詩人の高田敏子の本を初めて読みました。1914年東京生まれの彼女は、1846年満州から引揚げて詩作を開始。60年代には朝日新聞に詩を連載していました。初期はモダニズム風の作風でしたが、その後、何気ない日常生活に垣間見える心の機微を、優しく見つめたものへと変化していきます。

私が手にしたのは、76年に発表された「むらさきの花」(花神社/古書1400円)です。

「日々は平穏である 長女は四部屋の社宅に住み 二児を育てながら 料理とケーキ作りに熱中している 次女は二部屋のマンションに移り 靴のデザインを仕事として 土曜か日曜日にもどって来る  テレビの前でコーヒーを飲みながら きっということば  この家 寒いわ もっと暖房を強くしたら」

というのが本のタイトルにもなっている「むらさきの花」の出だしです。え?これ詩なの?と思ってしまいそうですが、ささやかなシアワセに満たされている心の有り様が映し出されています。

「この平穏な日々 何をほかに思うことがあろう 毎夜私は 縁先につながれて眠る犬の いびきを聞きながらねむる」

難しい表現や、意味の理解できない単語などありません。でも、こんな言葉が伝えてくれる穏やかさを、私たちも体験することがあります。

山小屋暮らしをする主人のもとへ、娘とその子供たちが来て、去っていった時を描いた『夏の終わりを』という詩では「楡の木から聞こえる ひぐらしの声 ひとり夕食は 茄子のしぎ焼きと 茗荷の味噌汁で終った」(中略)そして

「日常のなかで 訪れあう度にくり返す 別れのときのその度に 娘の目には いたわりとさびしさが増して 私の朝が少しずつ淡くなってゆくことが思われる そんな私の中に まだ黒い瞳を見張っている私がいて 眠れぬ夜を待ちつづけている」

老境の中に忍び込む寂寞たる想いを、どこまでも優しく描き出しています。

疲れた時は、複雑に重なり合うイメージを解きほぐすような、すっと胸の中に入り込んで来るこんな詩を読むと、詩人の言葉に心が満たされていくような気がします。

「母の愛は 母が逝ってもなお 寒い夜の私をあたために来る 白髪の 老いた母の 細い手」(『母の手』より)

静まり返った寒い夜、貴方を温める存在に気づかせてくれる言葉です。

「すべて自然のまま 海底に 心静かに 忠実に 生を呼吸しているだろう」

という海亀の描写が美しい『私の夜』で、この詩集は終ります。最後の行は「私も 星明かりの海の 深みへと降りてゆく 私の夜」深い眠りへと誘ってくれそうです…。

 

★連休のお知らせ 9月10日(月)11日(火)連休いたします。

9月12日(水)〜23日(日)ARK(アニマルレフュージ関西)写真展「Special Friennds」

  保護シェルターで暮らす犬猫の日常を写した作品展です。

 

 

 

1959年1月から、その年の年末まで、須賀敦子が詩を書いていたそうです。もしかしたら、それ以外にも詩作に没頭していた時期があったのかもわかりませんが、今回、59年に書かれたものが発見されました。それをまとめたのが「須賀敦子詩集 主よ一羽の鳩のために」(河出書房/古書1550円)です。

今まで発表されなかったのは何故か。解説で池澤夏樹が「創作者はみな己の内に批評家を抱えている。時にはその批評家がとても厳格で、これは発表に価しないと言うこともあり、これ以上は書き続けるに及ばないとさえ言うことがある。」だから、これまで発表されなかったのかもしれません。

気取りのないスタイルで綴られた作品は、すっと心に入ってきます。

「あさが 私を たたきおこした 目をこする私を しかりつけて つよく 私に ほほずりした。湧き水に 手足を洗ひ すこし ぬれた わらぞうりを ひたひたとはき さあ したくはできた 六月の 草のあさの中へ 出かけよう。」

59年6月に書かれた「あさが」という詩は、爽やかな朝の匂いに満ちています。ところで、詩集のタイトルに「主よ」という言葉が入っています。須賀はカソリックに入信しています。この作品集の背後にはキリスト教があり、はっきりと主に向かって語りかけているものもあります。

池澤は、やはり解説で「信仰ある人々は常に内心で主に話しかけているのではないかと想像している。祈ることは勝手な欲望を訴えることではなく、まずもって語りかけること、答えを期待しないままに思いをつたえること、それによって結果的に自分を律することではないだろうか。」と書いています。須賀の詩にあるストイックな部分は、信仰の力によるものなのです。イタリア語で「クリスマス・イヴ」を意味する「Vigilia di Nastale」という作品では「主よ もう何日も あなたの大きな手を肩にかんじながらも わたくしは ことばのないままに ただ町をあるきまわったのです。」と主へ語りかけています。

私の様な信仰心のない者でも、須賀の言葉は深く心に染み込んできました。

須賀の詩集と一緒に、彼女の代表作「ミラノ霧の風景」、「コルシア書店の仲間たち」、「ヴェネツィアの宿」、「トリエステの坂道」から、異国で出会った彼女の大切な友人のこと、イタリアで知り合い結婚した夫ペッピーノと家族のこと、そして須賀の父と母への思い出を描いた作品を中心に17作を選んだ「須賀敦子エッセンス1 仲間たち、そして家族」(河出書房/古書1600円)も入荷しました。須賀敦子の本を読むのに、何から手をつけようかとお考えの方は、こちらのアンソロジーはいかがですか。

 

誠に勝手ながら、7月16日(月)17日(火)連休いたします。

 

文月悠光という詩人をご存知ですか。高校3年の時に出した第1詩集「適切な世界の適切ならざる私」で、中原中也賞を18受賞した若き詩人です。彼女が書いた初のエッセイが「洗礼ダイアリー」(ポプラ社/古書1200円)です。

「2014年の春、大学を卒業したものの、就職はせず、詩人という名の無職になった。」

しかし、生活はしていかねばならない。生まれて初めてのアルバイト。上手くいかないことだらけで、周囲との違和感に悩みます。

「筆一本で食べていくのは無謀だと誰もがいう。書くことなんて労働じゃない、と言う人もいる。でも、何が現実的な選択なのか、それは私自身にしかわからないのでは?」

アルバイトを辞め、自らの道を歩き出します。詩人としてライブイベントに参加した時、初対面の男性から、「あなたの朗読にはエロスが感じられないね。セックスしてる?」と、言われ、呆気にとられます。セクハラ発言を軽くあしらうことができず、あたふたしつつも、世のセクハラに真っ向から立ち向かい、臆病な女子を演じることなく、こう言いきります。

「堂々と言おう。恋人がいなくても、セックスしなくても、詩は書ける。どんなときでも、飛びきり良い詩を提供できる。今の私には、それが一番まっとうな現実なのだ」

生きづらいこの世界で、抗いながらも、自分のあるべき姿を見つけていきます。

本の最後に、祖母との別れが語られます。彼女が小さい時、急に同居することになった祖母が、老いて、痴呆が進行し、家の中が崩れてゆくのを間近で見ます。そして天国へと旅立ったあと、彼女はこう思います。

「肉親と間近に向き合えば、必ず『ゆるせない』という憎しみの念と、『大事にしなければ』という相反する思いのあいだで引き裂かれる。私は自分の詩の中で、祖母との再会を夢見た。『悪い孫』だった自分、祖母が背負った『老い』の問題、空気のような家族のこと……..。人が生きて死ぬということは、こんなにも大変で途方もないことか。」

詩作で、そんな思いが解放されるわけではないけれど、祖母との重く、深い記憶をたぐりよせながら、

「人は一人で生きられない。一人で生きさせてもらえない。周りの手を煩わせ、周りに絶えず煩わされる。そのことを苦痛にも歓びにも感じながら、人々は悠々と生きるのだ」と、書いて本は終ります。

等身大で現実を見つめ、生きることを詩に託した若い女性のドキュメントです。

人気作家の江國香織が、古書店のブログで紹介されることは皆無ですが、本の紹介エッセイが好きです。彼女に興味を持ったのは、「絵本を抱えて部屋のすみへ」(白泉社/ハードカバー/絶版450円)でした。ガブリエル・バンサン、M・センダック等の海外の絵本作家を紹介しているのですが、その中で田中弘子(文)、田中靖夫(絵)の「ファミリー・レポート」が取り上げられています。これ、かつてよく出入りしていたジャズ喫茶の窓辺に立てかけてあった絵本です。犬小屋を持たない犬とニューヨーカーたちの十数編の物語です。NYという都会のイキな空間を捉えた絵本でした。

もう一点、最近入荷したのが「活発な暗闇」(いそっぷ社1050円)です。これは、彼女が選んだ詩を集めてあるのですが、カーヴァー、ブローディガン、サバ、ロルカ等の海外の詩人がかなり収録されています。

「ホテルの窓から外を見ると ニューヨークは雪だ、夥しい数の巨大な雪片、まるで 無数の透明な洗濯機がこの都会の 汚れた大気を撹拌して、洗濯しているようだ。」

ブローディガンの詩ですが、マイルス・ディビスのクールなジャズサウンドが、聴こえてきそうなぐらいかっこいいなぁ〜と、個人的には好きな詩です。

江國自身このアンソロジーを「かなり無秩序な、無論ひどく偏った、でもどう見ても力強いアンソロジーです。」と書いています。「力強いアンソロジー」という表現は、的を得た言い方です。林芙美子、室生犀星、金子光晴、中原中也の間に、「クマのプーさん」のA.Aミルン、幻想的歴史小説「シルトの岸辺」で日本でも人気の高いジュリアン・グラックが顔を出す、というアナーキーな編集は作品が持っている強靭な精神を伝えてきます。

さらに彼女はイギリスの詩人、アルフレッド・テニスンの「来るんじゃない 私が死んだならば」を自ら翻訳して収録しています。この詩は「来るんじゃない 私が死んだならば お前のおろかな涙など 私の墓にこぼしてくれるな」という直球ど真ん中の力強いものです。

中でも私が一番好きなのは、八木重吉の、たった二行の詩「雪」です。

「雪がふっている さびしいから 何か食べよう」

なんか、ほっとしません?

この新装改訂版の表紙絵は酒井駒子です。駒子ファンも見逃せません。

 

この台詞を残したのは、日本でも人気の小説「地下鉄のザジ」のレーモン・クノーです。彼は、この台詞の前にこんな言葉を置いています。

「詩を書くためには 言葉を愛するだけで十分」なんて素敵な言葉でしょう。

クノーのこの言葉は窪田般彌「ミラボー橋の下をセーヌが流れ」(白水社700円)で読むことができます。

堀内大學も同様の事を感じていたのではないでしょうか。大正14年に発行された彼の訳詩集「月下の一群」は、発売当初から多くの読者を得ました。その後何度も改訳され、著者60歳の昭和27年全面改訳されています。ひたすら美しく、豊かなイメージを追い求めてきた結果です。

その「月下の一群」(講談社文芸文庫1400円)が新品同様の綺麗な版で入荷しました。(帯無し)フランス近代詩人66人の作品三百数十点を収録した分厚い文庫ですが、最初のページはから読む必要はありません。ぱっとめくって、良い言葉を発見したらその近辺を読む。文庫なんで、バッグの中に入れておけば、いつ、どんな場所でも取り出せます。

実は、この読書法で、この文庫本をボロボロにしたお客様がいました。そのボロボロさが、また風格がありました。旅先でよく読まれたのが、フォルの「やさしい歌」のこんな一節。

「わたしに一番似合ふのは、木の葉の囁きよりもなほやさしい歌、川柳をそそる小川の流よりも繊細な、青空を渡る鴎や雲雀よりも、もっとほのかな、又はかのあるやなきやの、響を立てる朝の吊鐘草、又は忍び音に吹くわたしの草笛よりも、軽い調子をもった歌」

出張の多い女性で、旅のお供はこの本のみだったそうです。

堀内大學は、昭和27年白水社から出版した改訂版あとがきで、翻訳した詩について「求められて訳したもの、目的があって訳したものは、只の一編もないのである。何のあてもなく、たた訳してこれを国語に移しかえる快楽の故のみになされたものだった。」と書いています。

ひたすら、自分の愛したフランス語を、母国語に変換することへの喜びに没入していたのかもしれません。日々の人生の横にそっとある、「ささやかなもの」として考えていたとすれば、クノーの言葉は、また堀内の言葉だっだのかもしれません。

マックス・ジャコブのたった二行の詩「地平線」。「かの女の白い腕が 私の地平線でした。」 なんか読むと、山下達郎の音楽が聞えて来そうな程カッコイイなぁ〜と思ったり、フランシス・ジャムの「雲が一直線に」の最後、「ごつい哀れな百姓も 野鳩と同じくやさしいよ、それなのに彼等は野鳩を打ち殺す、すると鉛の弾丸がおとなしい鳥の翼を血に染める」の鮮血のイメージにドキっとしたりと、私も時々パラパラやってます。

 

90年代だったと記憶していますが、新潮社が「PHOTO MUSEE」というシリーズで、写真家の作品集を比較的安価でリリースしていました。

その中に、「萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや」(1600円もちろん絶版)という本があったみたいです。サブタイトルに「詩人が撮ったもうひとつの原風景」とあるとおり、詩人が見つめた心の原風景が、印画紙に焼き付けられています。

「ながく叫べどもかへらざる幸福のかげをもとめ沖に向かって眺望する」という「青猫」の一節のページには、沖をゆく貨物船を見つめる男の後ろ姿が収められています。スーツ姿の男の姿が孤独感を一層高めています。ページを繰っていくと、風景の奥にポツンと佇む人を配置した作品に目が止まりました(写真右)。セピア調の「大森駅前坂」を撮った写真では、カッと照りつける強い日差しの坂道の彼方に佇む男の姿を捉えています。

その一方、二人の小さい娘と友だちが、線路の向こうから歩いてくる姿を捉えていて、まるで映画「スタンド・バイ・ミー」のワンシーンみたいな郷愁に満ちた雰囲気をもっています。

萩原葉子さんによると、「ずいぶんのんびりした心象風景である。静かでもの音もないようで、単調な自然の風景に、小鳥1羽の生き物もいない。」と振り返っておられます。詩人の違う姿を見せてくれる一冊です。

確かに、静かな風景を好んで撮っているようにも思えますが、その何気ない風景にポツンと人がいるのが印象的です。大阪の南にある石橋駅の踏切を捉えた、全く人気のない作品にも魅かれます。

「いとほしや いま春のまひるどき あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを。」

なんて萩原の詩の一節が思い浮かびます。

朔太郎自身、写真を撮ることをこう語っています。

「元来、僕が写真機を持っているのは、記録写真のメモリイを作る為でもなく、また所謂藝術写真を写す為でもない。一言にして尽くせば、僕はその機械の光学的な作用をかりて、自然の風物の中に反映されてる、自分の心の郷愁が写したいのだ。僕の心の中には、昔から一種の郷愁が巣を食ってる」

詩人の心象風景が見えてくる写真集です。

 

 

1950年代アメリカに、既存のアメリカ的価値観や豊かさを拒否する世代、いわゆる「ビート・ジェネレーション」が発生し、文学、音楽、映画に影響を与えました。文学でいえば、「オン・ザ・ロード」のジョン・ケルアック、「裸のランチ」のウィリアム・バロウズ。そして「吠える」の詩人、アレン・ギンズバーグらが、このムーブメントを引っ張りました。

トランジスタ・プレスという小出版社から「ギンズバーグが教えてくれたこと 詩で政治を考える」(1728円)という本が入荷しました。

「国会風に」という詩で、こんな檄を飛ばします

「真実を見出すことはむずかしいけど 偽りは簡単だ 帝国主義の薄っぺらさを 新聞の行間から読み取りなさい この国を 自分たちが心から望むようにしたら 火からフライパンに戻るみたいに 大難敵に挑むこと」

すべての既存の権力に対して猛烈に攻撃する詩人は、サッチャー政権下、重苦しい時代の圧力に反発したパンクロッカー達に受け入れられ、ギンズバーグもステージに上がっています。

彼はまた、スリーマイルアイランドの原発事故以前に原発反対を唱え、線路に座り込み運動をしていました。「人類以前には 自然に生まれなかった新しい元素があるか?」で始まる「死とプルトニウムの歌」は、人間が自ら作り出した死の神の呪いに殺されてゆく運命を見つめた長編詩です。

攻撃は、当然とはいえ、ジョージ・ブッシュに向かいます。「NSA麻薬どっぷりカリプソ」では、「ついきのうの新聞に埋もれていたよ ブッシュはアメリカの麻薬王だってこと」と言い放ちました。

民主主義も憲法も、平気で踏みにじっていく今日の政治の危険性の中で、ギンズバーグの詩を翻訳したヤリタミサコさんは後書きでこう書いています。

「こういうときにギンズバーグは、怒りをユーモアで伝えることができます。私はこの部分を読者と共有したいと思って、この文を書いています」と。

それぞれの詩には、ヤリタさんの解説と思いの詰まった文章が載っていますので、ギンズバーグの詩の理解が一層深まります。先週日曜日、版元トランジスタ・プレスの佐藤さんが、誠光社でのトークイベント前に当店に立ち寄られて、この本のことを初めて知りました。興味のある方は手に取ってみてください。

 

★毎年恒例になりました『ネイチャーガイド安藤誠さんの自然トーク「安藤塾」』は、10月28日(金)7時30分より開催が決定しました。(要・予約 レティシア書房までお願いします) 

★★カナダ在住で、ドールシープを撮影されている写真家、上村知さんの写真展を11月1日(火)〜13日(日)まで開催します。5日(土)夜に、上村さんによるスライドショー 「極北カナダ・ユーコン&アラスカの旅と暮し」(7時より)を予定しております。(要・予約 同じくレティシア書房までお願いします)


 

本日より、豊原エスさんの詩と足田メロウさんの絵のコラボ「日々のかけら」展始まりました。

詩人のエスさんとは、私が新刊書店に勤務していた頃からのお付きあいです。彼女が1998年に第二詩集「うた」を出版した時、メロウさんがイラストを描いて、それ以来の二人で、作品集を発表されています。

二人のコラボは、事前に綿密な打ち合わせをせずに、こんな感じで、という簡単な情報交換で作品を作り上げ、せぇの!で一緒にするという製作方法です。そんなんで、出来上がった作品同士衝突しないの?って、聞いたところ、全くないというお返事でした。おそらく、波長が一致しているのでしょう。

エスさんの詩は、ずばっと切り込んでくるタイプの詩で、

「好きなように繊細 都合良く解釈 考えが甘い人は 直感に頼ってはならない」

「要約すると 時間をかけるのはもったいないし 面倒くさい と 今 仰いましたか」

といった感じです。

優しい透明感のあるメロウさんの作品は、ともすれば心の深部に拳を当てる様な詩に自然と寄り添います。それぞれの作品を見ていると全く持ち味がちがうように思えるのですが、並べると不思議なくらいピッタリきます。

二人のカードや詩集は、常時店頭に置いていますが、普段並べることができないメロウさんの、豆皿、ブローチ、箸置きなどの可愛い小物もあります。(豆皿1620円 ブローチ1080円 箸置き972円)プレゼントの機会が多いこの季節に、ぜひご覧下さい。

いつもは新刊発行に合わせて、原画展をすることが多い二人ですが、今回は、それぞれが毎日作り続けている日々のかけらのような作品たちを、ギャラリーの壁で組み合わせました。例えば、この絵(左)を掲げて、エスさんが側に置いた詩はこれ。

 

「拗ねずに ヨレずに 時を待てるか」

 

つぶやくような、歌うような、そんな言葉と絵のかけらたちを拾いに、どうぞお立ちよりください。

 

★豊原エス×足田メロウ「日々のかけら」展は12月13日(日)まで  7日(月)は定休日

 

 

 

 

 

私が、この沖縄出身の詩人のことを知ったのは、フォーク歌手高田渡が「生活の柄」「結婚」「鮪に鰯」といった彼の作品を歌っていたからでした。彼の「バーボン・ストリート・ブルース」(山と渓谷社・絶版/サイン入り2200円)にあるように、1967年、18歳の高田は山之口の詩と出逢います。

「山之口貘の詩は、机の上の原稿用紙に向かって頭をひねくりながらつくり出したという類いの詩ではない。感じられるのは、実体験に根差した人々の生活、もっと泥臭いもの、もっと生々しい世界だ」

山之口は、明治36年那覇に生まれました。中学時代、学校側が沖縄の方言の使用を禁止し、標準語を強制したことに反発して、学校を追われてしまいます。その後上京、様々な職業を転々とし、住む家もなかったので路上で眠り、公園で生活を続けながら詩作に夢中になっていきます。苦しい生活のことや、借金まみれの辛さを詠ったものもありますが、何故か陰気臭くなく、カラッとしているのが不思議です。詩人の佐藤春夫は、彼の詩をこう伝えています。

「その男の詩は 枝に鳴る風みたいに自然だ しみじみと生活を示し、単純で深味のあるものと思う」

放浪生活を「歩き疲れては 夜空と陸との隙間にもぐりこんで寝たのである 草に埋もれて寝たのである ところ構わず寝たのである」と言う風に表現したかと思うと、詩人の自分を「世間はひとつの地球で間に合っても ひとつばかりの地球では 僕の世界が広すぎる」なんて、ほう〜凄いね、っていう詩も書いています。

高田は、彼の詩をあっけらかんとした、ユーモアさえある詩だと書いていますが、そんな体質は、やはり沖縄という風土が作ったのかもしれません。

「僕には是非とも詩が要るのだ かなしくなっても詩がいるし さびしいときなど詩がないと よけいにさびしくなるばかりだ 僕はいつでも詩がいるのだ 」

と思いながら、公園で、駅のベンチに寝転んで空を見上げていたのかもしれません。

詩集を幾つか残して、63年7月59歳でこの世を去りました。

彼のことを知るには高良勉著「僕は文明をかなしんだ」(彌生書房1300円)をお薦めします。

と言えば、太田裕美の名曲ですね。

昔も、今も、好きです。大学時代に、芦屋からゼミに通っていた女学生の雰囲気が似ていて、芦屋→お嬢様→素敵という至極単純な連想で、彼女のファンでもあったのかもしれません。ご承知のように、彼女のヒット歌は松本隆(作曲)=筒美京平のコンビから生まれています。名曲「九月の雨」はこう始まります

「車のワイパー透かして観てた都会に渦まくイルミネーション くちびる噛みしめタクシーの中で、あなたの住所をポツリとつげた」

皆さん、ご経験ありますよね(あ、無いか)。このおセンチ感はたまりませんぁ〜。荒井由美は松本隆のことを、あの低い声でこう言いました。

「松本さんは乙女だから」と。もうその通りの名言ですね。

詩人が作る詩と、作詞家が作る詩とは、基本的には違います。けれども、

 

「南にひらいた窓をあけて、うんざりした気持ちを放り出して、古い木の椅子に、身をしずめる。きれいな時間のほかに、何もいらない きみはおもわないか? 世界はたぶん、バラの花と『こんにちわ』でできている、と私はおもうな」

という長田弘の「日曜日」と

「あたまに帽子をのせて でかけなさいな ほら外はいい天気だよ 水いろのひかりあふれる部屋に 朝は悲しすぎる 風にきみの夢がにじんで」

という「はっぴいえんど」時代に松本が作詞した「外はいい天気」とが違うとは思えません。透みきった空気に満ちた町へ、スニーカーひっかけて散歩したい気分にさせてくれるという意味では、同じ言葉の魔力ではないでしようか。

 

長田弘の「日曜日」は「「心の中にもっている問題」(晶文社700円)に、「外はいい天気」は「はっぴいえんどHAPPY END」(CD1100円)にそれぞれ収録されています。

 

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