少し前の店長日誌で梨木香歩作品集「西の魔女が死んだ」の素晴らしい後書きについて言及しました。大事なことは、「大きな声を持たずとも、小さな声で語り合い、伝えてゆくことができる。」と、彼女は記しています。

同じことを音楽家、細野晴臣はその著書「分福茶釜」(平凡社/ハードカバー絶版800円)でこんな風に語っています。ある言語学者が「本当のことは小さな声でひそひそ語られる」という発言を受けて

「実は人びとにいっぱい聴かせるような音楽は好きじゃないんだ。大きな音で人に聴かせる音楽ね。大きな音で聴かせる音楽はオペラから始まったんじゃないかな。ローマ帝国のパワーだよ。でも少数民族の音楽って自分だけのためにある。旅をしながら親指ピアノを弾いたり、鼻で吹く笛は自分にしか聴こえないし。自分と自然との環境のなかで、くゆらせる音楽っていうものがある。で、大きい音ってどこから出てくるのか、と考えたら帝国主義なんだと思ったわけ。」

そして、こう結びます。「演説も、アジテーションも、とにかく大きな音は空しいんだよ。」

北欧の少数民族サーミに伝わる伝統民謡、通称「ヨイク」を歌うウッラは、今もトナカイと暮らしています。その音楽は細野の言う通り「自分と自然との環境のなかで、くゆらせる音楽」です。(CD「ルッサ・エアナン」1300円)

「うるさい音楽は音を小さくしたってうるさいし、逆に、いい音楽はフルボリュームにしたって静かなんだよ。」とも語りますが、これ、正しいと思います。店内でかける音楽には気を使っていますが、ジャンル、内容に関係なく、良い音楽は静かに染み込みます。あるロックバンドの音楽を流していた時、ロックのロも知らないお客様が、「この音楽、本に寄り添ってるね」と言ってくださいました。書物にとっていい音楽だったのだと、ちょっと嬉しかった。

細野のこの聴き語り本は、音楽のことだけではなく、例えば、老いることはよい、と語っています。

「本来は自然に年をとれば知恵がつく。ところが最近の老人はちゃんと年をとれていないから。本人も自分を老人と思わずに若者になろうとする。年をとれないのが当たり前になってきて、世の中にも年寄りの境地ってものが用意されていないから、そのノウハウが途切れちゃっているんだ。」

こんな具合に、音楽のこと、社会のこと、そして生きることを、盟友鈴木惣一郎と共に語り尽くします。

 

「70年代は本当に面白かったですから。何もかもが混沌としていて、刺激的だった。それはあの時代にしかなかったものだったと思います」

これは雑誌「SWITCH 70’VIBRATION YOKOHAMA SPECIAL ISSUE」(DVD付き1300円)でのユーミンの言葉です。

1969年、東大安田講堂に籠っていた全共闘の学生達が、機動隊との攻防の末、陥落したことでラジカルな時代は幕を閉じます。70年、大阪万博開催で明るく豊かな国ニッポンが躍り出ます。もちろん、一方では三島由紀夫の割腹自決事件や、よど号ハイジャック事件、その後の浅間山荘事件等々、悲惨な出来事が多くあります。あ、パンダ初来日もこの時代でしたね。ユーミンが言う「混沌」とした「刺激的」な時代だったと、同い年の私は同感です。

71年、イギリスから超甘酸っぱい映画「小さな恋のメロディー」がやって来て、私ら男子は涙し、72年情報誌「ぴあ」創刊。これを片手に、音楽情報や映画情報を収集していました。74年ユーミンが「MISSILIM」でデビュー。時代はオシャレ満開へとなります。資生堂等の大手化粧品会社が、大々的なプロモーションを展開したのもこの頃でした。

とはいえ70年代は、まだどこかに60年代の影を引きずりながら、新しいものを生み出そうとしていたように思います。個人的にも、大江健三郎が60年代末に発表した「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」(新潮社・初版900円)を、読んだ気になったり、辻邦生の「北の岬」「背教者ユリアヌス」に夢中になったりと、古いものと、新しいものが混沌としていました。

そして、79年村上春樹が「風の歌を聴け」でセンセーショナルにデビュー。素敵な小説だなとは思いましたが、なんか違和感もありました。

もう過ぎ去ったあの頃のことを、この「SWITCH」をパラパラめくっていて、少しずつ思いだしました。

この特別号には、細野晴臣「ハリー細野&TIN PAN ALLEY IN CHINATOWN」という76年の幻のライブから3曲がDVDに収録されています。レアーな映像で、音楽ファンには必見です。

 

「64年のオリンピックで、この街の良い部分はなくなっちゃった。だから、今、オリンピックを東京で開催するのは大反対。開催すれば停滞感を払拭できると思っている人は、考え方が古いよ。そんなことよりも、街の下水にもっと気を遣うとかしたほうがいい。」

これ、細野晴臣の「HOSONO百景」(河出書房1200円)で「都会」について語った一文です。年末にBSで放映された音楽番組でも、彼は反対の発言をしていました。まったくもって、ごもっともです。この時代になんで東京でオリンピックやるの?

この細野さんの本は、彼の音楽人生を語ったものですが、音楽だけでなく世界をどう見ているのかまで書かれています。彼は東京ミッドタウンのBGM選曲の仕事をしていますが、今の東京のBGMが不愉快極まりないのを知った上で、こう発言しています。

「ほとんどの場所はなにもかもが垂れ流しなんだ。今の東京はそんな音と、鼻を突くにおいが混ざった都会で、五感を不快にさせることばかり。そんな気持ちをちょっとした音楽で快感に変えられないかなと思って、曲を選んだんだ。」これ、東京だけじゃなく、日本中どこも似た状況です。

成る程ね、「ハッピーエンド」時代から、細野さんの音楽って心和ませてくれたけれど、こういう考え方を首尾一貫してきたヒトだったのですね。

音楽家としての彼を育てたあらゆる国のサウンド、影響を与えた映画の数々、タイタニック号に乗っていた祖父のこと、そして横尾忠則との嘔吐&下痢のインドツァーの話とかどこから読んでもおもしろいですが、美女について語っている件は、この人らしいです。

「もっと自然に女の人の顔が心の表れるになるような時代が来ればいいなって。僕みたいなおじいさんになると、化粧をしていない素顔の美しさが心地良いんです(笑)」

ハッピーエンド時代に、細野が作詞作曲した「風来坊」という曲があります。「ふらり ふり ふり風来坊 風来坊 朝から 晩まで 風来坊 風来坊 風来坊」という感じが延々続く曲ですが、細野さんは風来坊みたいに、ふらりといろんな場所へ飛んでいって、居心地のいい音を見つけては、ホッ、ホッ、ホッと和んでいたんでしょうね。(この曲の入った「はっピーエンド city-ベスト」1450円も在庫しています)

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