九州の出版社、書肆侃侃房が始めた「韓国女性文学シリーズ」の中の一冊、クォン・ヨソンの短編集「春の宵」(新刊書1980円)は、本の帯に書いてあるように「苦悩や悲しみが癒されるわけでもないのに酒を飲まずにいられない人々」の姿を描き切っています。

1965年生まれのクォン・ヨソンの小説が日本で紹介されるのは、これが初めてですが、現在韓国を代表する小説家で、本作は作家の力量が最高潮に達したと本国では絶賛を浴びました。自身愛酒家であり、この本の原題が「あんにょん、酔っ払い」にしたというぐらい、収録された七つの短編全てに酒を飲む人が登場します。けれども、それが楽しい酒ではなく人生の絶望から逃げるように、あるいは忌まわしい過去を忘れるために飲む輩ばかりで、何らかの事情で酒に依存しています。

その悲惨な姿が特に際立ったのが、日本版のタイトルになった「春の宵」です。生まれたばかりの子どもを離婚した夫の家族に取られて、生きる希望を失ったヨンギョンが、アルコールに依存していき、自ら破滅への道を選んでしまう物語です。よくあるストーリーなのですが、リアリズムに徹した文体で、主人公が追い込まれていく描写が力技です。

ヨンギョンがコンビニで酒を買って飲み始めるシーンです。

「きつく締まっていたネジがゆるゆると解け、愉快で気だるい生命感で満ち溢れた。これらは中毒になった体が起こす偽りの反応なのだが、そんなことはどうでもよかった。腹を空かせた赤ん坊が乳に吸いつくように、彼女の体はさらに多くのアルコールを吸収したがった。」

別れた恋人の姉と酒を飲みながら、かつての恋人のその後の数奇な人生を知る「カメラ」、離婚寸前の夫婦が友人と旅行にゆく道中で浮かび上がる、アンバランスな環境と出口の見えないその先を描く「三人旅行」、アルコール依存症の作家が視力を失ってゆく翻訳家との出会いを描く「逆光」など、一度に読んだら滅入ってしまうような作品が並んでいますが、読ませます。

「逆光」の中にこんなセリフがあります。翻訳家が作家に向かって「私といっしょに昼酒でもいかがですか、先生」そして始まる酒宴。アルコール依存症の作家は、こんな独白をします。

「他人の目から見ると、ひまさえあれば酒を飲んでいる自分の人生こそ驚愕に値するのではないか」と。

これまで全7シリーズが出版されています。全て在庫しています。才能溢れる韓国女性作家の世界を楽しんでください。★書肆侃侃房の韓国文学パンフレットを置いています。(無料)

1972年ソウル生まれのピョン・ヘヨンの短編集「モンスーン」(白水社/古書1600円)は、どの短編も極めて面白いのですが、深い孤独感、緊張と不安を強いられるので、そういうの苦手だな〜と思われる方は、スルーしてください。

タイトルになっている「モンスーン」は、郊外の団地に住み、関係が冷え切り、会話が全く意味をなさない夫婦のお話です。なぜ、冷え切っているのか。それは二人が別々に外出した時に、亡くなった子供のせいです。夫婦のこれからに幸せは見当たらず、暗澹たる日常が繰り返されてゆく姿を描いた作品です

個人的には、この作品よりも他の作品群にひかれました。

上司から中身のわからない袋を渡されて、辺境の町まで運ぶ二人の会社員の、意味を見出せない移動を描いた「観光バスに乗られますか」。地方に派遣され、担当する業務の内容、意味もわからずに同じ作業をする社員の姿を通して、自分の存在が無のループに陥る「ウサギの墓」。

身重の妻を伴って、都市から地方支社へと移動してきた夫が味わう日常の不条理な争い、理不尽な行動に飛び出す夫を、遠くから見つめるように淡々と描いた「散策」。大学の複写・製本室に務めて、判で押したような、コピーのごとき日々を描いた「同一の食卓」。都心への引越しを決め、先に荷物を送った夫婦と子供の遭遇する過酷な一夜と、いつまでもたどり着けない新居への苛立ちを描く「クリーム色のソファの部屋」。

突然失踪したカンヅメ工場の工場長の、全く人間味のないような人間模様を描く「カンヅメ工場」。花屋を営む男の元へ恩師が死にそうだという電話が入り、花束を持って向かった先で、恩師が死ぬのを延々待ち続ける理不尽な状況に陥る男を枝いた「夜の求愛」。そして、大きな屋敷に住む一家の息子とその友達の関係を、冷たく描いた「少年易老」。得体のしれない世界が、突き刺さってきます。

翻訳を担当した姜信子は「ピョン・ヘヨンの作品はひそかにじんわり恐ろしい。」と書いています。この怖さは、恐怖小説やオカルト映画の恐怖とは全く違います。私たち自身が知っていて、どこにでもある、しかしそこを踏み越えたらもう戻れないという、日常に潜む不条理、延々と続く闇を見せつけられます。

脱出不能なループの罠に取り込まれる小説の面白さが堪能できる作品です。この罠の魅力には抗えない。