川本三郎の「あの映画に、この鉄道」(キネマ旬報社/古書1800円)は、この著者の博識ぶりに驚かされながらも、楽しく一気に読んだ本です。よく知られているように、映画・文芸評論家であり、絶妙の散歩エッセイも書く著者は、鉄道ファンでもあります。この本では、そちら方面の知識、情報もフル稼働して、映画に出て来た鉄道を詳しく紹介してくれます。

しかも、北海道、関東、中部、関西、中国、四国、九州に区分けして書いているから驚きです。例えば、群馬県桐生市から栃木県日光市までを結ぶわたらせ渓谷鉄道。井筒和幸作品「のど自慢」、森田芳光の「僕達急行 A列車で行こう」等に登場し、最近の映画では是枝裕和「海街diary」にも使われていて、解説しています。

「父親の葬儀のために山形県の田舎町に来た三姉妹が、腹違いの妹に見送られ東京に戻る駅は、終点のひとつ手前、足尾駅でロケされている。」

と万事この調子で、映画に登場する駅のことが詳しく書かれています。凄いな、この記憶力と情報力。実際に足を運んだ場所もあるみたいです。京都も登場します。一本は山本富士子主演の「夜の河」です。

「昭和三十一年に公開されたこの映画は、何よりもまず、空襲の大きな被害を受けなかった古い京都の街並みをとらえるところに良さがある。堀川のあたりに瓦屋根の家が並ぶ。その堀川沿いに市電が走る。ポールを付けた昔ながらの市電。」

山本富士子の着物姿の色っぽさにあてられていただけの私とはちがうな〜。

もう一本は、京マチ子主演「偽れる盛装」(昭和26年)の京阪電車です。「京人形のような美女を、嫉妬に狂った男が追う。とうとう彼女は電車の踏切のところで追いつかれ、刺されてしまう。(幸い命はとりとめる) この踏切が京阪電車。地下に潜ってしまった現在、こういう場面は生まれない。」

著者はあとがきでこう書いています。

「日本映画が数多く作られた昭和二、三十年代の映画には、廃線になった数々の鉄道が、まだ現役時代の姿をよくとどめている。動く絵のなかにきちんと動態保存されている。そのことを記録に残しておきたいという気持ちも本書のモチーフになっている。」

昭和の時代が鉄道と共にあったことを記録する、資料としても一級の価値のある本です。ここに紹介される映画は、おそらく映像ソフトで観ることができます。お好きな一本を探すのも良し、文章を読んで行ってみたくなったら、ふらりと出かけるも良し。

因みにこの本は全編書き下ろしです。資料集めもさぞや大変だったと思います。

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2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)

 

関川夏央の「寝台急行『昭和』行」(NHK出版/古書700円)は、”鉄ちゃん”関川の鉄道愛溢れる一冊ですが、決してオタクっぽい鉄道の本ではありません。ここに登場するローカル線に乗って、沿線の風景に出会いたいと思いました。

「昭和」を探す旅をしませんか、という編集者の誘いで始まった企画で、関川は各地へ向かいます。「私が好むのはローカル線のローカル列車である。ローカル線ならどんな線でもおもしろく感じられるが、とくに山越えをする線がよい。」という彼と一緒に、読者を線路沿いの懐かしい景色に出会う旅へ誘います。

新幹線とか、特急には何の興味もない著者ですが、「愛着はないはずなのに、鉄道公園で雨にそぼ濡れた0系22形(注:東海道新幹線の最初の車両)は、捨てられた巨大なネコみたいに孤独で、ふてぶてしく、可憐だった。よく働いたからもういいだろうという顔をしていた。私は、人でも機械でも、よく働いてよく古びたものが好きなのだ」とも書いています。

私も学生時代に乗った急行「銀河」。東京から大阪まで8時間少しで走っていました。「まことに昭和的な速度で夜をくぐりぬける「銀河」だが」と、この列車に乗ったこと、昭和50年代には多くの寝台特急が運行していたことに触れながら、旅は続いていきます。

この本の良い所は、取材にいった場所の鉄道路線の地図が載っていることです。文章と地図で読み進める楽しさを味わえます。その一方で、「鉄道趣味が昨今はブームの様相を呈している。廃止になる寝台特急最後の運行の日の東京駅ホームの混雑ぶりなど、正気の沙汰かと思う。」と批判し、「背景には、昭和戦後への郷愁があるのだろう。」と分析する。疲れるだけの寝台特急の旅が、「成長する日本とともに走っていたという思いが郷愁を誘うのだろうか。」と。

鉄道文学のスタイルを広めた宮脇俊三についての解説もあります。国鉄旅客営業路線208294キロ完全乗車を記録した「時刻表2万キロ」はベストセラーになりました。この本について関川は、

「『汽車に乗ることが好き』といういわば『児戯』をほとんど極限まで追求するまじめさと、それを記述する正確で穏やかな文書にひそむユーモア。そのバランスのよさゆえである。『徒労』も文学化の魅力といってもよい。」と書いています。

宮脇だけでなく、鉄道に縁のある宮沢賢治、幸田文等も登場。「小説中に、汽車を主要な要素として登場させた最初の人は夏目漱石だと思う。」とも。

季節も良し。この本をパラパラ読んで、電車に飛び乗ってはいかがでしょうか?

関川夏央のエッセイ集「豪雨の前兆」(文藝春秋700円)の第一章は、「操車場から響く音」と題して、鉄道を主題にしたエッセイが並んでいます。

その中で、松本清張原作の「張込み」の映画作品を取り上げています。58年公開の映画で、二人の刑事が九州へ向かうのですが、その時乗ったのが、夜行急行列車「さつま」西鹿児島行きでした。22時に東京を発車して、京都に翌朝7時。目的の佐賀には、その日の深夜23時。ほぼ丸一日の移動です。原作にはない、その移動の描写が丁寧に描かれています。このゆったりと流れる時間が妙に気持ちいいのですね。しかし、関根はこう書いています。

「1958年は、日本人と鉄道の関係の転換期であった」

この年、東海道線を特急「こだま」が走り出し、東京、大阪を7時間で結びました。その後の、時間短縮へのあくなき追求は、皆様ご存知の通りです。64年の東京・大阪間の新幹線営業を受けて、さらに、こう書いています。

「70年代末には、いわゆる時刻表殺人事件小説が流行しはじめ、やがてそれは液晶板が苦手な人のための消極的なゲームとなった。新幹線はさらに速度を増し、形を変え、いまや長い長いチューブに似た列車が、空気を強引に割り裂いている。

すべてを黙殺して地上を飛ぶように走る新幹線は、同時に自らもすべてから黙殺される。汽車に向かって手を振る子供は絶えたのである」

では、ゆっくりと時間の流れる鉄道の旅が、困難になってきたかというと、川本三郎「そして、人生はつづく」(平凡社1000円)に、そんな事はないと明確に書かれています。奥様が亡くなったあとの、一人暮しの日々を綴ったエッセイですが、東京近郊の路線電車に揺られたり、ちょっと遠出したり。

「十二月の初め、急に海が見たくなって西伊豆の松崎に出かけた。昼に東京を発って特急『踊り子』で下田へ。そこからバスで約一時間、松崎に着いたのは夕方の四時過ぎ」

松崎は、つげ義春の「長八の宿」に登場する場所です。特に観光地でもない所へ、ガタンゴトンと電車に揺られて出向き、一杯の酒を味わい、またガタンゴトンと揺られて帰ってくる。そんな話が満載の傑作エッセイです。

メイ・サートン「独り居の日記」の日本版みたいな宣伝コピーがブックカバーにありますが、その通りかもしれません。静かに過ぎ行く老人の日々を淡々と描いた、55歳以上の方に必読?の本です。

 

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