古典芸能の本、特に初心者が読んで面白い本を見つけると、つい仕入れてしまいます。

古い本ですが、堂本寒星「上方芸能の研究」(昭和29年河原書店2000円)は、上方歌舞伎、壬生狂言、さらに上方舞にまで及んだ書物です。この中で、京舞の井上八千代さんとの対談が載っていました。四世井上八千代襲名の時の対談です。厳しい先代とのお稽古の事や、これから四世としてどんな舞台を勤めてゆくのか、先代が三味線のお稽古にことの外厳しかった時のことなど、はんなりとした京都弁で話されています。

「わたしが上手に弾けまへんと、あんた、もういんどいてと、おこらはるのどす。さうなると、わたしは先代さんと二三日顔を合わさんやうにするのどした。」

当代の五世八千代さんも、祖母である四世のことを、それはもう厳しかったと話されているのをTVで観たことがあります。

人形浄瑠璃「文楽」の大夫として60数年活躍され、先日引退された竹本住大夫への聞き書き「人間、やっぱり情でんなぁ」(文芸春秋600円)でも、やはり厳しい修行の日々を語られています。思わず吹き出したのが、「コケコッーコあ、鶏が鳴いた、夜明けじゃィ、」という台詞を師匠宅で早朝から何度も何度も繰り返し言わされた時のこと、ご近所から苦情が出ました。

「『じゃかましいィっ、夜の明けたん分かってるわい!』と大夫顔負けの迫力の、ちょっと怖い声で怒鳴られました。これを聞いた師匠が血相変えて、言い返すために、物干し台に上がろうとされるのを必死で押しとどめて、大騒ぎになりました」とは、いかにも大阪的なエピソードですね。

だいぶ前に、竹本住大夫の舞台は拝見しましたが、全身全霊で向かって来る気迫に感動したことを覚えています。表紙のお顔も、なんとも深い人間味が漂っています。

舞台に上がる直前、どんな名人も上手くいくかという恐怖心が湧き上るのだそうです。その竹本住大夫の頭を過るのは、「どっちにしても、出たとこ勝負や」という一念でした。

「新人のときの『稽古はしてきた。よっしゃ、出たとこ勝負や』と自分に言い聞かせてました。初舞台から最後の日まで、毎日毎日思うことは一緒でした。」竹本住大夫ならではのきっぷの良さです。

もう一点、高田文夫監修の写真集「お後がよろしいようで」(ちくま文庫500円)は、高座や楽屋での、江戸前噺家の表情が数多く収録されています。キリッとした、いなせな雰囲気が満ちていて、折にふれパラパラめくっています。志ん朝のちょいと顔を上げた雰囲気なんかとても素敵です。

★勝手ながら7月3日(月)&4日(日)連休いたします

 

 

木曜夜8時のお楽しみ、松尾スズキ主演「ちかえもん」が昨日最終回でした。

いやぁ〜楽しませてもらいました。さすが朝ドラ「ちりとてちん」で落語をとことんひねった脚本家だけのことはありました。飴売りのお調子者の男が、近松の幼い頃の遊び相手の人形だったと思い至ったところなどは、泣けてしましました。傑作浄瑠璃「曾根崎心中」で、モデルとなった心中事件の二人が生きていたハッピーエンディング、ラストに流れる吉田拓郎の曲に拍手喝采。このドラマをきっかけに文楽に行ってみようかな、という人が増えたらいいですね。

ところで、当代随一の浄瑠璃語りの竹本住大夫へのインタビューをまとめた「文楽のこころを語る」(文春文庫350円)で、大夫は、この演目を「何もかもがきれいずくめの浄瑠璃で、私はあんまり好きやおまへん」と意外な告白をされています。それどころか、「近松ものは、なんでこないに人気があるんや」と近松ものへの距離感を表されています。

「文楽を初めて観にきた、という人にはストーリーもようわかるし、時間的にもそう長くはないし、いいのかもしれまへん。このへんが、外国でも日本でも受ける理由ですかいなあ。」

平成9年、パリでこの演目を11日間にわたって公演した時、すべて大入り満員だったそうです。

はんなりした大阪弁に誘われて、文楽の世界へと連れて行ってくれる入門書です。

文楽をこよなく愛した作家、小田作之助短篇集「聴雨・蛍」(ちくま文庫750円)に、人形遣いの吉田文五郎の芸道修行を聞き書き風の文体で書いた「吉田文五郎」という小品があります。大阪弁を一人前に駆使して作品が出来れば、大した作家と思っていた彼は、ここでも生き生きとした大阪弁を使っています。

「こつこつとこの報われん道を歩いてきたのかもわかれしめへん。贅沢な暮らしみたいなもんしよ思ても一日も出来まへなんだ。考えてみたら暗い道だした。けど。その暗い道を阿呆の一つ覚えに提灯ともして、とぼとぼ六十年歩いて来ましたんだす。」

これ、標準語でしゃべられると、なんか、フンと横向きたくなりそうですが、柔らかい大阪弁だと、そらぁ、ようきばらはったんやな、ともっとお話を聞いてみたくなります。