1986年夏に発行された「別冊太陽モダン東京百景」(平凡社/古書1000円)は、なかなか内容の濃い一冊です。特に、「描かれた東京」という特集は作品のセレクションが、際立って上手い!と拍手したくなりました。小林清親の錦絵に始まり、松本竣介の孤独感漂う都市の風景まで、20人の画家の作品から、作家たちがどういう視線で移りゆく東京の姿を見つめていたのかが浮き上がってくる企画です。

江戸風俗を残す文明開化の東京を描いた小林清親の版画作品には、まだ江戸情緒が残っていますが、遠くに蒸気汽船が隅田川に浮かぶ情景を描いた井上安治の作品には、近代化に向かうこの都市の姿があります。そして、大正5年に発表された織田一磨の「東京百景」では、市電が走り、少しづつビルが建ち始めた上野の町が俯瞰で描かれています。

そして関東大震災。震災を描いた作品は少ないのですが、被災した人を全く描いていない、廃墟と化した風景を描いた速水雄御舟の作品は、逆に震災の恐ろしさを浮き彫りにしています。この震災から復興した東京は、大きく変化していきます。その後、都市に住む者の生の視線で変貌してゆく町の姿を捉えた画家が、長谷川利行であり、松本竣介です。画風は全く異なっていますが、都市生活者の視線は一緒でした。

「二人を並べてみると、街にこだわって町をさまよい、街そのものをアトリエにして制作した点で、似た者同士の画家だったということはできる。東京がなければ、存在しない画家だったかもしれない。この二人のきわだった共通点は、街中に出て、かえってそこで、行きどころをもたない孤立した淋しさを感受する傾向が強かったということだろう。」と原田光は論じています。

もう一つ共通点といえば、長谷川は新宿の喫茶店「ノア・ノア」を拠点に、松本は谷中の「りりおむ」という喫茶店を拠点に活動していた時期があります。様々なカフェが、新しいムーブメントを起こしている昨今の状況の原点がここらあたりにあったのかもしれません。

この雑誌のもう一つの目玉は、藤巻義夫の「隅田川絵巻」です。1935年、完成した全4巻にもなる「隅田川絵巻」を姉に預けた後、消息を絶ち、生死不明のまま今日に至っています。隅田川を上流から、中流、下流へと、不思議な構成で描いた絵巻は、彼の行方不明と同時に、埋もれていましたが、1977年奇跡的に発見されました。特集ではその絵巻を誌上に再現し、洲之内徹が文章を寄せています。これは貴重な企画です。

ちなみに「別冊太陽」最新号にレティシア書房の写真が載っています。どこかで立ち読みしてみてください。(笑)