京都大学文学部卒業、京都在住の谷崎由依の新作「鏡のなかのアジア」(集英社/古書1200円)は手強い作品です。前作「囚われの島」(河出書房/古書1300円)が、書店員から圧倒的支持を受けた長編でした。まだ読んでいませんが。

さて、今作「鏡のなかのアジア」は、チベット、台湾、京都(多分京大)、インド、マレーシアを舞台にした独立短編です。翻訳家の柴田元幸が「物語は自在に時空を移動しつづけ、ホラ話めいたさまざまなイメージはいつしか、圧倒的な美しさを獲得する」と帯に推薦文を寄せています。

「馬のようにしたたかな蹄を持ち、どこまでも駆けてゆくことのできる、墨色をした文字たちは、風の強いときにいっせいに、五色の旗から抜け出していく。」なんて、文章が突然飛び出してきます。文字が抜け出して、空を覆う???

京都編では、主人公の女子大生が「どんなに餅を求めていても、餅の感触に焦がれていても、パンを捨てて餅とともに生きる日々には戻れない。ほんとうに食べたいのはパンではなく餅であるとしても。我々のなかにあるのはただ原風景としての餅、もののイデアのごときものであり、それは疾うに失われている。」うん?「原風景としての餅」って何だ、餅はモチやろ!!などと怒ってはいけません。

ここはいったいどこなのか。時代は現代なのか過去なのか?読み手は狐につままれたような気分になります。その言葉、掴まえた!と思った瞬間、それは、スルリと逃げてしまい、宙ぶらりんの状態に置き去りにされます。日本語の文章の中に、アトランダムにアルファベットに変換された地名や擬音語が耳に残り、文字は音となり、舞台となったアジアの地に溶け込んでいきます。

読者の戸惑いをよそに、物語の空間は捻れ、混沌としていきます。でたらめか、はたまた真実か?読者を幻想空間に陥れる企みが、方々に仕掛けられています。わけのわからん世界に、いつのまにかがんじがらめにされてゆく危ない小説でもあります。

「音が空間をかたちづくる。音が空間をひらいて、その場所は音によってどこまでもひらかれてゆく。私の身体の、私の腕と腋のあいだのほんのわずかな隙間のなかに、無数の音が混在していて耳をすませばすますほどに、それは幾らにも増えていくのだ。私の身体はひろがってゆく。私の身体のあらゆる場所が音に満たされ、ひらいてゆく」

この小説が持っている硬質な幻想力は、読む者をここではないどこかに連れ出す熱量を持っています。ふと気づいて、私は何を読んでいるのか?と自問自答するかもしれません。万人にお薦めは出来ませんが、作家のくり出す言葉に挑戦し、絡み合う文章の謎を解き明かしてみたいと思わる方は、ぜひ。最後まで、なげたらあきまへんで!