第一次世界大戦の最中、フランスとの激烈な戦闘を続いている西部戦線に若きドイツ兵が送られます。戦場が珍しく静かだったある朝、青年の前に一羽の蝶が飛んできます。塹壕からその蝶々を掴もうと手を出す青年。しかし、その瞬間、敵狙撃兵の弾丸がポールの若い命を吹き消してしまいます。

1929年ドイツの作家レ・マルクが発表した小説「西部戦線異状なし」のラストです。翌年アメリカで、映画化されました。ラストシーンは小説そのままの描き方で、覚えておられる方も多いと思います。

この優れた反戦小説と同じ様なラストを持っているのが、長谷川四郎の「鶴」です。

彼は昭和17年に召集され、満州国で兵役に就きます。そして翌20年、ソビエト国境付近の監視哨に配属され、ここでの体験をもとに、「鶴」を書きました。この地で経験した恐怖、孤独、絶望は、そのまま小説の主人公の心奥深くに入り込んでいきます。いつどこから銃弾が飛んでくるかもわからない状況下で、望遠鏡で国境線を監視する毎日。そんなある日、主人公は望遠鏡のスコープに一羽の鶴を捉えます。

「時々首を垂れて、餌をあさっており生きていることがわかった。それは非常に静かで、純潔で美しかった」

国境と関係なく生きている鶴は、自由の象徴だったかもしれません。しかし、上官の命令で望遠鏡を取りに監視哨に戻った時、ふと主人公は鶴のいた方に望遠鏡を向けます。

「日は明るく、哨舎の中は静かで、破れた天窓からは朝日が射し込んでいた。」

「西部戦線異状なし」と同じく、静謐な時間。鶴はいませんでした。しかし、黒い影が動いたと思った瞬間、「一発の弾丸が窓から入って来たのである。」そして、

「それは望遠鏡の軸にぶつかって、反転して私の胸にあたり、体内にもぐり込んだ。血が傷口から吹き出て望遠鏡を濡らした」

戦場で無意味に命が奪われてゆく、その瞬間の見事な描写です。「鶴」「脱走兵」「張徳義」などを網羅した「鶴」(講談社文芸文庫700円/絶版)は、戦争文学の古典的名著とも言えます。

蛇足ですが、個人的に長谷川四郎の作品で、「ぼくの伯父さん」(青土社1971年)が気になっています。中身も全く知りませんが、ジャック・タチの映画と同タイトルであるところがひっかかっているのです。