「かんしゃになろうよ。こころで」(発行ホホホ座1620円)は、1990年、大阪に生まれたダウン症の、佐藤春菜ちゃんの作品集です。

彼女は、生後2週間目にダウン症であることをつげられますが、小学校4年生の時から父親と交換日誌を始め、同じフレーズを毎日のように書きだします。77年、知的障害のある人達の「アトリエひこ」に参加します。2003年、かんでんコラボ・アート21審査特別賞受賞を皮切りに、詩集を発表しています。

ケント紙にマーカーで、ズラリと歌のタイトルを160個並べた作品を見ていると、この単語を描いている時の、彼女の想像力がどこまで飛翔しているのか、聞いてみたくなります。彼女の底知れない豊かさを垣間みた気がします。

「ドンドンドンドンドララララドララララみんなでもりあがっていくぞー。ドシャドシャドシャドンバドンバドンバとらペットとらペットらららとららら。」という踊るような文字を見ていると、身体がリズムを刻み踊りそうになってきます。思いのまま書いていく文字は、意味を超えて絵として面白い。右の写真は、「お買得品」と書いたセールの札に単語を書き並べ、貼ってあるユニークな作品。

東北の震災の後、「地震のひとへ」というタイトルで数多くの詩を綴って、なお現在進行形です。

「やまになろうよ。やまびこさん、おげんきですか。かわったかたちの石になろうよ。まんぞくになろうよ。みんなで、にんげんになろうよ。なつやすみをかんじでいこうよ。にんげんになって、げんきにいこう。からだに、しあわせをつくろう。」

彼女は今も「じしんのひと」のことを気にしています。コンピュータが変換して出て来た文字ではなく、個性いっぱいの彼女の文字で楽しんでもらいたいと思います。

裏表紙には、正方形の小さい紙に「OK」と書かれたものが散らばっています。自分は大丈夫とでも言い聞かせているようでもあり、こちらも元気づけてくれる作品です。

このステキで力強い本を発行したのは、ご存知ホホホ座さんです。山下店長がわざわざ配達してくれました。これからも、いろんな本を出されるはず。がんばって売りますよ、店長。

先月、素敵なライブをしていただいた世田谷ピンポンズさんが、詩画集「印象」(1080円)を出版されました。(詩/世田谷ピンポンズ・画/輪佳)

「街を見下ろす小高い丘で 星を撒いたみたいに光る街が見える 私 あれを見ているとなんだか泪がでるの 営みというのかしら なぜだか泪がでるの 足下には紅い花 ひとつ咲いている」

で、始まる「紅い花」はアルバム「紅い花」のタイトル曲ですが、改めて詩として読んでみると、遥か彼方に広がるその情景が、見えてきそうで、どこから街を見下ろしているのかな、と想像してしまいます。

身の回りのささいな出来事に、やさしい視線を投げかけた作品が殆どなのですが、大げさにもならず、沈み込みもぜずに、ふっと語りかけるような雰囲気が素敵です。「淋しさなんて歩いているうちにつむじ風になるでしょう」なんて詠われると、そうだねと答えたくなります。この詩の最後を飾る言葉はこうです

「美しく生きていきたいな」

同感です。

同じく、シンガーソングライターの友部正人さんが、今年出版された詩集「バス停に立ち宇宙船を待つ」(ナナロク社1620円新刊)も入荷しました。私は、ミニプレス「雲遊天下」に連載しているエッセイ「ぼくの歌の旅、君の歌の旅」は愛読していましたが、詩集は久しぶりです。

「八時十五分」という作品があります。これは、1945年8月6日広島に原爆が落とされた時間。追悼の時刻に台所でハンバーグを作る人を描いています。

「こうしてひき肉をこねている間にも 何十万もが焼け死んだのです。 わたしは肉を焼きながら、その人たちのために祈ります。 戦争がアメリカにあれだけの 大量殺人を許可したとしても 何十万人という犠牲者を 忘れるわけにはいきません だからわたしは歌います。 台所で肉を焼きながら。この時間を一人で過ごします。大勢の死んだ人たちと一緒にいるために」この時代に生きて、前をみつめる人達の姿が浮かび上がってきます。

また、「季節の星」という詩は、沖縄の今を表現していて、こんな詩句で終わります。

「さあ、踊れ、ジュゴンの子供たち 政治家の言葉に耳を貸すな 波打ち際に 未来の星が流れ着く」

暗い状況であることを思いつつ、彼の伸びやかな言葉がはるか彼方の希望へと向かっていきます。

「人生は大きな川に囲まれている 走れ、走れ、大きな川を越えて あの街に住む人に会いに行け」(「見えないゴール」より)

いい詩集です。

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これは萩原朔太郎が、久しぶりに故郷群馬に戻った折、かつての故郷の情景が廃滅しているのに愕然とした時の詩の一部です。正確には

「物みなは歳月と共に滅び行く。 ひとり来てさまよへば 流れも速き広瀬川。 何にせかれて止むべき 憂ひのみ永く残りて わが情熱の日も暮れ行けり。」

形あるものは、すべて滅ぶ。これは常々忘れてはならない言葉だと思っています。

今回ご紹介する「エレナ」は、朔太郎1925年発表の「純情小曲集」からの詩句、及びその他の詩集から抜粋された詩をもとに、画家の司修が自分の作品を選んで、一冊の本にまとめたものです。(小沢書店1300円)。この本の最後に収録されているのが、39年発表の詩集「宿命」の中の「物みなは歳月と共に滅び行く」です。

詩と版画のコラボとしてユニークなところは、詩のフレーズに即して作品が載っていることです。

例えば、「昭和四年の冬、妻と離別し二児を抱えて故郷に帰る」と注釈の付いた「帰郷」は「わが故郷に帰れる日」に始まり、「人の憤怒を烈しくせり」に至る全21行に、司修の版画が21枚添えられています。右ページに詩の一行、左ページに作品と、まるで短歌、俳句に作品を付けた装丁です。この詩は、最初に全部を一気に読めるように全文掲載されているので、先ずこれを読んで、詩の世界を味わい、今度は一行一行、そこにある作品を見つめるという構成です。なんか美術館を巡っているような気分ですね。

「わが故郷に帰れる日」の詩句のページにある、暗く沈んだ地平線にのぼる月(惑星?)、「汽笛は闇に吠え叫び」で出会う、荒涼とした風景、「母なき子供等は眠り泣き」で、こちらを見つめるクリスタルな人影の冷たい視線など、読み手も寂寞な感情に打ち拉がれてしまいそうな気分へと導いてくれます。

「ある水族館で、ひさしい間、飢えた蛸が飼われていた。地下の薄暗い岩の影で、青ざめた瑠璃天井の光線が、いつも悲しげに漂っていた」

で始まる「死なない蛸」は、人が生まれた時から持っている、誰も助けてくれない孤独を表現した散文詩ですが、お金も余裕もある時ほど、人生順風な時ほど、ゆっくりと読んで、人はこんな孤独の中で死んでいくんだよとさめざめとした気持ちになりたいものです。そうすれば、案外、人って多くの物を望まなくなるかもしれませんね。

いつかは「物みなは歳月と共に滅び行く。」ですから。

 

 

 

★10月23日(金)19時30分

北海道釧路ヒッコリーウインドオーナー&ネイチャーガイドの安藤誠さんのネイチャートーク&スライドショー「安藤塾」 決定。要予約

 

 

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先ずは、この詩をお読みください

「どうして人の体からは/きたないものばかりが出てくるんだろう/うんこやおしっこ/汗やフケや洟や垢や膿やおならや言葉/出しても出しても/またわいてくる/どこに/こんなにつまっているんだろう/

まるで汚物のかたまりみたいだな

すべてを吐き出し終えて/ひとは自分の命を終える/ぼくもまた/いつかどこかで糞を出しつくして死ぬだろう

空に/風船があがってゆく

春の土手に座って/こどもといっしょにそれを見ながら/思う/死ぬ時は/ちょうどあんな具合に帰っていくかもしれないな/初めてこの世に出てきた日のように/ぼくらを/元通りの空っぽにして」

これは、夏葉社から復刊された高階杞一の詩集「早く家に帰りたい」(1890円)です。4歳の誕生日を迎える直前に難病で世を去った息子さんへ、様々な思いを詩というスタイルで綴ったものです。1995年偕成社より刊行され大きな反響を呼びました。そして、今回、いつも素敵な本を出版する夏葉社からめでたく復刊されました。

夏葉社は島田さんという方がお一人でされている出版社です。謙虚で実直、笑顔の素敵な彼の出す本はすべて在庫しています。いつも店に置いておきたい本ばかりです。手触りのいい装丁も魅力です。夏葉社の本をきちんと陳列している店に出会うとその店が好きになるのは、きっと彼の本が醸し出す優しさと暖かさでほわ〜んとなるからでしょうね。

 

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