哲学者、野矢茂樹の「そっとページをめくる」(岩波書店/古書1200円)は、個性的な書評本です。サブタイトルに「読むことと考えること」と書かれている通り、単に紹介する本の羅列には終わってはいません。前半は本の紹介、後半はよりディープな「読む」という体験を掘り下げていきます。

私がこの本に興味を持ったのは、最初に三谷尚澄の「哲学してもいいですか?」(ナカニシヤ出版/古書1900円)が取り上げられていたからでした。これは、文部省あたりが推し進める、すぐに社会に貢献できる技術研究重視と、文学部系学部不要論の現状へ異議申し立ての一冊です。高度な職業的技能が身につく学部は、いい学部というのがお役人の見解です。

「文部省は学生を鋳型にはめようとしている。そしてあなたの学部ではどんな鋳型を提供しているのか、と問うてくる。」と、野矢は書きます。しかし「哲学は鋳型そのものを考え直し、論じようとする。なじんだ考え方に新たな光を当て、他の考え方の可能性を探ろうとする。だから、哲学は学生を鋳型にはめる教育にはなりえないし、まさにそこにこそ、哲学教育の生命線がある。」と結んでいます。

そして、この本を「あなたの代わりに考えて、上から目線で決めつけたりはしない。一歩ずつ、読者とともに、次考えようとする」と評価しています。こういう本がきちんと取り上げられています。そして、何よりも注目すべきは、著者の「そっとページをめくる」の書評を自ら書いているのです。自分の本の書評なんて前代未聞ですが、面白い。

後半では、宮沢賢治の「土神ときつね」を取り上げ、「相貌分析」という読み方を提案してくれます。まず、賢治の作品の原文が載っています。「女の樺の木」と仲の良い「きつね」に嫉妬した「土神」が、「きつね」を何度も打ち付けて殺してしまうお話です。

「その泪は雨のように狐に降り狐はいよいよ首をぐんにゃりしてうすら笑ったやうになって死んでいたのです。」

という不可思議な文章で幕を閉じるファンタジーです。この物語を、野矢は「相貌分析」という手法で読み解いていきます。私も賢治のこの物語を読んだ時、本当に「土神」は嫉妬に狂っただけの愚かな人物だったのか、「きつね」はウソのない、気のいい人物なのか、様々な疑問を持ったのですが、この手法で分析されると、成る程なぁ〜と納得しました、

帯に「本を味わう指南書」と書かれています。時には、こんな本で、頭の中のギアチェンジされてはどうでしょうか。