毎年、北海道からネイチャーガイドの安藤誠さんをお迎えして、北国の自然を語る会を開いています。今年は、コロナ感染拡大のためどうなることかと思いましたが、参加者を制限させていただいて、10月30日に開催いたしました。

コロナ流行のため、安藤さんの経営するペンション、ヒッコリーウィンドは三ヶ月間の休業を余儀なくされました。そんな中、彼は「本当にやりたいことは何なのか、何の為に仕事をしているのか」を問い続けたといいます。そして、原点に立ち戻って、大自然の美しさ、不思議さを知ってもらうことが、自分の務めだと再確認します。そこで、素敵な映像制作を手掛け、この会で披露していただきました。

プロ仕様の機材を駆使して制作された、北の国に生きる動物たちの姿は、奇跡のように美しいものでした。この先、北海道の自然をいっぱい詰め込んだ長編ドキュメンタリー映画を作って全国を巡回することも、安藤さんとヒッコリーウィンドのスタッフの力を思えば夢ではありません。

彼はさらにステップアップを目指します。なんと現在、狩猟免許と罠猟の許可を取る為に勉強しているということです。何故か?

人里に出没するクマに対して、猟友会の方々が動いておられますが、猟友会も高齢化していて、銃を扱える人が年々少なくなっています。銃を持つものに対してクマはそれ以上近づくことはありません。ですが、銃で追い払う代わりに罠を仕掛け、捕まったクマは片っぱしから処分されているのが現状です。どこのクマかわからないまま、安藤さん曰く、無実のクマが殺され続けているのです。その数、年間5000頭とか。

彼が免許を持つことで、自治体と協力しながら最小限の処分で、結果、クマを守るという方法を模索するという試みです。ネイチャーガイドとして、自然を熟知している彼にこそ、できることかもしれません。ここまでのクマへの深い愛情の、その根底には、この星は人間だけのものではないという信念があると思います。

90分ほどのトークでしたが、実り多き一夜でした。こんな時期にも拘らず、小さな書店の小さな集まりに来てくださったお客様と、安藤さん、ヒッコリーウィンドのスタッフの皆様にお礼申し上げます。

⭐️11月5日どう出版より安藤さんの自伝的エッセイ集「日常の奇跡」(税込1870円)が発売されます。もちろんレティシア書房は、この本を取り扱います!安藤さんを知っている方も、ネイチャーガイドって何?という方もぜひ手にとってみてください。予約も受付ております。

福音館が出している「月刊たくさんのふしぎ」2020年11月号の特集はシベリアの遊牧民ネネツです(古書500円)。

といっても、ご存知ない方も多いと思います。シベリアのツンドラ地帯でトナカイと共に暮らす遊牧民です。トナカイと暮らす遊牧民としては、北欧に暮らすサーミが最近は知られるようになりましたが、おそらくネネツを取り上げる、しかも子供向けの月刊誌に登場するなんて初めてのことでしょう。

担当したのは、写真家の長倉洋海です。トナカイの首をぐっと抱え込んだ少年の力強さを撮影した表紙の写真を見ていると、彼が世界の少年少女を撮った「ともだち」(偕成社/古書700円)を以前ブログでも紹介しましたが、あの世界を思い出します。

「ネネツの人口はヤマル半島を中心にして4万1千〜5千人ほど。『ネネツ』とは『人』を意味し、『ヤマル』とは『地の果て』を意味するという。ネネツの人々は何千年もトナカイを飼って生活してきた。」

長倉は、「地の果ての人」がいるヤマル・ネネツ自治区へと向かいます。列車の停車場には、長倉のホストファミリーがトナカイそりで待っていました。トナカイそりの写真なんて、滅多に見る機会はありません。一家族に必要なトナカイは最低でも250頭だそうです。ネネツの人たちは、トナカイを「生活を与える動物」を意味する「オレン」という名で呼びます。長倉は、厳しい自然の中の彼らの遊牧生活を丁寧に撮っていきます。

ネネツへの思いに溢れ、彼らの生き方を「カッコいい」と思った長倉の写真には深い愛情が満ちています。特に子供たちの、ちょっとした表情は本当に愛らしい。子供達の一番の楽しみである夏のブルーベリーやクラウドベリー摘みに出かける少女は、まるでおとぎ話から出てきたようです。ホストファミリーとの別れの日、この一家を撮った写真が最後に掲載されています。颯爽としていて、確かに、カッコイイ!

 

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写真家で、3人の子の母親でもある繁延あづさの”猪肉生活”のドキュメント「山と獣と肉と皮」(亜紀書房/古書1200円)は、面白い!とにかく面白いとしか言いようのないノンフィクションです。

「おじさんが槍を突き出そうとしたとき、胸がぎゅっと苦しくなる感じがあった。おそらく私は、必死に抵抗する猪を憐れんだのだ。突き刺される瞬間、私まで息苦しかった。それなのに、チラッと肉が見えただけで、”おいしそう”という喜びに近い感情が湧き上がった。なんだか、自分が矛盾しているような気がした。」

出産の撮影を中心にして、家族を撮影してきた著者が、東日本震災以後、東京から長崎へと一家で引越しました。そこで出会ったのが、猪猟のおじさんでした。一見すると派手な服装のヤクザ風のおじさんがご近所に住んでいて、挨拶に行ったら鹿肉をプレゼントされて、そこから彼女は猪猟に、なぜか引きつけられていきます。やがて猟の現場にも同行し、仕留める現場を目撃します。それまで命のあった猪の目を撮った生々しい写真があります。

「”殺したくない”という感情と”おいしい”という感情は、どうやっても一直線にはつながりそうもない。それでも、両方の感情は一続きの糸でつながっているはずだという確信もある。」

おじさんの猪はシンプルです。罠を仕掛け、かかった猪の眉間を鉄パイプで叩き、失神している間に、頸動脈をナイフで断つというやり方です。猟に同行したある日、最後の瞬間を迎える猪をファインダー越しに見ていた彼女は、こんな体験をします。

「そこに映し出されているのは、静かにこちらを見つめる猪の目だった。金縛りに遭ったように固まってしまった。猪が私を見て、私も猪を見ている。不思議な感覚だった。猪が目線をこちらに向けたままいなないた。ヒギュー!自分に対して発せられる咆哮に、目をそらすことができない。」

しかし、解体が進み、肉の具合を精査してゆくうちに、「絶対においしく食べてやる」という気持ちが湧き上がります。「かわいそう」と「おいしい」の境界線で揺れる彼女の心持ちが描かれていきます。

「食べ終えて一頭が完全な思い出になったとき、最後に残ったのは懐かしむ気持ちだ。あれほど”かなしい”と感じたことも、今はどこか愛おしい。猪を見つめて食べるまでがひと続きの体験であるように、気持ちの移り変わりもひと続き。死の悲しみと料理の喜びはたしかにつながっていて、さらに濃やかな感情が絡まり合ってもいて、味わい深い濃厚スープだった。」

と、自分の感情の移り変わりが綴られています。

「人間は、生き物を殺して食べている」という紛れもない事実を真っ向から受け止め、そうして明日も生きていく。私たちが生きることの根源を、猪猟を通して描いています。

「魅力的な人、土地、そして死んでいった獣たちが私に書かせてくれた本。感謝の気持ちでいっぱいです。」という最後の言葉が心に残ります。

梨木香歩のエッセイ「炉辺の風おと」(毎日新聞社/古書1300円)は、毎日新聞日曜版「日曜くらぶ」に2018年から連載されているエッセイを一冊にしたものです。楽しみにしていた映画評のそばにあったので、ついでに読んでいました。今回、一冊になって読み直して、彼女の文章の豊かな魅力を再認識しました。

梨木が八ヶ岳山麓に小さな山小屋を持ち、ここに通いながら見た八ヶ岳の自然、特に植物や訪れる野鳥のことがエッセイの中心になっています。読む時にはパソコンや図鑑を置いて、その都度チェックして読み進めていました。

「渡り鳥がきちんとその季節にやってきてくれて、ひさしぶりに声を聞いたり姿を見たりすると、何か、人間の小さな思惑を超えた大きな流れの存在が確実にあることが感じられる。」

鴨川まで犬の散歩に行くと、冬に渡ってくる鳥を見ることができます。その時、同じようなことを感じたことがあります。

豊かで様々な表情を見せる自然の姿に、驚き、喜び、共に生きていることを深く感謝する一方で、海岸にうちあげられたプラスチック製品の残骸の写真に心を痛ませる。これは、「この時代に生きる人間の多くが、皆、何らかの形で『加担してきた』ことの結果だ。」と断じ、「『長く使われることを考えて作られていない』ものが、大量に作られるようになった。」この時代、そしてこれからをどのようにして生きてゆくのかを彼女は静かに考え続けます。

「長く使われるもの」には「言葉」も含まれると思います。自分で獲得し、それを駆使してきた言葉にも、その人らしさが宿ります。他者に何かを伝えようとしたり、自分の内面に深く降りてゆくときの大切なツールです。廃刊に追い込まれた雑誌「新潮45」について、言葉そのものが乱れ、安易に軽々しく使われたと批判しています。そして、こう言います。

「一つの言葉と真摯に向き合う。そうでなければ伝えたいことは何も伝わらない。」

ブログを書いている私にも突き刺さります。

「生活の道具でも、言葉でも、そして住まいでも、長く使われるものには、愛情を注ぐための目に見えない受け皿が備わっているように思う。使い手は、日々の生活のなかでその受け皿を見つけ、また作り出してもいく。」

それが本来の暮らしというものかもしれません。八ヶ岳の自然は、いつも穏やかなわけではありません。冬は違う顔を見せます。でもそんな厳しい季節でも、「孤独であることは、一人を満たし、豊かであること。そしてその豊かさは、寂しさに裏付けされていなければ。それでこその豊穣、冬ごもりの醍醐味。」と考えます。彼女が見つけた自然の変わりゆく姿を読みながら、自分の生を見つめていくことになります。

あっ!やはりこの本を手に取っていたんだと嬉しくなったのは、写真家水越武の「日本アルプスのライチョウ」(新潮社)のこと。北海道在住の写真家の最新作で、鳥を撮った写真集ではベスト1の力作です。この本については、近々ご紹介いたします。

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星野道夫の一枚の写真から、一冊の絵本が生まれました。「あるヘラジカの物語」(原案/星野道夫 絵と文/鈴木まもる 発行:あすなろ書房1650円)です。

あるヘラジカの群れに、見知らぬオスが侵入してきます。当然、リーダーであるオスは追い出そうと戦いを挑みます。激しい争いで二頭は傷つき、とうとうお互いのツノが絡まったまま動けなくなってしまいました。そのまま動けないヘラジカに、オオカミの一団がやって来て襲い掛かります。さらにはヒグマも匂いを嗅ぎつけてやって来ます。熊やオオカミといった生態系のトップにいる動物たちが去ると、今度はキツネやコヨーテがやって来て、ヘラジカに食らいつきます。さらに鳥たちが肉をつつき、骨だけになったヘラジカ。マイナス50度の冬のアラスカで、カンジキウサギが、その骨を噛みます。ウサギにとっては、真冬の大事な栄養源です。

やがて春が訪れます。巨大な二頭のヘラジカの頭の骨のみが残っています。そこにアメリカタヒバリがやって来て、骨の影に巣を作り卵を産みました。

アラスカに暮らす星野が、河原で、二頭の大きなヘラジカの角が絡み合ったままの頭蓋骨を発見します。それを撮影した作品に出会った鈴木まもるが、絵本を作ろうと思い立ち、出来上がったのがこの絵本です。生態系の中で、脈々と続く生と死の連鎖を描かれています。

「偶然ある日、星野道夫君と出会いました。年が同じということもあるし、アラスカと日本の山ではスケールが違いますが、ふたりとも自然の中で暮らし、動物が好きだということもあり。すぐ仲良くなりました。」

とあとがきに書かれています。鈴木は伊豆の山の中で暮らしながら、鳥の巣の研究、収集、巣の展覧会を続けています。

二人の出会いはとても素敵なものだったみたいです。ヘラジカに食らいつくヒグマの様子を描いた絵など、星野が生きていたら、きっと喜んだことでしょう。絵本の最後のページは「アメリカタヒバリのすのなかでは、4わのひながげんきにそだっている。」という素敵なシーンで終わっています。

アラスカの風を感じる絵本です。

 

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昨日紹介した養蜂家のドキュメンタリー「ハニーランド」に引き続いて、蜂に関する本をご紹介。

芥川仁の写真集「羽音に聴く」(共和国/新刊2640円)です。藤原辰史が「芥川仁の写真はどれも、言葉になる寸前の空気の溜めと震えが映っている」と帯に書いています。ミツバチの羽音が聞こえるような写真を見ていると、藤原がいうことがわかる世界が広がっていきます。

「蜜蜂の言葉は『羽音』だ。小さな命の声に耳を澄ませてみよう」芥川仁の言葉です。

健気に働く蜂たちの姿。そして、その蜂たちを大事に育てる養蜂家の人たちの姿。ここまで養蜂家の仕事ぶりを収めた写真集って、多分なかったのではないでしょうか。

「蜜蜂は、自然界の変化に影響を受けやすい小さい命だ。花のない冬季を人間の世話なくして生き抜くことはできない。自然界の天敵スズメバチの来襲から守るもの養蜂家だ。」

という文章と共に、日本各地の養蜂家が登場します。「働き蜂が一生働いて、一万回飛んで、スプーン一杯の蜂蜜って言わすもんね。ちゃんとした蜜蜂の一生を終わらせてやりたいという思いはあっとですたい」とは、熊本の養蜂家、中村邦博さんの言葉です。

北海道歌志内市で養蜂をしている川端優子さんは、日本では珍しい女性養蜂家です。寒い北国でも越冬できる蜂を育てています。

「雪溶けの季節になったら、天気の良い日に(蜜蜂を)飛ばしてあげるんです。雪よけのワラやコンパネを取り除いて巣箱の蓋を開けると、元気で生きてて、みんな並んでこっちを見てて、なんとも言えないんですよ。あの顔、いやーっ、生きててくれたって」

彼女の笑顔と、そのときの蜜蜂の顔(もちろん向き合ったことはないですが)を思い浮かべました。養蜂家を通して、自然と共に生きる人たちの暮らしを捉えた素晴らしい写真集だと思います。

 

 

新刊書店員時代の最後の年だったと思います。入荷してきた絵本を何気なく手に取り読み出して、最後のページで、思わず泣いてしまいました。その現場を児童書担当の女性スタッフに見られてしまいました。「店長って絵本で泣くような人じゃないのに、何か家庭であったみたい」「会社でいじめられたのかも」とか、休憩室で噂になったらしいです。

その絵本が、越智典子(文)・沢田としき(絵)による「ピリカ、おかあさんへの旅」(福音館書店/古書1100円)。越智典子は、東京大学理学部生物学科を卒業後、絵本作家になりました。沢田としきは、1996年「アフリカの音」で日本絵本賞を受賞した絵本作家です。

主人公のピリカは、シャケです。大きくなって外海にいます。ある日「だれかのよぶ声がして、ピリカは目をさまし、空を見上げました」でも誰もいません。しかし、ピリカはお母さんの声を聞いた気がしました。

「ほかのさけたちも。空を見上げるようになりました。『誰かがぼくらをよんでいるよ』むれは、呼び声にこたえて泳ぎだしました」

シャケたちは、故郷の川を目指して泳ぎ始めたのです。広大な海を泳ぎきり、懐かしい匂いのする川へと戻ってきました。

「なつかしい匂いのする水は、あとからあとから流れてきます。それは、しょっぱくない、真水でした。ピリカは急に体が重たくなって、くるしくて、パシッと自らはねました。」

「お母さんが近くにいる!」河口付近で跳ね上がるピリカの姿。やがて、ピリカは自分の体に多くのタマゴを宿していることを知ります。産卵までの時間が瑞々しいタッチの絵で描かれていきます。産卵を終えたピリカは、静かに自分の生を終えました。体を横たえたピリカの横には、おかあさん、そのおかあさん、さらにその前のおかあさんもいるのです。『「おかえり……おかえり…….ピリカは光につつまれました」』

最後のページにはこう書かれています

「やがてピリカの体は、もう一つの旅に出るでしょう。キタキツネにたべられて、キタキツネになったなら、春には子ギツネをうむかもしれません。

オジロワシにつつかれて、オジロワシになったら、空を飛ぶかもしれません。

それでもいつかは、土になり、木になり、森になり、ゆたかな川の水になるでしょう。」

一匹のシャケの一生を描きながら、命の循環をわかりやすく描いた素敵な絵本です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、映画館が頑張って安全対策をとっていることがわかり、こちらも久々の京都シネマ。理想の農場をつくるために奮闘する夫婦のドキュメント「ビッグ・リトル・ファーム」を観てきました。

野生動物のカメラマン、映画製作者として活躍していたジョン・チェスター(本作の監督)と、妻で料理家のモリーは、殺処分寸前で保護した愛犬のトッドと都会で暮らしていました。が、トッドの鳴き声が原因でアパートを追い出されてしまいます。愛犬のため、そして、本当に体にいい食べ物を育てるため、郊外へと移り住むことを決心します。

しかし、購入した200エーカー(東京ドーム約17個分らしい)の土地は荒れ果てた農地でした。

彼らは、有機農法を基本とした自然と共生する農場作りのため、ノウハウを持っている人をインターネットで探し出し、アラン・ヨークを雇い入れ、彼を師匠と仰ぎ、土地の改良を開始します。映画は、彼らの農場作りの第一歩から撮影されています。植物も生えていなかった土地が、豚、牛、羊、鶏など多くの家畜たちとともに少しずつ良くなっていき、やがて野生の生き物たちも集まってきます。ここでは、植物も、農産物も、家畜も野生動物も、全てが手を取り合いながら、一つの生態系を形成してゆくことを目的とされています。見るも無残だった土地が、美しい風景へと変貌していきます。

しかし、自然はそう簡単な相手ではありません。害虫の発生、家畜を狙うコヨーテ等々、農場の存続を脅かす問題が次々に襲ってきます。ある日、ジョンは農場内に侵入したコヨーテを撃ち殺します。死んだコヨーテの表情を真正面から捉えたとき、ジョンはコヨーテは無用の存在だったのか、と自らに問いかけます。

そうではなかったのです。そのことを、後半映画は語っていきます。コヨーテも生態系の中で、生きる目的が存在したのです。野ネズミに散々、農作物や果物を食い荒らされて頭を抱えたこともありましたが、やがて農場にはフクロウや猛禽類が住み着くようになり、野ネズミを捕食してくれるのです。しかも、その野ネズミにさえ生きる目的を自然は用意していたのです。全ては、つながって回ってゆく、その大きな自然の流れを、美しい映像が見せてくれる90分です。

オリジナルタイトルは”The Biggest LittleFarm” ”The Biggest”は、最も大きな生態系を回している地球であり、”Little”は、その大きな生態系のほんの一部を再生した農場という意味だと、私は思いました。

フリーの森林ジャーナリスト、田中淳夫の著書「森は怪しいワンダーランド』(新泉社/古書1200円)は、著者が世界各地の森林で体験した不思議な出来事やとんでもないトラブルに巻き込まれた体験、そして、今、普通に流布している森林に関する常識の本当の姿が書き綴られています。

ソロモン諸島にあるシンボ島でのこと。深夜聞こえてくる祭りのような音に、ひょいとテントから顔出すと、誰もいない。「何もなかった。生ぬるい風は吹いているが、光も音も聞こえない。黒々とした森が広がっているだけだ。祭りどころか、人っ子一人歩いていない。太った月だけが深夜の村に陰翳をつけていた。」

精霊だった……?そんな体験からお話は始まります。森林で生きる民族と暮らす中で、そこに息づく伝説や神話を聴いたり、自らその渦中に入ったりして、こう考えます。

「彼らのような自然の中で暮らす民族は、伝説と現実の経験談の区別が判然としないことを、私はニューギニアだけでなく各地で経験している。だが近代教育が行われる過程で、そうした世界は科学的に否定されてゆくのだ」

また、ボルネオの奥地では、自分自身どう判断していいのかわからない現場に立ち尽くします。テレビをつけると「美川憲一と研ナオコの歌謡ショーが始まったのである。ボルネオ奥地で『かもめはかもめ〜』と聴く、この違和感。しかし、思わず聞きほれてしまう私がそこにいたのだった」

第2章「遭難から見えてくる森の正体」は、まさに映画「インディージョーンズ」の世界です。テントの上の木の葉を食べる多くの虫が、糞をして、それが「テントをたたいて雨の音に聞こえるなんて」虫嫌いの人なら卒倒しかねません。それでも著者は、秘宝を求めてジャングル奥地に踏み込むジョーンズ教授よろしく、森の奥地へと入っていきます。

笑ったのは、勝手知ったる生駒山でのこと。「斜面を登る途中で滑り落ちた。沢に足を突っ込んだ。一瞬、悲鳴が口を突いた足元は濡れて泥だらけになった。遭難…….という文字が脳裏に浮かんだ。」その時、携帯のメールに着信が入ります。「娘からだった『帰りにキャベツ買ってきて』」さらに「玉ねぎと牛乳も買ってきて」と…….。なんとか無事下山し、娘さんの買い物も部終了したとか。やれやれでしたね。

第3章では、常識として受け入れている森の現象の本質を見抜いていきます、例えば森林セラピー。「森林浴」「森林療法」「森林セラピー」という言葉の裏に潜む、トンデモ科学とごまかし。その姿を読者に示して、「森林散策が心地よいことは、誰もが感じる経験則だ。しかし、トンデモ科学の装いを施して、トンチンカンな期待だけが膨らまされているのが森林セラピーではないか。」と結論づけています。

森という大きな存在を、様々な角度から教えてくれる格好の一冊です。アウトドア派必読!

 

あかしのぶこさんは京都生まれ京都育ち。二十年以上前に北海道に渡り、現在は知床の斜里町在住で、福音館書店「こどものとも」「ちいさなかがくのとも」などの絵本を描いていらっしゃいます。レティシア書房では2回目の個展になりました。

新作「ふぶきがやんだら」を見せていただいた時、これは北海道の厳しい寒さを知っている人だからこそ出来上がった絵本だと思いました。吹雪の間、人も動物も動き回らずに風雪をしのぎます。あかしさんは絵本の折り込みで、「この吹雪をどうにかやり過ごそうとしている森の動物たちも、私も、吹雪の前では同じ一匹の生き物なのだ」と書かれています。京都に住む私には想像しても追いつかないような自然の厳しさを、あかしさんの絵から感じます。そして嵐が止むと、みんなほっとして大喜びで出てくるのですが、その幸せが、また絵本から溢れます。

「じーっとじっと」という絵本は、お母さんウサギが出かけている間、じっと待っているウサギのきょうだいのお話。その草むらの生き生きとした植物や動物や子供達の表情などが、優しく暖かなタッチで描かれています。

原画は他に「もりのみんなのやまぶどう」「ねむたいねむたいももんがたち」が並んでいます。どれもあかしさんの身近な世界が、素朴で、可愛く力強い絵で表現されています。絵本もいくつか販売していますので手にとってみてください。他にポストカード(100円)エコバッグ(550円)などもあります。初日は知床のパン屋さん「メーメーベーカリー」からパンとシュトーレンが届きました。

あかしさんは、絵本の原画展としては北海道の図書館などで行われていたようですが、京都で彼女の原画を見る機会はあまりないと思いますので、ぜひこの機会にご覧いただきたいと思います。レティシア書房の今年最後のギャラリー企画展になります。(女房)

あかしのぶこ「えほんのえ展」は、12月11日(水)〜28日(土)12:00〜20:00月曜定休日

レティシア書房は、28日が今年最後の営業日です。

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