映画館に足を運ぶとき、この辺りまで描いてくればいいなぁ〜と思いながら席に着き、まずまず期待通りだと、うん良かったという感想になります。

しかしたまに、こちらの意に反して、え?ここまで描くの?こっちへ行くの?みたいな映画に出会い、未知の世界へと誘い入れてくれると、傑作だった!と言ったりします。

カナダ映画「やすらぎの森」はまさに、そんな傑作の一本でした。世のしがらみを捨てた男たちが、誰も人がやって来ない森の奥の湖畔で、最後の人生を愛犬と暮らす日々を送っています。こう書くと、余裕ある人の引退後のアウトドアライフが頭に浮かんできますね。

誰もいない湖で、素っ裸で泳ぎ、愛犬と戯れ、畑を耕しているシーンはありますが、この作品、美しい情景描写で終わる映画ではありません。

男たちは三人。映画が始まってすぐに一人は亡くなります。残った二人の老人は、それまでと同じ生活を繰り返しています。ある日、そこへ、闖入者が現れます。少女時代に不当な措置で精神病院に入れられて、60年以上も外界と隔絶した生活を送ってきたジェルトルードです。

最初は、男たちと打ち解けなかった彼女ですが、この自然環境が彼女に力を与えていきます。そして、男の一人チャーリーと少しづつ近づいていきます。そして、お互いを認め合い夜を共にします。80歳を過ぎた老人二人の営みを、繊細に、優しく、誠実に撮っているのです。これには、感動しました。BGMは森で鳴く鳥の声と、ストーブで弾ける木の音だけです。

こんなシーン、男性監督には無理だと思っていたら、やはり監督は女性でした。1970年生まれのルイーズ・アツシャンボー監督は、丁寧に、丁寧にこの二人を撮ってゆくのです。

その一方で、老後を自由に生きている男たちが、自らの死について、自分で決着をつけようとしていることがわかってきます。三人とも青酸カリの瓶を持っていて、今日は死ぬにもってこいの日だと決めたら、その瓶の中身を飲むのです。チャーリーと最後まで一緒だったトムも、もう自分の体がこの冬は越せないと判断し、この世を去る決心をします。チャーリーと二人で穴を掘り、そこに入り、薬を飲みます。愛犬がどうなるか、ちょっと辛いシーンが待っています。

ジェルトルードを演じたアンドレ・ラシャペルは、1931年生まれのカナダを代表する女優。本作で引退するということで、70年近くに渡るキャリアに幕を閉じました。80歳を過ぎて、老いた自分の裸体を見せるなんて、簡単にできることではないと思います。よほど、この役柄が気に入ったのでしょう。その後、癌のため2019年11月に亡くなりました。享年88歳でした。

歌手の加藤登紀子は、「生と死の境界線を超えるテーマなのに、対話が詩のように美しい。」と表現しています。そうなのです、ほんとに詩のような映画なのです。心に響いてきます。劇中、トムが歌うレーナード・コーエンの名曲「バード・オン・ファイア」で、涙が溢れました。

 

 

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沖田修一監督作品「おらおらでひとりいぐも」(京都シネマにて上映中)は、老いも若きも観てほしい映画です。一人暮らしのおばあちゃんの映画ですと言ってしまうと、なんだか暗そうなんて思うかもしれませんが、大丈夫。笑えます。でも、老人を茶化しているわけでもなく、しっかりと見つめています。

1964年東京オリンピックの年。東北生まれの桃子さんは、お見合い結婚を投げ捨て、東京へと向かいます。そこで見染めた男性と結ばれ、子供も二人授かりました。それから55年。夫に先立たれ、子供とも疎遠になり、外出するのは病院と図書館で本を借りる時ぐらい。ひとりで暮らす家は、いつも静かでした。

突然、3人の男が現れます。実は彼らは桃子さんの心の声が人の形となって現れたのです。ワイワイガヤガヤと雑談したり、家の中で踊ったりと、何かと騒がしいのですが、実際には見えない人たちなので当然なのですがふっと消えたりします。そうしてまた、静かな空間で、いつもの生活に戻ります。

映画は、この3人との交流と、桃子さんが回想する若い時の自分の姿を交互に織り交ぜながら、老いた彼女に寄り添います。「老い」と「孤独」というテーマを沖田監督は、大胆で、そして軽妙洒脱に仕上げていきます。

前作「モリのいる場所」でも、老人画家、熊谷守一を描いた沖田監督は、とんでもなくユニークな手法で、私たちが否応もなく向き合う孤独と老いを見つめ、それでも一人で自由に生きてゆくんだという心意気を描きました。映画後半、森を散歩する桃子さんが、まるで森と会話するように、ゆっくりと歩みながら、ひとりで生きてゆく心持ちを高めているところは感動的です。

桃子さんを演じた田中裕子が絶品でした。

もう、一年ぐらい前になるのでしょうか。若い男性のお客様から「ヨレヨレ」ありますか?とのお問い合せがありました。なんだ「ヨレヨレ」って??

九州にある「宅老所よりあい」が出している雑誌であることが判明。早速取り寄せました。

宅老所が出しているだけあって、老人との日々のお付き合いが細々書かれていました。正直こんなん、売れんの?という私の杞憂に反して、どんどん売れていきます。それも、若い人からお年寄りまで関係なくにです。

老いるということを、こんな風に書けるのは、実際、日々老人とのドタバタに接しているからなのでしょうね。1号の表紙が宮崎駿、2号が忌野清志郎、3号がアホの坂田の衝撃的なイラストだったこともあり、手に取ったお客様が買われていきます。

その「ヨレヨレ」を作っている鹿子裕文さんが、単行本を出版されました。題して「へろへろ」(ナナロク社1620円)。

「ぶっとばせ貧老!未来はそんなに暗くない」

と帯に書かれたこの本は、お金もコネもない人達が、あーだ、こーだと試行錯誤しなから、居場所を手に入れて、お金を集めて特別養護老人ホームを立ち上げるまでを追っかけた痛快無比の記録です。介護や、老人問題をテーマにした本ではありません。無謀で、無計画でもやります!という新しいことを始める時のほとばしる無茶なエネルギーを描いた本と思ってください。

このホームは「僕たちは<老人ホームに入らないで済むための老人ホーム>を作る」という無茶苦茶な発想からスタートします。その発想を現実のものとして定着してゆく日々のドタバタは、これから新しいことを展開する人には、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

第一章「へろへろ発動編」に「よりあい」の基本姿勢が書かれています

「一人の困ったお年寄りから始る。一人の困ったお年寄りから始る」

制度があるからでもなく、施設を作りたいからでもなく、夢を実現したいからでもない。

「目の前になんとかしないとどうにもならない人がいるからやるのだ。その必要に迫られたからやるのだ。それは理念ではない。行動のあり方だ。頭で考えるより前にとにかく身体を動かす。要するに『つべこべ言わずにちゃちゃっとやる!』のだ」

いやぁ〜「ちゃちゃっとやる!」という明太子パワーには感服しますね。

ちなみに、著者の鹿子さんは、元々はロック雑誌「ロッキンオン」の編集者。老人問題や福祉とは無縁の人です。だからこそ、「ヨレヨレ」も「ヘロヘロ」も新鮮で面白いのかもしれません。

ついに「ヨレヨレ」の第四号も発売されました。今日もお客様から「ヨレヨレ4号ありますか?」ときかれたところです。スミマセン。もう少しお待ちください!近日入荷します!!