西川美和監督の最新作「すばらしき世界」は、完璧な出来がりの人間ドラマでした。主演は役所広司。

闇社会で生き、挙句に殺人事件を引き起こし、刑務所に収監された三上が、刑期満了で出所するところから始まります。旭川刑務所から、身元引受人の弁護士の住む東京へやってきます。ある意味まっすぐなこの男が、どのようにして社会復帰してゆくのかを、私たち観客は固唾を飲んで見守ることになります。

直情的で、すぐに暴力をふるってしまう三上は、一方で他人の苦しみや不幸を見過ごせない正義感があります。目の前の揉め事に対して周りの人たちのように受け流すことができません。別れた妻が言うように、今の世の中では生きにくい人なのです。まして元暴力団、殺人者という経歴は、真っ当な暮らしを確保することが難しい。持病があって生活保護を受けるにも、すんなりと行かないのが現状です。

身元引受人夫婦のおかげで、やっと小さなアパートに住むことができ、職探しをするのですが、なかなか見つかりません。役所広司が、一度は社会から拒否された男の孤独や不安、もがきながら復帰しようとする刑務所から出てきたばかりの男を、それはもう巧みに演じ、三上がそこに生きているとしか見えません。役所広司は、西川監督たっての希望と聞きましたが、おそらく緻密に書き込まれた西川の脚本を、それ以上に具体化していたのではないか、と。役所広司が、積み上げてきたキャリアを、今、この年齢でしかできないという名演だと思います。泣けます。

映画は後半、なんとか希望の見えてきた三上を映し出すのですが、周囲の力と善意でなんとかなりました、とか、努力したけれどまた暴力の世界に戻って行きました、なんていう物語にこの監督がするはずがありません。

作家の角田光代は「正しいもまちがいもない。このようにしか生きられないひとりの人の姿が在る。その静かな重みに圧倒される」とコメントを寄せています。

ところでエンドクレジットの「協力」に、なんとミシマ社さんの名前がトップに出てきます。早速ミシマ社さんに聞いてみたところ、「みんなのミシマガジン」(2021年2月10日)に監督とのインタビューが載っていました。「佐木隆三の長編小説『身分帳』を原案とした本作、4年ほど前に企画が立ち上がった当初、ひょんなご縁からミシマ社も取材などに協力させていただきました。」とのことでした。