数日前、翻訳家の藤井光さんが来店されました。現在、同志社大学で英文学を教えておられます。英米文学の翻訳家として、村上春樹、柴田元幸とともに人気があり、当店では、代表作テア・オブレヒト「タイガーズ・ワイフ」(現在品切れ)、アンソニー・ドーア「すべての見えない光」(新潮社/古書・2400円)など、藤井さんの翻訳本コーナーも設置しています。

藤井さんも参加されている「きっとあなたは、あの本が好き」(立東舎/古書・絶版1900円)は、スリリングな読書案内です。翻訳家の都甲幸治が中心となって、様々な作家を数人のゲストが論じ合うもので、「村上春樹が気になる人に」、「ルイス・キャロルが気になる人に」、「大島弓子が気になる人に」、「J・R・R・トルーキンが気になる人に」といった具合に、8人が選ばれています。

取り上げられている作家によってメンバーは変わるのですが、「大島弓子が気になる人に」では都甲に、藤野可織、朝吹真理子という芥川賞作家二人という興味深い組合せ。大島の「バナナブレッドのプディング」から入り、彼女が好きなら気にいる作家として、ミランダ・ジュライへととんでいきます。

藤井さんは、「村上春樹が気になる人に」と「ルイス・キャロルが気になる人に」に参加されています。

「キャロルについて三十〜四十代の男だけで語っているというこの状況も、普通にはありえないでしょ(笑)。でも、キャロルが『不思議の国のアリス』を書いたときには、三三歳。『鏡の国のアリス』が出たときは三九歳。広く見ればだいたい我々くらいのときに書いているので、書く側の心理がむしろわかるかもしれない。」

とおじさん三人(都甲幸治・武田将明・藤井光)で語り合うキャロル論が面白い。アリスが、ロリータファッションの起源の一つになっていることを踏まえて、このファッションの登場する嶽本野ばらの「下妻物語」を俎上に上げる辺りから、面白さのボルテージが上がります。ここに、キャリーぱみゅぱみゅまで登場させて、ロリータもキャリーも、その格好自体が、ハイブリッドでグローバルなアピール力を持っていると論じていきます。

さらに面白かったのが「トルーキンが気になる人に」です。都甲幸治が、トルーキンの「ホビットの冒険」と村上の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の類似点を上げた上で、「村上春樹には、もうちょっと現代文学面白くていいんじゃないのとか、もうちょっといろいろな仕掛けがあっていいんじゃないのみたいな考えがあって、大幅にファンタジーの手法を使っているんでしょうね。」と書いています。ファンタジーの面白さを理解していないと、春樹は読めないんだという考え方ですね。

勝手ながらレティシア書房は、5月7日(月)〜10日(木)連休させていただきます。よろしくお願いします。

 

少し長いですが引用します。

「インターネットとグローバリゼーションの時代において、ようやく僕らは、もう一度普遍的なものについて考え直すことができるようになった。だから僕たちは、現代社会が要求してくる、相も変わらぬ表面的な新しさの呪縛から、そろそろ本格的に降りてしまってもいいのではないだろうか。新しいことは価値とは何の関係もない、と言ってみることで初めて観えてくることは確実にある。」

新聞のコラムや、社会情勢を批判した文章からの抜粋ではありません。早稲田大学で英文学を教えている都甲幸治の「生き延びるための世界文学」(新潮社1600円)に登場する文章です。2000年以降に出版された英語で書かれた文学を読み続け、作者の生年順に並べて論評した文学ガイドとして発表し、文学に何が出来るのかを問うた本なのです。

「文学は、見ず知らずの人々の心の中にまで降りてゆくための強力なツールだ。見た目も言語も、背景となる歴史も違う人々の心の中にさえ、僕たちは物語を通じて入って行ける。そして、同時代を生きる世界に人々が、自分たちと同じ問題に苦しんでいることに気づく」

だから、日本語で書かれていないと言う理由だけで世界の文学を敬遠するのは勿体ない。西加奈子も「世界には、私たちを救ってくれる物語がこんなにあるのだ」と推薦の言葉を寄せています。

2010年に雑誌「ニューヨーカー」が発表した、アメリカの作家ベスト20人のうち、実に9人がアメリカ以外の出身者でした。例えば、タオ・リンは生まれはアメリカですが、台湾出身の両親の母国語は中国語だし、ドミニカとアメリカを往復しながら活躍するジュノ・ディアスは英語とスペイン語で発表しています。また、ラトヴィア生まれのディヴィッド・ベズモーキズは、カナダに移民後、LAで映画を学び、「ヴィクトリア・デイ」を監督し、映画祭に出品されています。

異なった文化背景を持った作家を読むことで、複雑に変化する世界を知る手助けになるかもしれない。本の中で紹介されている南アフリカ出身のクッツェーの代表作「鉄の時代」(河出書房新社1900円)をかつて読みましたが、南アフリカにおける黒人への暴力のリアリティーに圧倒されました。

もう一点、都甲幸治の対談集「読んで、訳して、語り合う」(立東舎1100円)も再入荷しました。以前ブログで紹介したことがありますが、こちらは、いしいしんじ、岸本佐知子、堀江敏幸、柴田元幸、藤井光等々の翻訳の第一線で活躍する方々との文学夜話的一冊です。この中で、藤井光は非英語圏生まれの作家が英語で小説を発表する事が増えているが、マジョリティーに差別され虐げられている世界や、相克する異文化に苦悩する類いの作品とは全く違う作品が、多数出ていると指摘していて興味深いですね。

世界文学の入門としてお読みいただきたい2冊です。蛇足ながら、都甲幸治の翻訳ものでは、フィッツジェラルドの「ベンジャミン・バトン数奇な人生」(イーストプレス/絶版900円)がお薦めです。ブックデザインも素敵です。

 

 

★連休のお知らせ 11月6日(月)7日(火)

「お前の訳文が曲がっているのは、生き方が曲がってるからだ。」

こんなこと言われたら、落ち込みますよね。言われたのは、翻訳家の都甲幸治。これ、「都甲幸治対談集 読んで、訳して、語り合う」(立東舎1300円)の中の「翻訳家ができるまで」というテーマの対談の一部です。

対談相手は、今人気の岸本佐知子で、彼女も翻訳学校時代で、もう徹底的にしごかれて、学校の帰り道、「駅に向かいながらひっくひっく泣きました。」と告白しています。

因みに、冒頭の言葉を言い放ったのは、彼を教える立場にいた、柴田元幸。

岸本以外に、いしいしんじ、堀江敏幸、内田樹、柴田元幸、藤井光等とのユニークな対談を集めてあります。海外文学が専門の方々が多いのですが、村上春樹の「1Q84」をテーマにした都甲幸治×内田樹×沼野充義の対談は、そんなに村上フリークではない私でも、引きずりこまれました。

「僕は村上さんにはたぶん男性をどう『武装解除』するかということがひとつのテーマとしてあるような気がするんですよ。」と切り出した内田は、

「今の世界は、男性中心主義が解体されて、フェミニンな共産主義みたいなもののほうへ、ゆっくりと向かってるような気がするんですね。そのなかで『村上春樹的父親』はあらゆる家父長制が解体されたあとに最後に残りそうな、もっともしぶとい父性だと思うんです。それをどうやって武装解除するかということが村上さん自身のパーソナルなテーマ」と、結論づけています。

さて、爆笑ものの対談は、京都在住の小説家いしいしんじとの対談です。この中で、日本では海外文学を読んでると、おしゃれ!と言われがちですが、いしいさんは海外文学は「ぐちゃぐちゃで臭くて、下品で、ひどい話ばっかりですね。でも、ぐちゃぐちゃであるほど面白いんで。」と言っています。「ぐちゃぐちゃであるほど面白い」のは日本文学も一緒ですね。