1949年生まれ、29才で精神安定剤の大量摂取でこの世を去ったアルト奏者、阿部薫。彼と結婚し、短い一生を見送った女優&作家、37才で首をくくった鈴木いづみ。この二人のどん底の、傷だらけの愛と憎しみを追いかけた稲葉眞弓の小説「エンドレスワルツ」(新装版/絶版900円)は、小池真理子が解説で指摘するように、60年代の政治の「祭りの時代」の後の時代を生きた男と女の臭いを見事に小説化しています。

フリージャズ奏者の阿部の音楽は、一度だけレコードで聞いたことがありますが、こんなに悪寒の走る、ぞっとする狂気に満ちた、奏者の心の内側をまともにぶつけてくる音楽は初めてでした。ジャズ喫茶の大音量で聴いたので、咽喉を押さえつけられるような気分でした。一方の鈴木いずみはヌードモデルやピンク女優を経て、「声のない日々」になり、その後作家として活躍しました。

小説は1973年8月「今日も一日ラリっていた。朝起きると、いやな苦みが口の中にあって、どこもかもがどんよりと見えた」といういずみの日常から始まります。彼女が、青白い顔をした薫に出逢い、クスリ(麻薬ではなく、薬局で販売している睡眠剤、精神安定剤)とアルコールとセックスにドボドボになりながら、なんとか一日、一日を生きてゆく様がドキュメンタリータッチで描かれていきます。

以前店長日誌で、稲葉眞弓の「半島へ」という、静かな静かな小説を紹介しましたが、この小説は容赦ありません。小説家の魂が、いずみの肉体に宿り、あるいはいずみの精神が小説家の肉体に激しくぶつかりながら、この時代を生きた女の精神史を甦らせていきます。多分に、読者にもその過激さで切り込んできますので、読む前はご注意ください。

78年の薫の後、茫洋たる日々を送っていたいずみは、1986年2月、寝ている娘のベッド横で、ストッキングで首を締めて世を去ります。小説はここで終ります。ここまで書き込んだ作家の強靭さに、拍手を送りたいです。

「鈴木いずみ語録・コンパクト」(文遊社650円)の後書きで、松岡正剛は、彼女が文学界新人賞候補を担った時、このアグレッシブな作家に対して文壇が及び腰になったことに言及、こう書き添えています

「逃げてはいけない。とくに大人やプロは。しかし、多くの大人のプロたちは、寺山修司や荒木経惟や上野千鶴子をのぞいて、鈴木いずみの作品から逃げたのである。もしここで彼女が文学の微笑に包まれていたならば、いづみは自殺しなかったか、それとももっと凄い作品を書いていた。」

いずみの死後、山田詠美が、岡崎京子が、登場し、文壇で、漫画界で活躍を始めます。異端を時代が認めた始まりでした。 

 

 

★吉田篤弘の新刊「京都で考えた」(1620円)が発売されます。

全国発売は10月20日ですが、京都地区先行販売が決まりました。また、ご予約された方には先着でサイン本をお渡しします。先行発売は10月12日(木)です

 

 

「強くならなくてはならない。強く。お尻を丸出しにして洗面器でおしっこできる広東の女のように。ぼろぼろになっても風にそよぐ南国の葉っぱのように。」

この力強い台詞は、稲葉眞弓の「半島へ」(講談社700円)に登場する女主人公の思いなのですが、艱難辛苦を乗り越えて怒濤の人生を乗り切る、というような小説ではありません。

タイトルの「半島」という言葉から、朝鮮半島のことを想像し、もしかしたら政治的な、或は北から南へと逃げて来た越境者の話かと思われるかもしれませんが、全くちがいます。場所は志摩半島のどこか。豊かな自然に囲まれたこの地に、東京から引っ越してきた女性の日々を描くのが、本作です。

ま、人生色々あって、東京を離れた彼女。身内からは、そんな所に家建ててどうするの、老後は?と猛反対されるのだが、「いざとなったら猫と一緒に、沼や森に住む女になる。野や山に暮らすことになっても、食べていくだけならなんとかなるだろう。」

そして「野で暮らすのだ。海に入るのだ。釣や罠作りを覚えて漁師と猟師の両方になるのだ。なんて贅沢な老後だろう」と、始めた一人生活の日々を、小説は丁寧に描いていきます。事件は全く起こりません。言葉のひとつひとつが、半島の豊さを伝えてくれます。

ある夜、ベランダでいつもの様に夜空を見上げていた彼女は不思議な体験をします。

「ぼうっと空を見上げていると、波動のようなものが体内をかすめていく。地球の自転の震えだろうか。体と空が一瞬にしてつながるような未知の感覚に襲われる。同時に人間が流れることなく、地につながっていることが、なぜか奇跡のように思えてくる。」

やがて、体が肉体を離れていく錯覚に捉われる。彼女はこれが無になるという感覚なのだと思う。

こんな経験、ありませんか。この星が持っている大きな力にゆらりゆらりと揺らされて、彼女は自分の人生を回復していきます。そして、大きな決断が…….。

ラストシーンを飾るのが、フランソワーズ・アルディの名曲「もう森へなんか行かない」です。こら、いかんわ、泣けてくる。こんな禁じ手、やらせ!と思いながらも、芳醇な小説を読んだ喜びを満喫しました。

この作家の最初のエッセイ集「少し湿った場所」(幻戯書房900円)を読んで、良い文章を書く人だなと思い、小説にトライしました。続けて読んでみたくなり、資料を調べていたら、女優鈴木いずみと、フリージャズサックス奏者阿部薫の凄まじい日々を描いた「エンドレスワルツ」の作者だったことが判明。あれ、読んだのにな…..そんなに心に残らなかったのに……。

 

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