戦場で傷つけた左目に、真っ黒のアイパッチを付け、ウォッカロックを飲みながら、タバコスパスパで戦場を渡り歩く女性ジャーナリストの生涯を描いた「プライベイト・ウォー」を観に行きました。

英国サンデー・タイムズ紙の特派員として、世界中の戦地に赴き、レバノン内戦や湾岸戦争、チェチェン紛争、東ティモール紛争などを取材してきた女性記者、メリー・コルヴィン。スリランカ内戦で左目を失明し、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみながらも、黒の眼帯をトレードマークに世界を駆け巡りますが、2012年、シリアで砲撃を受けて命を落としました。

地獄のような戦場を再現しながら、映画は、世界にその姿を知らせようとした彼女を、決して英雄として描いていません。私たちは、なぜ殺し合いをするのかという永遠の命題を突きつけてきます。そして、子供、女性、一般市民が虐殺される様を見つめていきます。決して後味のいい映画ではありませんが、たとえ、宗教上の問題や、国境の問題などがあるにせよ、私たちは戦争をしてはいけないのだと改めて認識させてくれる映画でした。監督は「ラッカは静かに虐殺されている」で、シリアの悲劇をドキュメンタリー映画として制作したマシュー・ハイネマン。今度はドラマで戦争の悲惨さを描き出しました。

もう一人、戦争をしてはいけないことを最後まで言い続けた映画人がいます。菅原文太です。坂本俊夫著「おてんとうさんに申し訳ない」(現代書館/古書1400円)という彼の自伝の最後「文太の思い」という章に詳しく書かれています。

彼は、俳優として忙しい日々を送っていた頃から、少しずつ社会との関わりを深めていきます。日本の食料自給率を考えると、これからは農業こそ最も重要な産業にしていかねばという意識が、彼を農業生産法人会社「おひさまファーム竜土自然農園」を2009年に山梨県に設立させ、有機無農薬農業へと向かわせます。2011年の東日本大震災以降は、反原発、脱原発を推進する活動を始め、ドナルド・キーン、瀬戸内寂聴、赤川次郎らと「自然エネルギー推進会議」の発起人になります。

そして、戦争中の悲惨な体験が風化されてゆく現状に対して、こう発言しています。

「いまの総理大臣こそが『戦争は、誰が、どんな理由で起こそうとも間違っている』と言わなければならない。『日本は二度と戦争をしない。手助けであろうが絶対にしてはいけない』と率先して示さなければいかんのに、いま逆の現象が起きている」

戦争経験者ならではの、昨今の危機感の表れです。彼は、行動で示すために沖縄辺野古へと向かい、基地反対闘争を支援し、沖縄知事選の応援役も買って出ます。沖縄出身ではないのに、ここまで行動する根底には「やっぱり日本人として恥ずかしい気持ちがあるんですよ。いいかげん、何らかの決着をつけなきゃいけないのに、何も変わらない」という思いがあったからです。

この本は、文太の俳優人生を丸ごと描いているのですが、最後は役者としてではなく、社会と真剣に関わった一市民として亡くなった彼の姿で終わります。彼の思いを、私たちみんながそれぞれの立場で、繋いでゆくべきだと思います。

 

 


昨年公開されたアメリカ版「ゴジラ」をDVDでやっと観ることができました。結論から言えば、それはちょっとなあ〜と思う部分もありましたが、日本版ゴジラ誕生と一緒の年(昭和29年)に生まれて、育った私としては、合格点の映画化です。

オリジナル版でゴジラ誕生は、度重なる水爆実験で、安住の地を追われた恐竜が放射能を浴びて出現したという設定でした。今回のゴジラもそれを踏まえて製作されています。ただし、水爆実験ではなく、東北の大地震で原発が破壊された後というシチュエーションです。しかも、この地で誕生した恐竜がゴジラではなかったことから、ストーリーは複雑になっていきます。だから、映画開始後一時間経っても、ゴジラは暴れるどころか、スクリーンに出てきません。チラ、チラと見え隠れする辺りの演出は、お見事でした。

この監督いいセンスしてるなぁ〜と思ったのは、強いアメリカ軍がゴジラに勝った!万歳なんて映画にしなかったことです。アメリカの大統領が先頭に立って、宇宙人を殺しまくる吐き気のしそうな「インディペンデンス・デイ」みたいな映画ではありませんでした。

それどころか。ゴジラをかなり「男前」に演出しています。切れ味のいい仕草で、おぞましい怪獣と対決します。ぐぁ〜と怪獣の口を開いて、破壊的な光線をぶち込むところなんか、待ってました!です。そして、闘い終わって去り行く瞬間、一緒に見ていた女房が、「これ緋牡丹博徒やん!」と漏らしましたが、その通りです。

そうか、ゴジラは健さんだったんですね。あの、光線を放つ瞬間は、健さんの「死んでもらうぜ」の台詞だったんです。「義理と人情を秤にかけりゃ、義理が重たい男の世界」で始まる「緋牡丹博徒」のテーマ曲がドンピシャのラストです。

ところで、先日新刊書店をのぞいた時、 えっ!と驚いたのは雑誌「現代思想」臨時増刊号が、一冊丸ごと「菅原文太」なのです。「現代思想」がなぁ〜。

寺山修司監督の「ボクサー」撮影時の写真なんかもあって、もちろん即購入しました。東京堂書店元店長の佐野衛さんが、文太が、足しげく店に通っていたとおっしゃっていました。読書家だったんですね、彼は。

佐野さんの「書店の棚、本の気配」(亜紀書房1000円)にもチラっとそんな話が登場します。

 

私には、何人かの恩師がいます。と言っても、勝手に私がそう思っているだけで、ご本人とは何の交流もありません。その恩師の宮澤賢治、星野道夫からは、人は他者の命を喰らうことでしか生きていけない存在であることを教えてもらいました。

そして、先日死去が報じられた俳優、菅原文太からは「騙されるな!」という事を教えてもらいました。若き日、「仁義なき闘い」を頂点とする実録映画をそれこそ浴びる程観てきました。如何なる体制にも組せずに、己の力で荒野を突き進む男は、高度経済成長からバブルへと向かうこの国に蔓延していた「明るい未来」「豊かな国」という与えられたイメージを、そんなもん嘘っぱちだ!とスクリーンの向うから叫んでいるように聞こえてきました。その声は、もう数十年の間、私の頭の中で響き続けています。マスコミの作り出す虚像あるいは幻想には騙されまい、美談にも、醜悪なゴシップにも加担しない。その事を教えてくれたのは彼でした。

代表作のように言われる「仁義なき闘い」ですが、あれは人間の卑しさと惨めさを笑い飛ばす集団劇で、彼は狂言回しでしかありません。役者の魅力なら天皇制批判にまで踏み込んだ「県警対組織暴力」や、実在した鉄砲玉を描いた「山口組外伝 九州進行作戦」の方が魅力的です。でもベスト1となれば、盟友、千葉真一監督作品「リメインズ美しき勇者たち」で演じたマタギの頭領でしょう。吹雪の中、熊を待ち続ける初老の狩人の顔に刻み込まれた皺が魅力的でした。

しかし、後年の反原発、集団的自衛権への反対、そして安全な農業への拘りに見られるような理不尽な要求を押し付ける国家への反発という、彼の本質的な資質を如実に見せてくれたのはNHK大河ドラマ「獅子の時代」で演じた幕末の会津藩の武士(山田太一脚本)でした。

大河ドラマなんて全く興味なかった私に、大河ファンだった女房からDVDの購入を勧められて、一年分のドラマを見ました。これぞ、菅原文太の人間像が見事に描かれた作品です。富国強兵に突き進む明治新政に徹底的に反対していく姿は、俳優引退後の活発な現政権への異議申し立てへとつながっていきます。

今、店頭には、彼の本としては鳥越俊太郎(ジャーナリスト)、大田昌秀(元沖縄県知事)、相場英雄(作家)、中村哲(医師)等々、第一線で活躍する人達と、これからのあるべき日本と日本人について語った「ほとんど人力」(小学館1000円)があります。この本でも、やはり「国に騙されるな!」という叫びは健在です。

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「必要な本を出版するのが出版社なのでなく、出版産業を維持する必要が本を出版しているというのが現状ではないか」

アインシュタインの「相対性理論」がベストセラー狙いで出版されたのではなく、人の社会、文化が必要に迫られたからこそ本になったのであって、売って儲けようなどということではなかった。

これは、元東京堂書店店長の佐野衛さんの「書店の棚、本の気配」(亜紀書房1000円)の一節です。この神田の老舗書店には、二度程行ったことがあり、佐野さんがお仕事をされている様子も見たことがあります。地味な本、売らなければならない本を紹介しながら、経営ベースにのせていくことにご苦労されていたと思います。

「書店の棚、本の気配」は、彼の書店員時代を振り返った一冊で、数十年、ひたすら、真摯に本を売り続けた著者の思いが語られています。だからでしょうか、「2009年から2010年の日録」には多くの作家、著名人が登場します。その中にこんなのがありました。

12月22日 荒川洋治さん来店 12月28日 辻原登さん来店 1月25日 立花隆さん来店 3月1日 車谷長吉さん来店 、7月20日 石田千さん来店、そして、7月29日 菅原文太ご夫妻来店。(この日録には、文太さんから何度も専門書に関する問い合わせ、注文があったことが載っています。)

また、辻邦生とは30年にも及ぶつき合いをされていて、こう書かれています。

「『パリの手記』のような、思索を記録することによってできあがるエッセイが好きだ。」

ドラマチックな展開があるわけではありませんが、本に「奉職」した一人の書店員の、仕事への愚直なまでの真面目さが溢れています。以前、ご紹介した島田潤一郎「あしたから出版社」に続いて、本の業界の尊敬すべき人の一冊です。

蛇足ながら、装丁は矢萩多聞。この方の「偶然の装丁家」(晶文社1100円)も前に紹介しましたね。

 

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