大阪発の雑誌”PERSPECTIVE”の販売を開始しました。

この雑誌は「老い」を総合的にテーマにしているのですが、いわゆる健康雑誌の類いではありませんし、科学的アプローチから老いを考える専門誌でもありません。手に取った瞬間、え?こっれってどういう雑誌なん??と思ってしまう程に、スマートな編集で、アート系ですが、ブックデザインだけの、中身のない雑誌ではありません。

1号で特集されているのは「姨捨」という文化です。

「姨捨。日本における”老い”の歴史の中でこれほど象徴的で、かつ語り継がれている言葉は見当たらない。”棄老伝説”とも呼ばれ、現在においては『お年寄りを大切に』という敬老訓話として語り継がれている。果たして、この”姨捨”が事実であったかどうか諸説あり、未だにはっきりとされていないとされている。」

はるか昔の古今和歌集から昨今の様々な書籍に登場する姨捨を主題にした作品を拾いあげています。

西行法師との「隙もなき月の光をながむれば まず姥捨の山ぞ恋しき」から始まり、荻原朔太郎「老年と人生」、深澤七郎の「楢山節考」、さらには有吉佐和子「恍惚の人」へと文学史を辿っていきます。

2号はまるごと「認知症」の特集です。認知症を中心とした「記憶」が主要なテーマになっています。物忘れと認知症の違いに始まり、その治療とケア、その原因、認知症と社会の在り方まで、ズバリ切り込んでくる内容ですが、斬新なブックデザインのおかげで、ページをめくることができます。”about reflection of human aliving in now”という、とあるギャラリーオーナーのドキュメントに使われている写真だけ眺めていると、アート系写真雑誌と勘違いしそうです。

認知症のことを考えるのは、あまり楽しくありません。いや、私にとっては憂鬱でしかありません。しかし、この雑誌は避けては通れないジャンルに飛び込み、今までにないアプローチで挑戦しています。

“PERSPECTIVE”のタイトルの下に”from an oblique”というサブタイトルが目につきます。” oblique”は日本語に直すと「斜め」です。斜めの観点、即ち今までにない視線で、ともすれば見たくなかった老いの側面を捉えようとする編集方針が見えてきます。こんなミニプレスも、ついに登場してきたのですね。(1号は1400円 2号が1500円)

 

前日に引き続き、中島京子の家族小説をご紹介します。中央公論文芸賞を受賞した「長いお別れ」(文藝春秋/古書1150円)は、チャンドラーのハードボイルド小説と同じタイトルですが、こちらは認知症になった父親の物語です。

東昇平には妻と三人の娘がいます。娘達はそれぞれ独立していて、長女は夫の仕事の関係でアメリカに滞在、次女も結婚し、三女はフードコーディネーターとして頑張っています。昇平は教師として職責を全うし、今は妻と二人で暮らしています。

と、こう登場人物を書いてしまうと、やはりどこにでもある家族です。物語は、昇平が徐々に認知症を患い、その介護に巻き込まれる女性たちの10年間の姿を描いていきます。

後半、認知症の進行に伴って、疲弊してゆく妻と娘たちとの葛藤が表面化していきます。作家自身の体験なのか、それとも詳細な取材の結果なのかはわかりませんが、介護の状況はリアルに描かれています。きっと、実際の現場はもっと修羅場なのでしょうが、あくまで小説でノンフィクションではありませんので、その辺りを物足りないと取るか、物語としてスルスルと読めていいと取るかは、読者次第です。

昇平が元気になるという事態はありえませんし、当然、家族との永遠の別れは待つのみなのですが、「お父さん、お別れね」などという陳腐なシーンは全くありません。それどころか、妻や娘たちとの死別のシーンがありません。もう、最後というシーンで一気に舞台はアメリカに変わります。

アメリカにいる長女の息子が登校拒否になり、校長との面談に臨む場面になります。そこで、初めて孫の口から「祖父が死にました」というセリフが出ます。認知症の始まりを、孫が「十年前に、友達の集まりに行こうとして場所がわからなくなったのが最初」と校長に伝えると、その言葉を受けて、校長はこう言います。

「十年か。長いね。長いお別れだね」。その意味を分かりかねた孫に向かって、「『長いお別れ』と呼ぶんだよ、その病気をね。少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行くから。」ざっくばらんな校長との会話に、本のタイトルが登場するのです。

この二人の会話で小説は幕を閉じます。静かなエンディングです。亡くなった人への切ない思いを、ふっと浮き上がらせる巧みな終り方だと思いました。

●レティシア書房のお知らせ●

 年始年末 12月29日(金)〜1月4日(木)休業いたします。


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