当店では何故か、科学者のエッセイが、古書店ではスタンダードな純文学作家より、よく売れています。湯川秀樹、寺田寅彦、中谷宇吉郎、岡潔、といった物理学、数学者から、天文学の野尻抱影、石田五郎、植物学の牧野富太郎といった方々がその中核です。巧みな、美しい、理路整然とした、的確な、と様々な形容詞は付けられますが、とにかく文章が素敵です。中谷宇吉郎随筆集(岩波文庫650円)、寺田寅彦「柿の種」(岩波文庫450円)等は、どのページから読んでも、ゆっくりと心に染み込んできます。
そんな店に、現役の自然科学者が集まって文章を書いたミニプレス「窮理/KYUURI」(窮理謝702円)の販売の依頼がありました。ちらっとみても名だたる大学の先生が参加されています。『窮理の出発、おめでとう』と題して寄稿された江沢洋学習院大学名誉教授は、寺田や中谷の随筆が書かれたのが、彼等の現役にかなり古い時代のものであって、今の科学者の声が聞こえてこない、だから若い研究者にも参加して欲しいと書かれています。若い読者には若い研究者の声が必要だと思います。
創刊号では、五人の科学者が、自分の学問のこと、趣味のことを肩のこらない文章で書いています。ちょっと面白いのは、伊藤憲二さんの「『論文』の無い科学者・桑木或雄という連載記事です。桑木は明治の終わりから、昭和にかけて活躍した物理学者ということですが、彼を知る者は少ない。
「桑木が忘られたのには理由がある。物理学に目立った業績が無かったからである。そもそも、論文らしい論文がない。」
えっ?じゃあ何の取り柄もない、教授というブランドだけの男なの?
でも、そうではないらしい。1906年初の研究論文「絶対運動論」を発表しますが、数式がひとつもない、しかも縦書きの論文です。そんな人物を筆者は当時の物理学の理論を紹介しながら、掘り下げていこうとしています。やがて桑木が、物理学から哲学の方へと傾斜していくのは、学会の「敗者」なのか、それとも…….。次号が楽しみです。
ところで、現役5人の学者と共に、「随筆遺産発掘シリーズ」で中谷宇吉郎27歳(昭和2年)の時のエッセイ「御殿の生活」が紹介されています。このシリーズは、あまり読まれていない先駆的な学者達のエッセイを掘り起こしていかれるのだとしたら、貴重です。
因みに「窮理」の意味を辞書で探すと
1 物事の道理・法則を明らかにすること。
2 朱子学における学問修養の中心課題の一。広く事物の道理をきわめ、正確な知識を獲得することで、そのために読書をすすめた。
とありました。