寡作で地味な小説家、結城信一の「空の細道」(河出書房新社/初版/帯/函1400円)は、一人暮らしの老人と、近くに住む若い女性の交流を描いた作品を中心とした短篇集です。

人生の先輩の老人が、やさしく若い女性を見守る話かと思いきや、もうメソメソ、イジイジ老人の独白と妄想につきあうことになります。若い方にはお薦めしませんが、何故かのめり込んでしまう不思議な小説です。

本のタイトルになっている「空の細道」は、これほどまでに静謐で透明な文章で、一人の老人の心の孤独を哀切なタッチで描ききった作品です。

「空の細道」はこんな文章で始まります。

「夏の強い日差しが、やや前こごみの背中に、突刺さる。頭の芯をめぐって、真赤な渦が盛り上がるやうで、ふらつくほどの眩暈がしてくる。………..山形老人は庭の片隅で、もう三十分あまりもうずくまっていた。」

妻を亡くし、娘にも先立たれた老人の日々が、わずか30ページ程で描かれています。病室に担ぎ込まれた老人は、病室の窓から、小鳥たちの通い路になっている細い道路を発見します。その路を見つめる老人の哀惜の表情で、小説は幕を降ろします。

短篇集の後半は、「薄い光が見えてくる夜明けに、戸村老人は起きて、もう居間の椅子にいる。そして、自分ひとりの、朝の珈琲を飲む。次第に明るんでくるのにあはせて、庭先に訪れる二、三の小鳥の短い声が、張りつめたひびきにきこえてくる」という日常をすごす老人と、かおりという若い女性の交流を描いた連作集です。老人の死への思い、若い生命力への憧憬、そして幻想などが交差しながら物語は進みます。かおりとの間には、性的な、あるいは男女間の愛情が存在はしていないのですが、ふと隙間から、それらしきものが顔を出してきます。それは老人の一方的な妄想ではなく、かおりも近づいてきます。それを老いの醜さだとか、死の恐怖から逃れるための手段だとか、そんな言葉で単純に決めつけられないのは、作家が原稿用紙の前で削いで、削いで作り上げた静かな文章の力によるものです。

40代の方、興味があれがどうぞ、50代の方、老いの準備のために、そして60代の方、必読です。

 

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