講談社文芸文庫「群像短篇名作選1946〜1969」(講談社/古書1400円)は、さすが老舗の文芸雑誌に収録されただけの作品が網羅されています。三島由紀夫、大岡昇平、原民喜ら18名の作家の作品を読むことができます。以前、ブログで紹介した庄野潤三「プールサイド小景」も収録されています。吉行淳之介「焔の中」や円地文子「家のいのち」などお薦めの作品も沢山あるのですが、私がこの中から1つ選ぶとすれば、島尾敏雄「離脱」です。

これ、読みにくいと思われる方もおられるはず。私も途中でめんどくさくなりました。しかし、何故か後になってもその小説世界が頭の中に残っている不思議な作品でした。

お話は、不倫してばれて妻に言いなりになってしまった作家の話、それだけです。

「あたしはもうがまんしませんよ。もう何と云われてもできません。十年間もがまんしつづけてきたのですから。ばくはつしゃったの。もうからだがもちません。見てごらんなさいこんなにがいこつのようにやせてしまって、あたしは生きてはいませんよ。生きてなどいるもんですか。」

と、完全にキレてしまった妻と、ぐちぐちする夫の会話だけで成り立つ物語なので、暗い気分になりたくない向きにはおススメはできません。

「もう外泊はしません。ひとりでは外に出ません。外に出るときは妻やこどもをつれてでます。妻のほか、女と交渉をもちません。」防戦一方の夫。

こんな問答が昼夜関係なく続き、家事は停滞し、子供たちは御飯にありつけない。次第に陰険な空気が濃密になってきます。改行なしの頁が延々と続き、のたうち回る男と女の修羅場に立ち会っている自分に、ふと気づきます。なんでこんな小説読んでるんだろう………?けれど、頁を閉じさせないところに島尾の作家性があります。

「八日めの朝、眠りからときはなたれ、昼のなかにはいるのをおそれながらそっと目をあけると、じっとぼくを見ている妻のかわいた目にぶつかった。」もう、結構!と思ったのですが、結局最後まで読むことになります。

島尾の代表作「死の棘」は、精神症状に悩む妻との生活を描いた私小説で、こちらも読むのが辛くなるような物語なのですが、やはり読ませるのですね。かつて、島尾は酔ってからんできた中上健次に、「オレは苦し紛れに書いているだけだ」と答えたという逸話が残っています。「苦し紛れ」という言葉に秘められた作家の様々な感情が、昇華し、文学作品になったということです。

この「群像短編名作選」は「1970〜1999」編がすでに出版、「2000〜2014」編が5月中旬に出版される予定です。

 

 

勝手ながらレティシア書房は、5月7日(月)〜10日(木)連休させていただきます。