神田日勝は、1937年東京に生まれました。4歳の時、日本は太平洋戦争に突入します。そして、45年3月東京大空襲、この年の8月戦災者集団帰農計画に基づく拓北農兵隊に応募して、北海道へと入植します。ここから、一農業従事者としての苦難の道が始まります。趣味として絵を描いていたものの、青年期の彼は農業こそ自分の生きる道だと思っていました。が、19歳の時に描いた「痩馬」という作品が注目を浴び、画家への道が開いていきます。

私が彼の作品を知ったのは、TVの「日曜美術館」でした。その時に見た馬の作品は力強さに満ちていて、記憶に残りました。

北海道新聞社発行の「神田日勝 北辺のリアリスト」(古書1100円)を入荷しましたのでご紹介します。彼が生涯描き続けた馬が何点か収録されています。道産子らしい太い足と優しそうな目の馬の作品と共に、1965年に発表した「死馬」という、個人的に傑作だと思っている作品も収録されています。体を丸めて永遠の眠りについた一頭の馬。人間の過酷な労働の手助けをしてきたのでしょうか、足元には太い鎖が見えます。共に生きた馬への哀悼が感じられる作品です。

一方で、厳しい自然に抗うように生きる人たちの姿を静謐に描いた「飯場の風景」のような作品も見逃せません。そんな彼が、魅入られたように色をふんだんに使い鮮やかに描いた「画室」(1966年)なんて作品のポップな感覚は、重く沈み込む馬の作品群とは全く正反対です。

 

 

しかし、1970年の夏、神田は32歳の短い生涯を終えました。死の少し前、彼はこんな言葉を残しています。

「結局、どう云う作品が生まれるのかは、どういう生き方をするかにかかっている」

生きることと描くことが同次元にある、リアリストならではの力が作品の隅々にまで行き届いているからこそ、私たちは感動するのだと思いました。

余談ですが、昨年末個展をしていただいた北海道在住のあかしのぶこさんにもらった、お土産のクッキーは、神田日勝の絶筆である「半分欠けた馬」のデザインでした。北海道の人々に愛されているんですね。

 

★連休のお知らせ 1/20(月) 1/21(火)連休いたします

★1/22(水)〜2/2(日) レティシア書房冬の古本市プレ企画「こんな本が揃いました」展

★2/3(月)2/4(火)古本市準備のため連休いたします

★2/5(水)〜2/16(日) 恒例となりました女性店主による『冬の古本市』を開催します。今年も神戸・大阪・岐阜・東京・御殿場・京都などの女性店主の選書です。ぜひお立ち寄りください。


 

 

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私事で恐縮ですが、

1.身内に北海道在住の羊飼いがいる。 2.彼のおかげで北国の面白い人達とのネットワークができた。 3.私はウマ年生まれ。

というわけで、羊・北海道・馬に関する事にはアンテナを張っています。

昨年の夏ぐらいのこと、とある新刊本屋さんの店頭に、大空をバックに佇む馬の写真が表紙の小説が置いてありました。

著者は、河崎秋子。略歴を見ると、北海道生まれ、大学卒業後ニュージーランドで緬羊飼育技術を研鑽後、道内で羊の飼育、出荷しながら、執筆活動を開始。この本「颶風の王」(角川書店1400円)で三浦綾子文学賞受賞とありました。本の帯には「力が及ばぬ厳しい自然の中で馬が、人が、懸命に生きている」と書かれています。

羊、北海道、馬と三拍子揃った本ならば読まねばと思い、立ち読みを始めたのですが、よ、よめない。もう涙、涙でページが進みません。

明治から平成まで馬と共に生きて来た家族のお話です。特に、第1章が凄まじい。明治の世、捨て子同然だった捨造が18歳の時、開墾事業で北海道根室に向かいます。その時、母の秘密を知ることになります。雪崩で洞窟に閉じ込められた母は、一緒にいた愛馬を食べて、飢えをしのぎ、お腹にいた捨造を守るのです。もう、この辺りで、あ、ダメ〜とは思ったのですが、第二章を捲ってしまいました。

次の章では、時代は昭和。捨造は老人になり、孫娘の和子は道産子の血を受け継ぐ馬と共に、孤島での昆布漁に従事ていました。ある時、強力な台風が島を襲い、馬を島に置き去りにせざるを得ない状況に追い込まれます。

ここで私は読むのを放棄してしまいました。この本のことは忘れていました。ところが、先日ブログで紹介した川本三郎「物語の向こうに時代が見える」(春秋社1500円)で、詳しく紹介されていたのです。そして、こういう時に限って「颶風の王」を手にする羽目になるのです。

最終章は平成の時代。和子の孫娘で、帯広の畜産大学に通うひかりは、偶然、取り残された馬の子孫が生きていることを知り、島に向います。そこに現れたのはその馬の血をひく一頭の若馬。島にはもう他に馬はいません。このままでは全滅、助けねばと思った瞬間、ひかりは馬と目が合います。

「その眼球からはあらゆる感情が失われている。憎しみ、愛情、懐かしさ、怒り。およそ人間が読み取れそうな種類の気持ちは込められていない。感情の移入を許さない代わりに、ここだけ風が凪いだような、静かな主張が見て取れた。同情を拒み、共感を拒み、そうして目が示している

わたしのどこが哀しいのだ、と。」

ひかりはここで生きることを選んだこの馬と別れ、島を離れます。あ〜やっと読めた!

ひょっとして、表紙の写真って、この島に残って生涯を終わる馬だっだのか。そう考えると、ああ、また涙が…….。

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帯広発の雑誌「スロウ」の最新号の特集は「馬の温もりと共に」です。カウボーイスタイルのおっちゃんと馬の顔の写真の表紙を見ただけで買いたくなるはず……..。

表紙をめくると、澄んだ目で前を見つめる馬の横顔。これ、森羅万象の不思議を思索する哲学者の横顔です。後ろ姿も、横顔もどれもこれも素敵な写真のオンパレード。

馬と一緒に森や海をトレッキングする牧場を営む奥川さんが、こう言い切っています。「馬術をやっている人の多くは『馬』を知らないままに馬に乗っている」馬に乗る技術は体得していても、動物として本来の馬について考えることが欠如しているとのことです。馬を楽しむなら、馬を知ることが必要不可欠なのだ。だから「馬に関わる人は、常に紳士で謙虚であるべき。そして馬と同じ、フラットな目線に立つ事」が大事とおっしゃっています。

この特集では、北の大地でがんばる牧場の姿だけでなく、馬具職人、装蹄師、駄鞍職人等の馬に関わる職人さんも登場してきます。馬具を直すことだけを専門とする工房、「ばんえい競馬」に出場するばん馬装蹄師、馬に荷物を載せて運ぶために作られた駄鞍作りの名人のお話は、めったに聞けない貴重なものです。

或は、治療と教育を兼ねたアニマルセラピーの一種「乗馬療育」で、障害者と向き合うホースコミュニティー、苫小牧で愛らしいポニーショーのインストラクター等等、馬と共に生きる人達の「人馬一体」の様々な人生模様を読むことができます。

仕事の相棒であり、親友であり、自分自身を見つめ直す存在、それが、馬だなんて、幸せなことですね。うま年の私は、もちろん買いました。

馬と言えば、沖縄発のミニプレス「馬語手帖」(1296円)、「ウマと話そう2ーはしっこに、馬といる」(1836円)も忘れてはいけません。馬と暮らす人生を選んだ筆者は、東京を捨て、与那国島に移住します。そこで、小さな出版社を立ち上げました。その事を二冊の本にまとめたもので、力まず、ゆっくりと、飾り立てずに馬と共に生きてゆくスタイルの魅力に満ちた本です。

 

ちょっと貴重な本が入ってきました。印南清著「馬術讀本」(中央公論社3000円)です。著者は明治生まれ、関東軍にも在籍していた陸軍大佐で、戦後は馬術振興のために活躍した人物です。

この本が珍しいのは、装本と序文を三島由紀夫が担当していることです。あとがきには、馬術を楽しむ三島の写真まで掲載されています。日付を見ると、昭和45年5月とあります。彼が自決をしたのが、この年の11月。最後の馬上姿です。三島は序文で、

「印南先生はその稀なる日本人の一人であり、古武士とヨーロッパ騎士道との、古きよき時代においてのみ可能であった有機的総合体である」と書いています。

おそらく、三島好みの人物だったんでしょうね。表紙絵は、三島の小説「音楽」も手掛けていた神野八左衛門。まぁ、三島コレクター以外には興味ないかもしれませんが、こんな大型の馬術本も出ていたんですね。

馬と言えば、競馬。競馬といえば、そうです寺山修司を忘れてはなりません。全6巻の「競馬場で会おう」(JICC出版6巻セット3000円)は、昭和45年からの、レースのドキュメントです。各レースの評価が載っていて、例えば45年11月の「中距離特別」の書き出しは、こんな具合。

「雨の日の逃げ馬には哀愁がある。(略)晴天の日の逃げ馬と、雨の日の逃げ馬の違いは、理由のない哀愁に由来している」

なんて、寺山らしい文章です。寺山は競馬がらみの著作もかなりありますが、競馬に興味なしの方にも、「競馬への望郷」(角川文庫300円)はお薦めです。巻頭に載っている名馬ハイセイコーに捧げた詩「さらばハイセイコー」は、人生の中で、踏ん張るべき時に読むべき作品といいましょうか。

「ふりむくな うしろには夢がない ハイセイコーがいなくなっても すべてのレースが終わるわけじゃない 人生という名の競馬場には 次のレースをまちかまえている百万頭の 名もないハイセイコーの群れが朝焼けの中で 追い切りをしている地響きが聞こえてくる」

今にも駆け出しそうな荒馬の闘争心が聞こえてきそうです。

 

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沖縄の出版社「カディブックス」から面白い本が届きました。「馬語手帖 ウマと話そう」(1260円)です。

もし、貴方が馬語をしゃべれたらどうなるのか? 

「先ずウマは『お!』と驚きます。『このいきものはヒトのようにみえるけれど、どうやらウマのことばがわかるようだぞ』とあなたに注意をむけます。」

もう、これだけであなたの世界は大きく変わります(ホンマ?)。著者はウマと暮らし始めてまだ一年半の、いわばウマに関しての素人さんですが、何を考えて、どう行動するのか知りたかったそうです。ということで、先ず、彼らとのコミュニケーションの学習は「からだのコトバを読み取ること」からスタートです。ウマのコトバを知りたかったら、なにはともあれ耳を見るのが一番。

こうして、間合いを読み取り、ウマの気持ちを斟酌して、会話へ進みます。最終章では具体的アプローチが書かれています。(これって、殆ど知らない人といかに上手にコミュニケートしてゆくかに応用できるかも)

ウマは、別に人と積極的に関わりたいとは思っていません。興味があるわけでもなく、美味しい草が食べられればそれで良しです。けれど、作者はこう考えます、

「ウマは、たとえ興味を失ったとしても、害を与えるのでなければ、人間がそこにいることを受け入れてくれる動物です。個人的には、ただそれだけでも、すばらしいことだと思います。そんな生き物はそうほかにはいません」

 

「あんたのことはわからん。でも拒否はしない。受け入れます」と違う文化を受容する姿勢を書いた梨木香歩の「春になったら苺を摘みに」(新潮社700円)に通じるのかもしれません。

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