写真家、エッセイストとして活躍中の植本一子が、世界に現存するフェルメール35作品すべてを観る旅に出ました。それを一冊にまとめたのが、「フェルメール」(ナナロク社/新刊2160円)です。オランダのマウリッツハウス美術館に始まり、アメリカボストンのイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館まで、七カ国に点在するフェルメールを追いかけていきます。

本の半分は植本が撮影した写真で占められています。美術館のある街の風景、そして館内、フェルメールの作品前で撮ったものが収録されています。作品を観ている人の後ろ越しに撮影している写真などもあり、こんな所に、こんな風に飾られているんだと興味津々です。アムステルダム国立美術館をはじめ、多くの美術館では写真撮影が出来るので、来館した人が自分のiphoneで撮影しています。羨ましい……。

例えば、有名な「真珠の首飾りの少女」を持っているマウリッツハウス美術館では、「この美術館は流れている空気がゆるく、懐が広い。たくさんの名画が所狭しと飾られているのに、仰々しい雰囲気はなく、本当に人の家にお邪魔しているような感覚。人が多くないこともあり、皆リラックスしながら熱心に絵を見ている。かと思えば大きなシャッター音をさせてiphoneで写真も撮るし、絵をムービーで撮る人、絵画とセルフィーをする人まで。」ということです。

「イギリスは多くの美術館が無料だと聞いてはいたが、チケット売り場がないことに驚いてしまう。」と著者は書いています。日本では信じられない状況です。イギリスでは四つの美術館を回るのですが、「音楽の稽古」という作品を所蔵しているバッキンガム宮殿英国王室コレクションは、普段は入れません。バッキンガム宮殿は、エリザベス女王の公邸です。ここには、フェルメールだけでなく、ルーベンスなどのヨーロッパ絵画が壁を飾っています。で、この家の主である女王が夏の避暑のためここを離れる時だけ、一般に解放されています。

この本を読んで初めて知ったのですが、フェルメール作品ってアメリカの美術館が多く所蔵しているんですね。メトロポリタン美術館が5作品、ワシントン・ナショナル・ギャラリーが4作品、NYフリッツ・コレクションが3作品という具合です。因みにルーブルは2作品です。

著者は全点踏破を終えた時、「女と召使い」を前にしてこんな感想を述べています。

「大きな絵の前に3人がけのソファがあり、そこだけ座れるようになっている。『女と召使い』までは少し遠いが、座って眺めてみる。窓が描かれていないのに、いつものように左側からの光を感じ、青いテーブルクロスには光の粒がちりばめられている。ドラマのワンシーンを切り取ったかのような一瞬。肖像画にも物語にも見え、そういえばフェルメールの絵はどれもそんな感じがあった。 深呼吸をしてソファから立ち上がる。とうとう全てのフェルメール作品を見終えたのだ。」

フェルメールにはそれほど興味のない私ですが、7カ国14都市、17の美術館を巡り、絵画に集まる人達とその街を捉えて、記録した「全点踏破」の長い旅に同行していると、来年2月大阪で開催される「フェルメール展」に行きたくなりました。図録より、断然こちらが面白い一冊だとおもいます。しかし、美術館は混むだろうなぁ………。

 

日本画家さわらぎさわさんの、柔らかな日差しのような絵が、小さな本屋の壁に並びました。しっとりと秋の落ち着いた雰囲気が漂います。

「スカンクの旅」(写真上)「夜空を見上げて」という作品の前で、物語が広がりそうで楽しいとお話ししていたら、実は絵本を作るつもりだったということでした。どんな世界に連れて行ってもらえるのか、続きを見てみたいものです。日本画の絵具で描かれた絵は、可愛いモチーフを扱っていても奥行きがあります。もしかしたら、この絵の深さは印刷では上手くでないかもしれません。完成した絵本も見たいけど、原画の素晴らしさを味わっていただいたいと思います。ゆっくりほっこりした時間が過ぎていきます。

子どもを囲んで、きりん、シマウマ、ゾウ、の顔がある「ZOO」(写真左)、子どもと花が揺れている「pure pure pure」など、さらりと描かれた作品にも、優しくふく風を感じます。

今回は、立体作品も4体飾られました。ゾウに乗った少年・鳥を抱いた少女・馬に乗ってかける少女・広げた両手にうりぼうを乗せた少女。子どもたちを、見ているだけで幸せな気持ちになります。遊んで作られた分だけ、作家の優しくてちょっとヤンチャな本音が強くでているのではないかと思いました。

我々が、本屋の片側の壁をギャラリースペースにしたのは、本を読もうかなと店に来られた方が、ホンモノの絵(もちろん版画や立体もふくめて)に出会って楽しんでもらえたらいいな〜と思ったからでした。キラリとした日本画独特の輝きは、本当に素敵です。気軽に覗いてみて下さい。(女房)

 

 

さわらぎさわ「愛と子どもの世界」展は11月6日(火)〜18日(日)

12時〜20時 最終日は18時まで 月曜日定休 

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京都駅ISETAN内にある、えき美術館で開催中の「渡辺貞一」展(11月11日まで)に行ってきました。

渡辺は1917年、青森に生まれました。18歳で上京し、画家になるべく川端画学校で学びました。1941年には第16回国展で初入選を果たし、画家としての道を歩み始めますが、病に倒れ青森に帰ることに。その後兵役に就き出兵しますが、奇跡的に帰国できました。

私はこの画家については全く知りませんでしたが、会場に入った途端にその幻想的で、静謐で、陰翳の深い世界に魅了されました。故郷青森の風景に広がる北国独特の暗い空からは、冷たい雪の気配をしみじみ感じました。

一方、花が好きだった彼は、自宅周辺の散歩を楽しみ、気に入った花々を描いてきました。本展では、花をモチーフに描いた静物画がズラリと並んでいます。そこにも清い精神性みたいなものが、静かに伝わってきます。さらに、花と月と鳥と河原をテーマにした作品群。渡辺の世界を支配しているのは、暗く、もの悲しい雰囲気です。「死」と「生」が同じ重さで描かれています。来場者も少なく、ゆっくりと見ることができたせいもありますが、思わず足が止まってしまう程、絵の中に入っていきそうになります。特に、右の写真の作品の背後に広がる空の深い青には感じ入りました。

1964年、ヨーロッパへ旅したとき、そこで感じたヨーロッパの空気、堅牢な建物の背後に広がる寒空を描いた作品もありました。1979年には、日中友好美術家訪中団の一員として中国南部へと向かいます。帰国後、現地で購入した紙と墨を使って水墨画に没頭します。会場の出口近くに、晩年の水墨画がありました。これが良いのです。掛軸などに興味がなく、あまり見た事がないのですが、三点並んでいた水墨の掛軸に、魅かれました。(歳をとったせいかも)

満足度100%だったので、滅多に買わないポストカードを数枚買って帰りました。

 

 

 

共に京都精華短期大学で油絵を専攻して、卒業。それから40年あまり、それぞれの人生を歩みながら「絵」を描くことを手離さずに来られた、三人の女性による展覧会「見ることの不思議展2」が本日から始まりました。

大家好子さんは岐阜県で、シルクスクリーンを制作されています。「ハイヒール」や「鳥」という好きなものを題材にして、繰り返しの形の面白さを追求した版画が並びました。テキスタイルの柄のような洒落た作品です。実際に作品のいくつかをプリントした布で、洋服も制作されていたのだそうで、その布(端切れ・200円〜)をはじめ、色鮮やかなポストカード、ブックマーク、Tシャツも販売しています。(ポストカードは150円)

長野利喜子さんは、身近なものを材料にして制作されています。メロンの皮を干してインクをのせ、プレス機で刷った楽しい版画作品。グリーンピースを描いたやさしい木版画。そして、卵の殻(小さく穴をあけて中身は取り出した後)に小さく切った和紙を貼り、ジェッソで固めて好きな色で自由に絵を描いた「タマゴ」たち。かまぼこ板から出来た小さなボックス。台所の中から生まれた愛らしい作品には、ほっこりニッコリしてしまいます。タマゴは一個ずつ販売中(100円〜300円)何も描かれていない白色のタマゴに、自分で着色してみるのも楽しいかも。

 

高井八重子さんは、油絵一筋です。グレーを基調にして、オレンジや黄色を配した洒落た色使いが本当に美しい。部屋の何処に飾ってもきっと素敵です。今回の展覧会のために描かれた、同じ構図で色違いの二つの横長の絵「パレード」(写真最上と左下)の作品は、ピエロの楽隊が奏でるお祭りの太鼓や喇叭が聞こえてきそうで、初日から本屋の壁にすっかり溶け込んでいます。 ずーっと絵を描き続けるというのは、なんてステキなことなんだろうと、改めて思いました。何かに心動かされる柔らかな感性と、それを表現できる確かな技術。そして、どこかしら懐かしい香りのする落ち着いた雰囲気。

三人は、卒業後は特に顔を合わせる事もなく過ごしてきて、2年程前初めて一緒に展覧会をされたのだそうです。2回目は、皆さん本好きということで、こうして本屋で実現しました。さて、まだ暑い日があると言ってもようやく秋らしくなりました。ぜひベテランの描く絵画をお楽しみください。(女房)

「見ることの不思議2」展は、10月9日(火)〜21日(日)月曜日定休12時〜20時(最終日18時まで)

 

「この広い世界で、音を見つけたのはいつだったのだろう。この広い世界で音を見つけたのは誰だったのだろう。ぴんと張り伸ばされた弦を指で最初に弾いたのは誰?張り詰めた皮を撥で叩いたのは誰?草の茎に息を吹き込んで、空気を笑わせたのは誰?」

という中沢けいの「誰が見つけたの」という文章の前後に、有元利夫の作品が並んでいます。有元利夫は、1946年生まれ、39歳で亡くなった夭折の画家です。リコーダーを吹く女性を描いた「サラバンド」、紙風船のようなものが飛び交う中で、まるで指揮棒を振り上げたようなスタイルの女性を描いた「音楽の愉しみ」、赤い靴を履いて体操をしているような「夜の歌」など、有元の世界観を代表する作品を楽しめるのが「七つの音」(講談社/古書/絶版2400円)です。

中沢の文章が、そのまま有元の作品の説明になっているわけではありません。有元作品の世界に流れる音の存在が、中沢のフィルターを通して文章に仕上げられた本です。

この本のタイトル「七つの音」について、妻、有元容子は「絵のタイトルにもたくさんつけるほど、本人も音にすごくこだわりがあったから。と中沢の対談で語っています。確かに、「室内楽」「楽典」「音楽」「古曲」等、音楽をイメージさせるようなタイトルがありますが、それぞれの絵が、楽曲そのものを表現しているのではなく、一つ一つの音に込められた大切な何かを語っているように思えます。

私は「ささやかな時間」(写真右)という絵が印象に残りました。リコーダを構えた女性が赤いテーブルクロスの机の前に坐って、どこか遠くを見つめています。音が空中に溢れ出す前の、静かな一時。見ていると心が落ち着きます。

中沢は「「誰が見つけたの」の最後をこう結んでいます

「この広い世界で、魂に響く音を最初に発見したのはいつだったのだろう。それから今日まで、どれくらいの時が過ぎたのだろう。時が過ぎる間に、どれくらいたくさんの音が発見されたり、作られたしたのだろう。」

有元の絵の中から、あなたの魂に響く音を探してみてはいかがですか。

 

★レティシア書房「夏の一箱古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催

ただ今ギャラリーで開催中「災害で消えた小さな命」(複製画)展の主宰者うささんが、代表をつとめる劇団Sol.星の花による「Voice in the Wind その声がきこえますか」が、京都府民ホールアルティ(上京区烏丸一条下る)で上演中。お問い合わせは劇団Sol.星の花京都公演実行委員会まで。7月10日(火)〜12日(木)

 


 

 


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 京都芸大出身の廣田美乃さんの個展が、5月8日(火)〜20日(日)ギャラリーモーニングで開催されます。廣田さんは、2012年にギャラリーモーニングさんと当店で、同時開催の個展をしています。(左の写真は当時のDM

今回の個展を記念して、彼女の作品を収録した小誌が出ました。(発行:ギャラリーモーニング800円)廣田さんは、1987年京都生まれで、京都市立芸術大学で油画を専攻し、作家活動を開始。2013年には京都美術ビエンナーレ産経新聞社賞を受賞しました。

性別を感じない若い(子供もしくは10代)人物の、ある時は淋しげな、ある時は哀しげな表情を捉えた作品が多く、この小誌には、2010年から16年までに制作された作品が収録されています

私は、登場する人物達の着ている服に白い色が多いことが、作品の世界観を表現しているように思えます。男女、老若、正邪、明暗、というように世界を二つに分けない、その間に漂っている様な透明な空気が感じられ、それが色のついていない白に通じている様に思えるのです。13年作「機密事項伝達」(写真右)は、白いシャツを着た三人の少年たちが、寄り合いひそひそ話をしている様子が描かれています。白いシャツが、彼らのピュアな連帯感めいたものを演出しています。その場を支配している空気は、静かで、清らかで、自覚のない悪意でしょうか。

 

じっとこちらを見つめているようで、もっと遠くの何かをさがしている視線や、虚ろに見えて、自分と世界の繋がりを考えているような表情のこどもたちの世界をお楽しみ下さい。

新作を並べる今回の個展のDMに、

「日常の中の些細なこと、気がつくと消えてしまう、ことばにするには難しい、その瞬間の、表情、感情、姿、空気」と書かれていました。(左は2018年・小誌には未収録の新作)

 

勝手ながらレティシア書房は、5月7日(月)〜10日(木)連休させていただきます。

よろしくお願いします。

★5月15日(火)から、沖縄在住のほんまわかさんの「紅型染めと小さな絵本 ほんまわか作品展」を開催いたします。

 

 

ヒエロニムス・ボスと聞いて、あっ、あの気色悪い絵を描く画家かと思われる方もあるかもしれませんね。

人物像はおろか、生年月日すら不明。後年、ブリューゲルやダリ、マグリットなど多くの画家に影響を与えた謎の多い画家ですが、肖像画も残っていないそうです。緻密な描写で、天国と地獄を所狭しと描いた代表作『快楽の園』に着目し、奇想天外なボスの世界を、ドキュメンタリーにした映画「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」を観てきました。

「快楽の園」は、1490年から1510年の間のいずれかの時期に描かれたもので、スペインのプラド美術館に所蔵されています。

奇々怪々、グロテスクに満ちていながら(写真左上)魅力的な作品で、いつまでも魅入って佇んだり、その描写に思わず笑っている人や、あっけにとられている観客を映画は捉えています。作品を巡って美術史家、作家、哲学者、音楽家、アーティスト達がそれぞれに熱い思いを語っていきます。それにしてもです、映像で捉えられた「快楽の園」の細部をじっくりと見ていると不思議な感覚になってきます。

エロチックであったり、オカルト風であったり、スプラッタ風であったり、これはギャグか??と思わせたりと、様々な場面がぎっしり充満しています。ボスが、誰のために、何のためにこの作品を描いたのか、全く不明です。描かれている世界が天国なのか、或は地獄なのか、多くの論争を巻き起こしましたが、これもまた不明のまま。ただ、何でもありの世界をじっくりと見た人が皆、それぞれの物語を語りたくなってくるのです。

平凡なセンスを吹き飛ばすボスの作品に一度トライしてみて下さい。

映画「謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス」の優れているなと思ったところは、監督が選んだ音楽が完璧に画面にマッチしていることです。ジャック・ブレルのシャンソン。エルヴィス・コステロの「オベロン・アンド・ティタニア」。「快楽の園」の世界をそのもののようなラナ・デル・レイの唄う「Gods&Monsters」。カール・リヒターのオルガンで、「憐れみたまえ、わが神よ!」等々、クラシックから現代のロックまで、その選曲のセンスに脱帽しました。

明治から昭和にかけて活躍した、京都の日本画家木島櫻谷の回顧展(泉屋博古館で開催中)に行ってきました。

京都画壇にあって、二十代で頭角を表し、明治後期から大正時代にかけて花形の画家として活躍した木島櫻谷は、動物画で抜きん出た才能を発揮しました。野を駆け下りる一匹の猪をダイナミックに描いた「野猪図」(明治33年)や、強風に向かって今飛び出そうとする鷲を描いた「猛鷲図」(明治36年 写真左)には、思わず身を避けたくなるような臨場感があります。「勇壮」という言葉は、こういう作品にこそ相応しいものだとおもいました。

熊と鷲が見つめ合う「熊鷲図屏風」(明治時代 写真右下)では、雪原に立ち、内省的で深い優しさを湛えた眼差しで遠くを見つめる堂々たる熊と、太い幹に鋭い爪を立てて、やはり遠くを見据える鷲を描いています。こちらは「静謐」という言葉が思い浮かんで、暫くの間、作品の前から動くことができませんでした。

さらに、高さ250cmの巨大な画面に描かれた、疾走する二人の騎馬を描いた「かりくら」(明治42年)になると、うかうかしているとこちらが馬に蹴り飛ばされそうな、ど迫力。風に舞う馬の毛並みの徹底的な描写力も忘れられません。一方で、彼の代表的傑作と呼ばれている「寒月」(大正元年 写真下)では、冴え渡る月光に照らし出された雪深い竹林を、周囲を警戒しながら歩む一匹の狐が描かれています。静まり返った竹林、鋭い目つきの狐。厳しい環境に生きる生命の一瞬です。

木島の作品で、最も多く登場する動物は馬だそうです。厩からのぞく馬の上体を描いた「厩」(昭和6年)は、哲学者のような知性と優しさを兼ね備えた馬が描かれています。

この展覧会を開催している泉屋博古館は岡崎近辺にあります。美術館自体も素敵な空間で、テラスから見渡す山の美しさが印象的です。ここから東に向かうと哲学の道で、今の季節、まぁ恐ろしいぐらい混み合ってます。この静かな空間で、京都の秋を心ゆくまで楽しまれることをお薦めします。

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3連休最後の月曜日(祝日でも当店は月曜定休です)、姫路市立美術館で開催中の「リアルのゆくえ」(11月5日まで)という美術展に行ってきました。

明治以降、西洋の写実技法に多くの画家たちが学び、数々の作品を発表してきました。日本洋画の先駆者、高橋由一の「鮭」が入口を飾り、明治から大正、戦争を経て現代まで、写実表現の変遷を堪能できる多種多様な絵画を集めた企画展です。

明治9年生まれの寺松国太郎の「サロメ」が、実にエロいことに感激です。むっちりした腰回り、ふくよかな乳房の女性が、その胸元にサロメの首を抱きしめているという構図で、美術的にどうのこうのというより、こら、おっさん何考えてるんや、このスケベ野郎と言いたくなる作家の妄想力に打ち砕かれました。

そんな下劣な私の性根を浄化させたのが、明治23年生まれの高島野十郎の「蝋燭」でした。蝋燭の炎を描いただけの作品なのですが、じっと見ていると、ジリジリという音まで聞こえてきて、その炎が揺らめいてくるのを感じます。炎が内包している精神性、あるいは宗教性までもが画面から立ち上ってきます。彼より数年後に生まれた中原實は、シュルレアリズム等の新しい表現に触れたことが画風に影響を与えているような「昼の星雨」が展示されていました。ポップでモダンなセンス溢れる作品で、硬質でヒンヤリした感覚が私好みです。

そして、こんな場所でお目にかかるなんて!と喜んだのは、長谷川 潾二郎の「猫」です。赤い絨毯の上で、暖かそうな顔つきで寝ている猫を描いた作品です。リアルなんだけど、どこか幻想的で不思議な世界は、同時に出品されていた「静物」、「代々木風景」といった作品にも見受けられます。

最も心に残ったのは、大正7年生まれの河野通紀の「淋しい水」でした。黒い背景に、机の上に載った鍋に入った水を描いたものですが、徹底的に精緻に描き込まれた作品からは、画家の内面が浮かび上がり、それが私たちの心に入り込み、様々な感情が湧いて来る作品です。

展示の規模、内容、そして適度な混み具合などすべてが満足のゆく美術展でした、暑い中、姫路まで行ったかいがありました。

 

 

 

★入荷しました!

吉田篤弘「京都で考えた」(ミシマ社1620円)入荷しました。初回サイン入りです。

 

毎日、本を中心に、映画、音楽等の紹介を書いているのですが、たまに美術展に出かけた時は、その印象をブログに残すようにしています。しかし、絵画の解説ってホントに難しい。風景が美しい、人物の描写が素晴らしい、みたいな恥ずかしい文章になりがちです。

先日入荷した江國香織の「日のあたる白い壁」(白泉社/絶版500円)は、こうやって絵画の解説をすれば、わかりやすく、しかも書き手の心情を伝えることができるのだなぁ〜と感心しました。好きな画家の一枚に、著者が魅かれていったワケを書いているのですが、なる程と納得します。絵画自体の説明やら、画家の歴史的背景を極力抑えているスタイルがよろしい。著者とその絵の間の個人的な物語に引込まれて、その作品を見に出かけたくなったりします。

ゴーギャンの「オレンジのある静物」の出だしは「こんなにおいしそうなオレンジの絵はみたことない。」と作品が急に身近になるようだし、カリエールの「想い」ではゴダールの映画「気違いピエロ」のある台詞から始まります。東郷青児は、自由が丘のモンブランというケーキ屋さんの包み紙に描かれた女性の話から始まって、

「そこに描かれているのは、この世のものではないような女のひとだった。かといって人形のようではなく、外国人のようでもなかった。ひどく華奢なのに、一方でどこかが奇妙に肉感的なのだ。年齢もあやしく、おねえさん、というには匂やかな色気があって洗練されすぎていたし、中年の婦人、というには美しすぎるようにおもえた。小鳥みたいな女だ。」とあざやかに描きだします。

江國の作品への深い愛情が飛び出したのが、小倉遊亀の「家族達」です。

「みて!私が描いたわけでもないのに、私はこの絵について、そう言いたくなってしまう。みて! こんなにすこやかで堂々として、みずみずしく、生命力に溢れた絵を、日本の女性が描いたの、と。」

たっぷりした存在感に溢れた作品で、シンプルであり大胆なタッチが際立っています。この解説の終わりに、江國は小倉と同時代に活躍していたジョージア・オキーフのことを引合いにだして、

「ちょうど同じ時代に、日本とアメリカで絵を描いていた二人の女性。二人共、かっこいいと思う。」と結んでいます。

どこから読んでも、絵画を見るワクワク感をぐっと上げてくれる一冊です。

 

 

★吉田篤弘の新刊「京都で考えた」(1620円)が発売されます。

全国発売は10月20日ですが、京都地区先行販売が決まりました。また、ご予約された方には先着でサイン本をお渡しします。先行発売は10月12日(木)です。