昨年2月、漫画家谷口ジローさんが死去されました。

彼の本を読んだのは、夏目漱石と彼の生きた明治時代を、丸ごと描いた全5巻にも及ぶ「坊ちゃんの時代」が初めてでした。多分、この本を読んでいなければ漱石も鴎外も読んでいなかったし、明治時代を身近に感じなかったでしょう。その後「犬を飼う」とか「神の犬」、「ブランカ」などに涙しました。

今回、追悼出版の意味合いを含めた「いざなうもの」(小学館/古書/900円)を手に入れました。この本には、内田百間「冥途」の中の一編「花火」を原作とする、未発表絶筆「いざなうもの」が収録されています。明確にこれだと断言できないものの得体の分からない世界にひきつけられてゆく主人公が登場する本作品は、全30枚の予定で執筆が死の直前まで行われていましたが、完成にいたりませんでした。その完成しなかった部分の下書きも含めて収録されています。

映画「2001年宇宙への旅」ラストで、ボーマン船長が未知に生命体にいざなわれて無限の彼方に旅立った如く、この漫画の主人公も、見知らぬ女性に誘われて不思議な旅に出掛けます。下書きのダイナミックな人物の動きを見ていると、まだまだ新しい表現に挑戦する作家の魂が見えてきそうです。

 

谷口は、小泉八雲を主人公にした「何処にか」という作品を書いていて、本作にも二作品収録されています。そのうち「茶碗の中」は小林正樹の映画「怪談」にも登場する話で、ご存知の方も多いと思います。また、この本にも入っている「魔法に山」は、サンショウウオと交信する兄弟の不思議な体験を描いたノスタルジックなファンタジーです。また彼はヨーロッパ、特にフランスで高い評価を受けています。「歩く人」が仏訳されて出版された時、フランスで人気の小津安二郎の映画みたいだと賞賛されたそうです。

古典の世界から、SFまで幅広く人間の様々な姿を描いてきた作家でした。残念です。