。なんで、あんなヤツの顔が…..。ここから、彼女の行き場のない迷走が始まります。仕事で京都に来ていた彼女は、何故か買ったお土産を「四条大橋のまんなかで、ぜんぶ川に放り投げてやろうか。混雑する橋をにらんだ。そのとき、大阪へ京阪特急。」。そして突然、大阪へ向かいます。そこに個性的なおばちゃん、おっちゃん、アダルトショップのお客さんたちが登場してきます。

「戸田君。大阪はね、たくさんのひとが肉を喰らい、骨をしゃぶり生きているよ。」

という言葉で小説は幕を下ろします。あれほど嫌っていた戸田君、彼の死、そして彼女自身の心の葛藤に整理をつけた姿をチラリと覗かせた印象的なエンディングです。

この小説集には、第1回古本屋大賞を受賞した「大踏切書店のこと」も収録されています。じいちゃん、ばあちゃんだらけの街にある古本屋兼飲み屋を巡るハートウォ−ミングなお話で、この作家らしい”良い加減”な世界に満ちた短篇です。いいなぁ、この街。

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 細野晴臣選曲、監修によるCD「ETHNIC  SOUND  SELECTIONS」。それぞれに、「既視」「祖先」「律動」「恋歌」「哀歌」というタイトルが付いていて、そのタイトルに因んだ曲が、全世界から集められました。ブルガリア、イラク、トルコ、韓国、中国、パキスタン、タンザニア等々あらゆる国の曲が収録されています。さすが、細野晴臣です。

このCDの正しい(?)聴き方は、真面目にじっと聴かないことです。遠くの方から、ふわっと聴き取れるぐらいの感じで流してください。そうすると、それぞれの国の巷で流れている音楽が、周りの雑踏とほぼ良くミックスされて、自分が異国の中にポツンと立っている気分になれます。例えば、「恋歌」に収録されているビルマの「ザディアナー・サチャー・ウェイラー」などは、夏の暑い日に部屋の向こうから、かすかに聞えてくると、素敵な午睡が楽しめます。音楽なんて、あんまり聴かないなぁ〜という方にもお薦め。価格はワンコインランチより安い、1枚400円! 400円で世界一周です。

日常の暮しを見つめる優れた小品を書いている石田千が、日本各地を周り、その土地の唄と、そこに暮らす人々を紹介する「唄めぐり」(新潮社1400円)が入荷しました。この作家の「月と菓子パン」(晶文社650円)「屋上がえり」(筑摩書房700円)を読んで、ケレンのない、地味ながら優しい文章のファンになったのですが、「唄めぐり」の方は、エッセイというよりノンフィクションと言った方がいいかもしれません。

秋田県「秋田米とぎ唄」、香川県「こんぴら船」に始まり、福島県「あまちゃん音頭、新相生馬盆唄」まで全25曲。日本中を駆け巡ります。どの章も、歌詞が収められ、唄の生い立ちを調べ、唄を現地で聞いて、その土地で生きる人々とどう関わってきたのかが、著者らしい素敵な文章で綴られています。例えば、宮城県「大漁唄い込み」では、活気を取り戻した石巻港のせりの様子をこう締めくくっています

「声をはりあげていた競る港の人は、みな懐中に鼓舞する拳を握っている。目の前に、いのちをかけて働いてきた海がある。あおく冴える波にむかって、船がまた出ていった。まえは海、まえは海。大漁網を、唄で引っぱる。」その風景がすうっと現れてきます。

また「唄っこきいて、石っこながめて、雪っこでころんで、はっと汁の味っこ覚えて、うれしかった。そうして、お参りも無事すませた。あとは、お湯っこで、酒っこ」なんていう岩手県「げいび追分」の最後の文章に出会うと、なんだかこちらも、ぴょんぴょん飛びはねて、どぶんとお湯につかり、美味しいお酒にのどをならしているような気分になりました。

あっ、これレティシア書房の店じまいではありません。石田千のエッセイのタイトルですから。

「月と菓子パン」から始まって、「踏切趣味」、「踏切みやげ」と彼女のエッセイを楽しんできました。今回ご紹介する本は、タイトル通り、町の中にある、何の変哲もないお店の店じまいや、いつの間にやら、消えていった商店街の片隅にあったお店への思いを書き綴ったエッセイです(白水社900円)

彼女のエッセイが素敵だなと思うのは、読んだ後、私たちの生きている周囲の風景がちょっと違って見えてくるところです。

ビルの谷間から見える月、公園に植えられた桜、一杯飲み屋さんから漂ってくる香ばしい匂い、など普段目にしたり、聞こえてきたり、身の回りにあるものが、ノスタルジーを手みやげに近寄ってくる感じ。彼女の本を片手に、ちょっと町の中を散歩してみたくなります。

店じまいの話は、リアルに書けば、どのお店にも歴史があり、それが消えていくのですから、辛い哀しい話になってしまいがちですが、彼女らしい優しい文章で、そうか店じまいか、長い間お疲れさまでしたと言いたくなってきます。

「坂なか書店」というタイトルで、閉店する書店のことが描かれています。そこそこの規模の書店で、活気があり、本を買う楽しさに満ちた場所だったところでした。最終日、彼女は「森がなくなったようだ」と思います。それから、彼女は、昔の馴染みの小さな本屋のことを思いだしました。ある日、その店に入ると店内が雑然としているのに気づきます。

「机のふちにセロテープで貼付けた紙が揺れた。閉店のあいさつだった。三十八年続いた店は、本日五時をもって閉店とする。閉店三十分まえの店の、ただひとりの客になっていた。」

町は変わり続け、その場所に何があったのか、記憶からも消えてゆく。

「作る人も、売る人も、買う人も、膨大に増えつづける本の速度に、気持ちもからだも追いつけなくなっている。森が消えていくときとおなじように、立ちつくす。

森があったことを語り継ぐだけになっては、いけない。そのことだけ、わかっている」

さすがに、本屋のことは、ノスタルジーだけで語ることはできなかったようです。

 

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