「爪と目」で第149回芥川賞を受賞した、京都生まれの藤野可織の短篇集を幾つか読みました。

「狼が訪ねてきたのは五歳のときで、両親とともに郊外のマンションに引っ越した日のことだ。」で始まる「狼」(古書・「ファイナルガール」角川文庫/300円に収録)は、「赤ずきん」や「三匹の子豚」がベースにある物語です。

マンションに引っ越して来た自分を、狼が食べに来ると思いこんでいる少年の前に、狼がやってきます。ロックされたドア越しに対峙する二人。危機一髪の時、外出から帰ってきた両親が、持っていた瓶やら、何やらで狼を殴り殺します。そして45リットルのゴミ袋にその死骸を入れて共同のゴミ捨て場に持っていきます。そこに狼がいたこと、殺した事などなかったように日常が戻ります。やがて、成人した少年は、恋人と新居に移ります。そこに、再び狼がやってきます。襲われる寸前、彼女は手の持っていたラックのポールで、狼の顎を割り、のけぞったところを、めった打ちにして殺します。そして、やはりゴミ袋に入れて、ゴミ収集ボックスに捨ててくるというお話です。

ゴミ袋に狼を入れてしまうという描写が、極めてリアルです。それに比べて、何の疑いもなく狼を殺してしまう両親や、彼女の存在はかなり非現実的です。

現実と非現実の絶妙のバランスで進行してゆくという点では、藤野の「おはなしして子ちゃん」(古書・講談社/650円)も見逃せません。主人公は小学校に通う女の子です。学校の理科準備室には、ホルマリン漬けの瓶が一杯ありました。その中に猿がいました。

「猿は膝を揺ゆるく曲げ、背を瓶の側面につけ、中腰のような、空気椅子に坐っているような恰好でじっとしていました。」

その猿と女の子の、不思議な物語が展開していきます。瓶の中でひとりぼっちの猿は、さみしくて、さみしくて仕方ありません。だから、女の子に、いろんなお話をしてと求めてきます。彼女が持っているお話すべてを語り終えても、もっと、もっと、と求めてきます。そして、遂に瓶から飛び出し、空腹のあまり、彼女を食べようと襲いかかります。しかし猿は、「ぴょんと跳ぶたびにぺちゃ、と音が響くのです。それは、皮膚組織が子猿から剥がれ落ちる音でした。つまり、体のほうぼうでずる剥けになった皮膚が、ホルムアルデヒト水溶液の水たまりに落下する音でした」という状態です。やがて、死に絶えた猿を少女は長時間抱きしめて、物語は終わりへと向います。

舞台となる小学校の雰囲気や、現実感のある生徒の感情の間に、ホルマリン漬けの猿が動き出すという、非現実が挟み込まれています。可愛らしさ、グロテスク、ファンタジーがごちゃ混ぜになりながら進行する文体や世界観は、生理的に付き合いきれない人もいるかもしれませんが、べったりと付きまとう不気味さを描いていて面白いです。私はこの作家の小説を初めて読みましたが、かなり好みです。

★連休のお知らせ 7月2日(月)、3日(火)

★夏の一箱古本市8月8日(水)〜19日(日)まで店内にて開催