京都市内にある出版社「化学同人」は、その名の通り化学や物理関連の本を出している老舗出版社です。近年は海外の児童文学や絵本にかなり力を入れてます。そして新刊として、とても美しい絵本が登場しました。ヘレン・アポンシリ作、リリー・マレー文章による「海のものがたり」(2420円)です。

押し花アーティストとして活躍するヘレン・アポンシリは、この作品に登場する海辺の花々、そして多くの海洋生物を、海藻の押し花で描いているのです。睦じいペンギン親子、海中を漂うタツノオトシゴ、ラッコ、サメたちが美しく生まれ変わっています。

「海の中では美しい姿の海藻ですが、水からあげたとたん、からみあい、ひとかたまりになってしまうので、押し花にするのはとても大変です。水に浮かべた状態から、ゆっくりと紙の上にのせて広げます。そうして保存した海藻を、イラストへとアレンジしました」と作者は語っています。

今までとは、全く違うイメージで海に生き物たちが迫ってきます。ここで使用されている海藻は、イギリス南部の海岸で作者が集めたものです。時化の海から渚へと打ち寄せられて、潮が引いた後に海岸に残されていたものを、丁寧に拾い集めて作品に仕上げていきました。

なお、ヘレンが押し花アーティストとしてその魅力を知らしめた「命のひととき」(2420円)も入荷しています。跳ね回る野ウサギや、羽ばたく蝶々、暖かい場所へと向かって長い旅に出るカナダガンなどが登場します。まるで自然の中にいるような錯覚に陥る素敵な本です。

なお、本年末に同社の絵本フェアをやる予定ですので、ご期待ください。

1932年コロンビアに生まれたフェルナンド・ボテロ。この画家の絵を観たら幸せな気持ちに浸れること間違いなしです。

映画「フェルナンド・ボテロ豊満な人生」(アップリンク京都で上映中)は、現在に至る画家の人生を辿った記録映画です。彼の手に掛かると、人間も静物も全てふっくらした形状になるのです。素朴でユーモアのある画風は、世界中に多くのファンを作ってきました。

この映画では、幼い頃に父を失い、闘牛士になるために学校に通いながらスケッチ画を描いていた幼少期から、画家を目指してひたすらキャンバスに向かう日々、そして対象物をぼってりと誇張して描く独特のタッチを見つけ出すまでを追いかけています。蛇足ながら、若き日のボテロはロバート・デ・ニーロばりのイイ男。現在の彼も枯れた魅力をたたえた男前です。

ポップアートや表現主義的な抽象絵画がシーンのトレンドの時代に、彼はひたすら具象画を描き続けました。ぽってりふっくらな人々、動物たちを。そして、ついに「12歳のモナ・リサ」が MOMAで展示され俄然注目を浴びます。

雑誌で見かけたことはありますが、これほど沢山のボテロ作品に出会ったのは初めて。芸術って人を楽しませるものなのだ、というボテロの言葉通り、映画を観ている間ずっといい気分でいました。

彼の人生は波乱万丈で、コロンビア出身ということで差別されたり、愛する息子を失ったり、何度もドン底を経験します。やがて、彼は彫刻に挑戦。もちろん、ぽってりした人物や動物たちを制作していきます。各国で開催された展覧会場に、ズラリと彫刻が並んでいるシーンが登場します。子供が不思議そうな顔をしながらその彫刻に見入っているシーンが、微笑ましい。

その一方、2005年アブグレイブ収容所で起こった米兵による囚人への虐待事件を怒りを込めて描き、50枚の絵画を発表します。この作品群はイタリア、ドイツ、ギリシャで公開され、翌年にはニューヨークでも展示されました。

現在90歳になったボテロは、子供たちや孫たちに囲まれながら創作活動に勤しんでいます。

ちなみに今年4月「ボテロ展 ふくよかな魔法」が開催されました。10月8日からは「京都市京セラ美術館」に巡回してきます。これはぜひ観なくては!幸せな気分になりましょう!

 

 

デイブィッド・ホックニーは1937年イギリス生まれ。63年に渡米してアンディ・ウォーホールに出会い、その後、ロスを拠点にポップアート運動に関わり、影響を与えてきました。

ウェストコーストのまばゆい陽光をイメージさせるような華やかな色彩の作品が数多くあります。油彩以外にも、数十枚のスナップ写真を貼り付けたフォトコラージュ作品も制作しています。

今回入荷したのは、1989年滋賀県立近代美術館「David Hockneyデイヴイッド・ホックニー展」(古書1500円)、と1994年東京等で開催された「Hockney in Californiaデイヴイッド・ホックニー展」(古書1800円)の図録です。

後者には、「彼がカルフォルニアに渡る前に空想の中で描いたイメージから、実際に訪れてからの作品、定住するようになって今に至る作品と、5部構成で様々な分野から100点を取り上げます。」と書かれていますが、ホックニーがどれほどカリフォルニアを愛していたかがわかります。収録されているドローイングが実に素敵です。

ホックニーといえば、スイミングプールを主題にした作品が好きでした。真っ青な空、スマートな住宅、そこに広がるプールの水の青さ。洒落たウエストコーストサウンドが聴こえてきそうな作品。

1960年代、まだ同性愛が受け入れられなかった時代に自身がゲイであることをカミングアウトし、同性愛をテーマにした作品もいくつか発表しています。「David Hockneyデイヴイッド・ホックニー展」には、「クウィアー/Queer」という作品が掲載されています。この言葉は同性愛者を罵る言葉です。性的なテーマを実験的手法で切り取った作品です。

80年代ポラロイド写真で撮影した作品をコラージュ風に集めた作品も見ることができます。この手法は、おそらくその後のコマーシャル撮影に影響を与えたのではないかと思います。82年京都を訪れた際に、龍安寺の石庭のコラージュ作品では今まで知らなかった龍安寺のイメージが広がります。

(「「David Hockneyデイヴイッド・ホックニー展」」に収録)

 

 

 

 

京都大丸で開催中の「堀内誠一 絵の世界」展にいきました。

私たち世代には、マガジンハウス社の雑誌「an・an」「POPEYE」「 BRUTUS」「Olive」等のロゴデザインで馴染みのグラフィックデザイナーですが、絵本作家として素晴らしい作品がたくさんあります。今回の展覧会では、それら多くの絵本の原画を見ることができます。

堀内は1932年東京生まれ。小学一年生の時に私家版の雑誌を作り始めた早熟の子供でした。家計を助けるために14歳で伊勢丹百貨店に入社、デザインの仕事を始めます。その一方で68年には澁澤龍彦と季刊誌「血と薔薇」の編集を手がけました。

1958年に結婚し、その年に初の絵本「くろうまブランキー」(福音館/古書650円)を発行しました。その後、同社の「こどものとも」シリーズを中心に作品を数多く残しました。「ぐるんぱのようちえん」「どうぶつしんぶん」など、読まれた方も多いと思います。洗練された色と形、考え抜かれた構成、同じ人が作ったとは思えないような多様な手法。どれを見ても、原画は印刷物とは違い、こんなにダイナミックだったの!こんなに美しい色だったんだ!と、感動しました。

会場で、釘付けになったのは「こすずめのぼうけん」の原画でした。細部まで描きこまれた鳥の姿、空を飛ぶこすずめや風景や植物など、いくら見ていても飽きてきませんでした。完成した絵本とは違う絵画の魅力に圧倒されます!

私が行ったのは、平日でしかも雨降りだったので、割と閑散としていました。おかげでゆっくり時間をかけて鑑賞することが出来ました。とても幸せな気分になった展覧会でした。(24日まで開催)

なお、堀内は1987年、54歳の若さでこの世を去りました。

 

個人的に最も信頼しているノンフィクション作家の一人、川内有緒の「目の見えない白鳥さんとアートを見に行く」(集英社/古書1700円)は、「目から鱗が落ちる」本でした。

白鳥健二さんは、51歳、全盲です。そして、年に何十回も美術館に通う人です。この人と美術館に行くととても楽しい、と言う友人の言葉に刺激されて、著者は、白鳥さんとアートを巡る旅を始めます。現代美術、絵画、仏像と、どんどんと広がっていきます。

白鳥さんは生まれつき極度の弱視で、色を見た記憶はほとんどありません。でも、彼曰く「色は概念的に理解している」。彼を中心に何人か(二人の場合もある)で美術館に入り、今、前にしているのはどんな作品なのかを説明していきます。その説明を聞き、白鳥さんはふむふむと頷きながら、一緒に会場を回るのです。

会場を誰かにアテンドしてもらう時、彼は「いやあ、正しい作品解説とかよりも、見ている人が受けた印象とか、思い出とかを知りたいんですよ」というスタンスです。

そして著者はこんなことに気づきます。

「目が見えないひとが傍にいることで、わたしたちの目の解像度が上がり、たくさんの話をしていた。しかも、ごく自然にそうなる感じがあった。」

「本当の意味で絵を見せてもらっているのは、実はわたしたちのほうなのかもしれない」と。(写真は美術館を楽しむ白石さん一行です)

確かに、本書を読んでいると、様々な会場で白鳥さんと同行したメンバーのとんでもない発想や解釈がポンポン飛び出してくるシーンに何度も出くわします。

また、目の見えるものが錯覚しやすいことは、見えない人は、他の感覚器官が極めて鋭敏なのだと信じていることです。現代美術のクリスチャン・ボルダンスキーの展示会で聴覚に訴える作品の前で、

「見えないからこそ感じるものがあるだろうってよく言われるんだよねー。そりゃあ、見えないから感じるものはありますよ。でも、見えないから感じることは、見えるから感じることと並列だと思ってるんだよ。そこにどういう差があるんだってツッコミたくなる。見えないからこそ見えることがあるって言う人は、たぶん盲人を美化しているんじゃないかな」と自らの思いを伝えます。

盲目のすごい運動選手や、辻井伸行さんなどの音楽家を見るうちに、きっと他に素晴らしい感覚を持っているんだと思い込んでしまっているのです。

著者は、白鳥さんとのアートの旅を通じて、今まで分かっていたつもりのことが、その一面しか理解していなかったことに覚醒していきます。だから、この本は、アートの紹介本であり、全盲の美術愛好家を紹介する本であり、そして著者の内面がどう変遷していっったかを記録した一冊なのです。

著者の前作「空をゆく巨人」でも目からうろこでしたが、本作もやはりそうでした。私にとって著者は、世界の見方が変わるような存在です。

 

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ最後の絵画と言われている「サルバトール・ムンディ」をめぐるドキュメンタリー映画だと書けば、アート系の静謐な映画って思われそうですが、いやいや、「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」(京都シネマにて上映中)は、サスペンス&ミステリーの面白い映画でした。

2017年、絵画オークションで「サルバトール・ムンディ」がなんと510億円で落札されたところから、アート界だけでなく、政治家、実業家、ちょっと怪しい闇の商人のような人物まで巻き込んで大騒動が勃発します。

縦66センチ、横45センチのこの絵画は1501年から17年ごろに製作されたらしいと美術界では言われています。が、この作品、本当にダ・ヴインチなの? 工房で作られた複製画じゃないの??と疑問だらけ。さらに1763年から1900年まで、どこにあったかも判明していない絵なのです。20世紀になってアメリカに渡り、なぜか個人宅の壁に掛けられていましたが、ニューオリンズの小さなギャラリーで競売にかけられます。(そのあたりを原田マハが小説にしたら面白そう)

この絵にピンときたニューヨークの画商が、たった1175ドル(13万円)で購入します。やがて、大英博物館の野心的なキューレーターの手で英国に渡り、ロンドン・ナショナル・ギャラリーの「ダ・ヴインチ展」で公開。一気に人気が上昇します。

が、その時招聘された美術鑑定のプロたちも、本物かどうか鑑定できないという立場をとるものが多く、本物!と太鼓判を押したのは、一人だけ。そこへ、ロシアの新興財閥のオーナーやら、手数料を騙し取る仲介業者、ちょっとやばそうな人物まで登場して、争奪戦が始まります。もう、この辺りになると007に登場する悪役みたいです。

スッタモンダの末、有名なオークション業者クリスティーズの手に渡り競売にかけられ、510億円という高額で落とされます。え?誰?そんな高額で買った輩は?? それは秘密にしておきます。もちろん、映画には登場しますが、あぁ〜成る程という人物でした。ところが、なんとこの作品、今どこにあるかは不明なのです。

目が点になったまんま、映画は終わります。いやはや、魑魅魍魎の跋扈する美術界巡りでした。

 

いつだったか、足が異常なぐらいデフォルメされた二人の裸婦像を見て、強く印象に残ったことがありました。それを書いたのが、モンパルナスに生きたアジア人画家、常玉(さんゆう)だったのです。

この画家の日本初の作品集「常玉-SANYU」(亜紀書房/古書3500円)を見つけました。思っていた以上に、彼の美しい世界を堪能しました。

「しなやかに流れる線は、猫が伸びをするように生きていて、そこに落ちてくる色彩を気持ちよく息づかせる。春の眠りの間に散った花々を手に取るように、僕は彼の絵に目を落とす」

と、奈良美智が推薦の文章を寄せていますが、静けさと忘れ去ったような懐かしさに、惹きこまれます。

常玉は、1895年四川省の裕福な家に生まれました。20代でフランスに留学し、パリのモンパルナスで活躍しました。生涯、一度も祖国へ帰ることなくパリに暮らし、1966年にガス中毒で孤独にこの世を去りました。1920年代のパリは”エコール・ド・パリ”と呼ばれる外国人画家たちが活躍をしていた時期であり、常玉はピカソやジャコメッティとも親交を結んだようです。

独特の画法でモンパルナスで名を挙げた彼をサポートしたのが、アンリ=ピエール・ロシェでした。フランソワ・トリューフォー監督の「突然炎のごとく」「恋のエチュード」などの原作者として映画ファンには知られていますが、美術界でも活躍していました。

常玉は、動物画を描いていた父親の影響もあって、多くの動物を描いた作品を残しています30代に描いた動物は、動物好きの作家の暖かい眼差しが注がれたものが多く、淡いタッチで一瞬の動きが捉えられています。

40代を過ぎたあたりから、寂寥とした風景の中にポツンと置かれた動物画が多くなってきます。「白象」「夜の豹」「疾走する二頭の馬」など、静まり返った空間に放り出されたような孤独な動物たち。これらの作品群が、とても心に染み込んできます。

NHK日曜美術館の司会、作家の小野 正嗣は「常玉が描いているのは、本当に裸婦や花や猫や馬なのだろうか。それらはもしかしたら、画布を包む空間から溢れ出した、淡い悲しみと深い静けさ、そして遠い懐かしさが、画家の手をやさしく促しながら、つかの間、画家にも私たちにも親しいものの姿を取って現われたものなのかもしれない。」

と、帯に書いていますが、まさしく彼方から立ち登り、フワリと私たちを包み込むような魔力を持っているように思います。ちなみに、2014年から15年にかけて巡回した「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 ヤゲオ財団コレクションより」展で、京都国立近代美術館に何点か出品されたらしいのです。それ以降、一度も日本では公開されていません。

 

✨●私が担当しています、逸脱・暴走!の読書案内番組「フライデーブックナイト」(ZOOM有料)の3回目が、12月17日に決まりました。次回は「年の瀬の一冊」をテーマにワイワイガヤガヤやります。お問い合わせはCCオンラインアカデミーまでどうぞ。

 

✳️お待ちかね「町田尚子ネコカレンダー」を入荷しました。2022年度版は、猫たちがダンスを踊っています。フラメンコやフラダンス、タップダンスにチアーダンスと、相変わらず笑えます。  550円。限定販売ですのでお早めにどうぞ。

 

 

白いギャラリーの壁に爽やかな色合いのシルクスクリーンの作品が並んでいます。絵本作家福井さとこさんの、レティシア書房での3回目の個展です。

福井さんは、京都嵯峨芸術大学卒業後、アニメーション制作を経て、2014年からスロバキアのブラチスラヴァ芸術大学に留学し、版画家ドゥシャン・カーライ氏のもとで版画と絵本の挿絵を学びました。2017年、ブラチスラヴァ芸術大学大学院修士卒業。卒業制作で描いた絵本『スロバキアのともだち・はなとゆろ おるすばんのぼうけん』で絵本作家としてデビューしました。2019年にレティシア書房でこの本の原画である木版画展を、2020年には『マギオ・ムジーク』(仁木英之作)の挿絵原画展(こちらは銅版画)を開催しました。

そして今回は、シルクスクリーンのとても洗練された作品展です。これは毎日新聞で一ヶ月に渡り連載された『チェコの森のカティ』(文・絵とも)をさらに深めて、新しくポプラ社から出版されるのを記念して開きました。なお、ポプラ社から出版される『カティとつくりかけの家』は、この原画展に合わせて10月9日より当店で先行発売させていただくことになりました。物語については、後日ゆっくりご紹介させて頂きます。

三回の展覧会は、それぞれ違う手法で描かれたものなのですが、生き生きとした人物や動物たちの巧みな描写は、さらにグレードアップしているように感じました。少ない色を多彩に見せることのできる「色の魔術師」福井さとこさんの奏でる優しいハーモニーをぜひご覧いただきたいと思います。(女房)

✳️福井さとこシルクスクリーン版画展「カティとつくりかけの家」は10月6日(水)〜17日(日) 13:00〜19:00(最終日は18:00まで)月・火定休

 

 

 

 

 

京都文化博物館で開催されている「小早川秋聲展」に行ってきました。「國之楯」(写真左)は、戦時下の絵画をテーマにした美術展で見たことがありましたが、衝撃的でした。従軍画家として中国戦線に出向き、沢山の作品を描いたのですが、本作品だけは日本軍が受け取りを拒否したということです。

そんな画家が、他にどんな作品を残していたのか興味があり、当店の近くの会場ということもあって出かけたわけですが、今回の作品展のサブタイトルに「旅する画家の鎮魂歌」とあるように、若き日、この人は世界を旅して、多くの作品を残していたことに驚きました。

小早川秋聲は、大正期から昭和期にかけて京都を中心に活躍した日本画家です。当時の日本人としては異例ともいえる程、海外へ出かけていきます。大正9年には3年間ヨーロッパを外遊し、インドやエジプトにも足を運んでいるのです。その数年後には、今度はアメリカに渡り、数ヶ月間過ごしています。会場には、外遊時代に書かれた作品がたくさん展示されていています。

飛行機もなければ情報も少ない時代に、よくぞここまで世界を回ったものです。異国の景色に日本的叙情を感じる作品の数々に、しばし足を止めました。ちなみに彼はヨーロッパ外遊中に結婚しています。外国にいることの不安や戸惑いが無い人だったのかもしれません。

日本軍の中国侵略とその後の日中戦争中、陸軍の依頼で従軍画家として中国、東南アジアに派遣され戦争画を描きます。愛国心を奮起するような勇ましい作品が多いのが戦争画ですが、彼の場合は、勇猛な突撃シーンなどはなく、戦場で疲れた兵士達の休息の時を描いたりして、静かな絵が多くあります。そんな中の一点が「國之楯」」でした。

黒一色で塗りつぶされた背景に、胸の前で手を組んだ日本兵が横たわっています。顔には出征兵士に送られる日の丸が覆いかぶさっていて、一人の兵士が戦場で死んだ事実が迫り、動かなくなった肉体の持つ重さに対面することになります。国のために死んだ兵士の姿としてみれば、日本軍ご推薦の作品になるはずだったのですが、哀しみを湛えた絵は厭戦の気分を盛り上げるとして拒絶されたのかもしれません。自分は戦犯になるかもしれない恐怖におののきながらも、戦後を生きぬき1974年、京都で生涯を閉じました。

 

⭐️本の紹介をZOOMにてさせたいただく「フライデーブックナイト」。次回は9月17日(金)です。

⭐️北海道のネイチャーガイド安藤誠さんのトークショーを今年も開催します。

10月24日(日)19時スタート(2000円)要予約


 

 

美術家森村泰昌の「手の美術史」(二玄社/古書2100円)は、題名通り古今東西の名画の「手」の部分のみをクローズアップした本です。

「『手が描けたら一人前の画家だと言われる。それほど『手』の表現は難しいのだが、画家たちは実によく頑張った。あらゆる角度から『手』を発見し、それがどんなものであったかを、絵としてつなぎとめたのである。」

と森村は語っています。様々な意味を発する手。誘惑するような、謎めいた雰囲気を醸し出すような、祈りを象徴するような、そして喜怒哀楽を演出するなど、数多くの手が登場します。

1540年ごろに描かれた「ルクレティア・パンチャーティノ」(56〜57P)は、赤いドレスを着て椅子に座っている貴婦人の肖像画なのですが、左手は肘掛に、右手は読みかけの書物の上に置かれています。繊細で、透き通るような色白の手先は、いかにも高貴な婦人のものなのですが、その右手にどこか寂しさが漂っているように見えるのです。

アングルの「アンジェリカを救うルッジェーロ」(P131)に登場する手は、上品なエロティシズムが漂う作品です。フェルメールの有名な「手紙を読む女」(P105)の指先をよく見てみると、なんだか力が入っている感じです。悲しい、あるいは怒りを誘う手紙だったんでしょうか?

こういう絵画鑑賞の方法もあるのだと教えてくれる一冊です。

さて、赤瀬川源平「日本にある世界の名画入門」(光文社カッパブックス/古書300円)は、日本の美術館が所有している海外の名画を紹介している本です。さすが赤瀬川と言いたくなるほど絵の解説文が面白い!

スーティンの「セレの風景」(名古屋市美術館所蔵)という絵を「汚いけど美味い餃子屋の魅力」と表現しています。

「スーティンの絵は汚ない。それは正直にいおう。世俗的な、社会通念から見て、汚ないといわれても仕方がない。でもその汚ない感じは、駅裏の、パチンコ屋のさらに裏にある、美味しい餃子屋の汚ない感じに似ている。」

こんな文章を読むと、この作品見たくなりますよね。

「非常に明晰な印象を受ける」とピカソの「腕を組んですわるサルタンバンク」(ブリジストン美術館)を紹介しています。「赤い色を使っているけど、ひんやりと冷たい。その冷たさが気持ちいい。」という文章が、なるほど、これが赤瀬川の審美眼かと感心しました。

笑ったのはシャガール。「家庭で揚げるてんぷらとの付き合い」。こんな文章でシャガールを書いた人はいません。とにかく面白い!名画の敷居がグッと低くなります。