明治四十四年、女性解放運動の先駆者平塚らいてうたちが発行した雑誌「青鞜」は、当時全く新しいタイプのものでした。仲間たちで記事を書き、印刷所を見つけ、販売してくれる書店を探してゆく。これって、考えてみればミニプレスと同じ手法です。そして、著者の森まゆみもまた、仲間の女性たちと共に、地域雑誌「谷中・根津・千駄木」を1984年に創刊し、2009年まで刊行してきました。100年前の”新しい女”たちの雑誌作りが、著者にはどう映っていたのかが興味があって、「『青鞜』の冒険 女が集まって雑誌をつくるということ」(古書/900円)を手に取りました。

読もうと思った理由のもう一つは、「青鞜」に伊藤野枝が参加していたことです。ご承知のように、彼女はアナキスト大杉栄と共に1923年憲兵隊に拉致され、扼殺されて死亡しました。結婚制度を否定し、堂々と不倫を行ってきた彼女の生き方と平塚らいてうは、どんな関係だったのかも興味がありました。

著者は幼い時に、TV の歴史番組で「らいてうが森田草平と心中未遂事件を起こし、スキャンダルになって社会から葬りさられそうになるも屈せず、二十五歳で『青鞜』を創刊した女性の勇気ある行動にすっかり心を動かされてしまった。」らしいのです。

発行された「青鞜」全てを、精読し、内容を検討し、進歩的な部分、未熟な部分を、ほぼ300ページにわたる本書で検証していきます。また、関わった女性たちの生い立ち、「青鞜」で何をしてきたか、その後の人生はどうだったのかも追いかけていきます。女性が、今の何倍も生きにくかった時代を、どう生きたのかを検証している一冊でもあります。

そして、森は、同じ女性雑誌創刊者としての平塚のあり様を、時に、こうすべきだっだのではと、編集者ならではの視点で批判します。そこが、単なるらいてうを紹介した本とは違うところで、最も面白いところです。例えば、らいてうが、家事従事から解放されることが、精神の集中を高めると考え、女中を雇ったことに対しては、

「私は家事を手伝ってくれる人を雇えなかった。それは自分の思想を裏切ることになる。家事育児は家族と地域で助け合いながら満遍なく分担するのがいいと思う。」と述べています。

1885年福島に生まれた伊藤野枝は、この「青鞜」の編集部に1912年辺りから近づき、社内外から集まった新しい女達、与謝野晶子、長谷川時雨、岡本かの子らと親交を深めて強い刺激を受けとります。「青鞜」に詩を発表し、頭角を現していき、1915年に雑誌の編集、発行を受け継ぎ、この雑誌を女性文芸誌から、女性評論誌、女性論争誌へと変身させていきます。しかし、世間と軋轢を生じ、発禁処分や売り上げの低下等で、発行を続けることが困難になり、ついに廃刊へと追い込まれます。

森は、東北の震災や原発事故で、日本の未来に暗い影が落ちる毎日を生きなければならない今、らいてうや、野枝が生きていたら、何をするかを考えます。

「彼女たちは思うところを堂々と述べるだろう。もうごまかさなくていい、自分を偽らなくてもいいとというその声こそが、私を励ましてくれる。」

 

★ただ今開催中の「福井さとこ絵本原画展」に伴い、2月3日(日)18時から、福井さんによるスロバキアのお話会を行います。参加ご希望の方はレティシア書房までお申し込み下さい。(075−212−1772)

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も27店程にご参加いただきます。お楽しみに!

 

 

「おまえらヤクザか」

これ、給料を払わないキャバクラにユニオンのメンバーが乗り込んだ時、鼻息荒く経営者が投げつけた言葉です。

キャバユニオンは、キャバ嬢や、その他水商売で働く女性、男性のために結成された労働組合です。2009年の結成以来、セクハラ、暴力、不当労働行為が横行する業界で、200件以上の事件を扱い、労働争議を実行してきました。会の中心メンバーの布施えり子が、その過酷な現場を通して、女性たちの権利を勝ち取ってきた活動を描いたのが「キャバ嬢なめんな」(現代書館/古書950円)です。

「解雇や未払い。セクハラやパワハラは不正だからだ。ガマンし続けることなんてない。そして、不正に対してやり返すことは正しいことだからだ。」 だから、ユニオンを立ち上げたのだと。

しかし、なんせ怖いイメージの業界です。著者は、キャバクラ業界のことを知るために、自らも業界で働くことを決意し、飛び込んでいきます。身を以て知る、極めてルーズでいい加減な給与体系と悪どい経営の実態!彼女たちも、私たちと同じ賃金労働者のはず。それが、なせこんな仕打ちをされるのか。

とんでもない相手に団体交渉を突きつけ、粘りつよく要求を勝ち取ってゆく様は痛快です。刺青ちらつかすガキには、「わざわざショボいモンモン見せてんじゃねぇよ!」とブチ切れることもあったみたいです。「女性を食い物にして儲けている奴らを、絶対に許さない」という大きなエネルギーでいかなる妨害も突破してゆく有様が、ユニオンが実際に手がけた事案をもとに書かれていきます。

キャバ嬢ってお給料沢山もらってるんじゃないの、と漠然と思っていたのですが、これは大きな間違い。額面だけ見ると、高めの時給ですが、天引きの嵐です。詳しいことは第3章「自己責任と給与明細の暗黒」を精読してください。最低賃金にも満たない時給になっています。労働者であるキャバ嬢に、自分の仕事の業績を低く見積もらせて、「売上が悪いのは、私がダメだからだ」という自己責任意識を植え付けるシステムが蔓延っています。

さらに、「どうせキャバクラ嬢じゃん」という世間の差別意識が、彼女たちを追い込みます。「自分自身が持っている、差別や偏見についての意識を見直してほしい」と著者は切に願っています。この世界で働くのは恥だと思わされながら、働かざるを得ないって、とても辛いことです。

この本は彼女たちの現状を報告しながら、著者は他の業界がキャバクラ化しているのではないかと危惧しています。病欠したアルバイトから罰金を取ったコンビニ業界、飲食店のサービス残業の強制など、やたらと努力や自己責任が強調されてきています。季節労働者やフリーターを使い捨てる会社の、身勝手な雇用で作り上げた右肩上がりの経済って、そもそも何なんだろう? 総理、ぜひ御一読ください

★ただ今開催中の「福井さとこ絵本原画展」に伴い、2月3日(日)18時から、福井さんによるスロバキアのお話会を行います。参加ご希望の方はレティシア書房までお申し込み下さい。(075−212−1772)

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!

 


 

 

 

 

「花森安治は<装釘>の字を使った。今、本の見返しや目次ウラ、奥付などには、もっぱら装幀や装丁の字が使われている。釘の字に違和を感じる人も多いのではないだろうか。

『文章は言葉の建築だ。だから本は釘でしっかりととめなくてはならない』 これが花森の本作りの考えであった。」

その思想に基づいて、花森が担当した書籍の装釘を集めた豪華な「花森安治装釘集成」(みずわの出版/古書4000円)を入荷しました。花森は「暮らしの手帳」の表紙でお馴染みですが、それ以外にも多くの本の装釘に携わっています。300ページ弱のこの本を開けば、その広範囲の仕事をつぶさに見ることができます。超ポップな坂口安吾「教祖の文学」、舟橋聖一「満月」の妖艶さ、お洒落な渋澤敬一「ベッドでのむ牛乳入り珈琲」、など多彩な彼の才能を楽しめます。歌舞伎評論の戸坂康二の、一連の歌舞伎本らしからぬ仕上がりには驚きましたし、ハーパー・リーの「アラバマ物語」の様な海外ものも担当していたことは、初めて知りました。もちろん「暮らしの手帖」の創刊号から100号の花森が描いた表紙は全て収録されています。

暮らしの手帖社で、花森最晩年の6年間共に編集部で働いた唐澤平吉と、古書好きにはお馴染みの南駝楼綾繁、そして京都在住の画家林哲夫の3人が編集したこの本は、定価8640円もするのですが、十二分に見合った作品集です。(今回ご紹介している古書は、美本でお買得ですよ)

さて、もう一冊、見逃せない装幀の本が「佐野繁次郎装幀集成」(みずわの出版/古書3000円)です。

1900年大阪に生まれた佐野は、小出樽重に師事して絵を学び、多くの著者の装幀、挿画を手がけます。30年代後半には渡仏し、マテイスに師事しています。新刊書店員時代の私は、佐野の事は全く知りませんでした。しかし、レティシア書房を始めてから、彼の作品を目にする様になりました。深沢七郎の「言わなければよかったのに日記」という本の、カラフルな文字を見たのが最初だった気がします。

手元にある「佐野繁次郎装幀集成」を見ていると、絵のうまさに引き込まれていきます。熊凝武晴「南極観測船航海記」の表表紙から裏表紙にかけて力強いタッチで描かれた観測船。土門拳の「ヒロシマ」の黒い外函に描かれたデザイン。吉井勇「東京紅燈 集」で、細密に描かれた東京の町屋等、見飽きることがありません。佐野の担当した書籍はコレクターが多く、この本もサブタイトルに「西村コレクションを中心として」とある様に、コレクターの西村義孝が集めた作品をメインに収録されています。実際に、そう簡単に目することのない本ばかりですから、この本は貴重です。ネットでは1万円以上の高値(絶版)が付いてたりしますが、持っていて絶対に損のない装幀集だと思います。(今回入荷したものは美本です)

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!


 

山下達郎が結成したバンド「シュガーベイブ」は、アルバム「SONGS」(2500円/LP)だけリリースして解散しました。が、シティーポップの先駆けとして、いまだに人気の高いアルバムです。このバンドで、ベースを担当していたのが寺尾次郎。彼はバンド解散後、音楽界を去り映画界に転身。翻訳家として、多くのフランス映画の翻訳に関わり、二度とベースを弾くことなく昨年6月、63才で亡くなりました。

その娘の寺尾紗穂のエッセイ「翠星の孤独」(スタンドブックス/1400円)を読みました。父と同じく音楽と文筆の道に進みましたが、この本は、音楽家として一流だった父へのオマージュではありません。彼女が幼少の時、家を出て別の仕事場で暮らし始めた父は、年に数回しか家には戻ってきませんでした。

「私にとって父親は思い入れを持つには遠い人になり過ぎていた。時折CDや映画のビデオテーテープなんかを送ってきてくれたが、それはちょうど親切な親戚のおじさんから送られてくるような感じだった。」と回想しています。

そんな彼女も恋をし、子供を産み、そして辛い別れを経験してきました。一人の自立した女性が見つめた日常が、社会が、世界が書かれています。最後の章は、「二つの翠星ー父・寺尾次郎の死に寄せて」というタイトルで遠すぎた父の背中を描いています。

「つくづく私の人生はイレギュラーだ。未婚の母として長女を産み、そのまま次女三女が生まれた。三女が生まれて翌年、一度結婚することになったが、結局離婚に大きな労力を使った末、今は無事シングルに戻った。」

それでも、立ち止まることなく彼女は音楽を作り続けます。

「人と人との関係も音楽のように目には見えなくても、ある日突然途切れたり、転調しうるはかなさを持っている。私たちはたよりなさを生きる。たよりない日々を生き、憤ったり悲しんだりしながら、自らを抱えている。それでも人が生きていくのは、いがみ合ったり争ったりするためではなく、調和の音を鳴らすためだと信じている。音も狂い、加えて不況和音が鳴り始めているように思われるこの世界の中で。せめて一時、あなたと美しい音楽を奏でたいと思う。」

自分の立ち位置をしっかりと定め、「不況和音が鳴り始めている」世界をみつめます。原発労働者の悲惨な実態を書いた「原発と私」を読むと、「シュガーベイブ」に在籍していて、彼女の敬愛する大貫妙子が、六ケ所村について語る雑誌インタビューにも、「一通り目を通しはしたものの、これといって自分の中で原発が大きな問題となるということもなく、そのまま日常を送っていた。」程度とあります。しかし、ある労働者との出会いをきっかけに、その実態を知るために多くの本を読破して、その過程で彼女が感じたことが克明に書かれています。日常の些細な事柄から、社会の歪みに至るまで、時には怒りに満ちた文章で綴られたエッセイです。

蛇足ながら、現在彼女は、昨日紹介した斎藤美奈子と共に朝日新聞書評委員として活躍しています。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。今回も25店舗程が参加します。お楽しみに!

⭐️2019年1月18日(金)の「新叛宮沢賢治 愛のうた」のトーク&ライブは受付を終了しました。空席の確認などはレティシア書房075−212−1772までよろしくお願いします。


 

斎藤美奈子の「日本の同時代小説」(岩浪新書/古書450円)は、眠たくなる様な退屈な文学史本とは全く違い、痛快さに満ち溢れています。

1960年代から2010年代までの文学の大きな流れを、エポックメイキングな作品を中心にして描いています。ケイタイ小説や、ネットの伝言板を元にした小説までもが取上げられているのは、おそらく史上初の試みではないでしょうか。

のっけから、痛快です。「日本の近代小説の主人公は、概してみんな内面に屈折を抱えた『ヘタレな知識人』『ヤワなインテリ』たちでした。外形的に言うと『いつまでグズグズ悩んでんのよ』とドつきたくなるような性向を彼らは持っていた」で始まります。

60年代を「知識人の凋落」、70年代を「記録文学の時代」、80年代を「遊園地化する純文学」、90年代を「女性作家の台頭、2000年代を「戦争と格差社会」、2010年代を「ディストピアを超えて」と言うキーワードで括り、文学が切りこむ、その時代時代の姿に迫っていきます。それもノラリクラリではなく、もう全力疾走で。

世界ではベルリンの壁が崩壊し、日本では昭和から平成になっていった90年代を「女性作家の時代でした。」と位置づけます。その理由はこうです。

「文壇もまた長い間、男性社会でした。(かつて純文学の主流がヘタレな知識人予備軍だったことを思い出してください)。しかし。各種文学賞に女性作家が選考委員として加わり文芸誌の編集者や新聞の文芸担当者にも女性が増えれば、自ずと雰囲気も作品評価も変わります。」

さらに、90年代初頭には、文学界ではもう書くべき対象がないという雰囲気が漂っていましたが、様々な壁と偏見の前で動けなかった女性たちが、その閉塞感を破り、まだまだ書かれていなかった材料に挑戦していったのです。90年代前半は、笙野頼子、多和田葉子、松浦理英子がリード、後半に入ると、エンタメ系では高村薫、宮部みゆき、桐野夏生が、純文学系では、川上弘美、小川洋子、角田光代が、青春小説系では、江國香織、姫野カオルコ、藤野千代が、児童文学系からは、梨木香歩、森絵都、湯本香樹実が、そしてファンタジー系からは、恩田陸が登場します。この人たち、今も第一線にいて新刊を出しているのは、みなさんご存知の通りです。蛇足ながら、女性作家に混じってがんばった渡辺淳一の「失楽園」は「美食三昧、性交三昧。バブル時代を懐かしむかのような小説」と評価されています。 

村上春樹の「1973年のピンボール」の登場が1980年。この時代に出た本は、私が読書に熱中した時とシンクロしているので、あぁ、そうだった、こういう本あったなぁと、その頃を振り返りながら読んでいきました。2000年時代は、私事でいえば新刊書店の店長として大きな店舗を任されていた頃ですが、ケイタイ小説が登場し、インターネットに押され、本の売上げが急速に低下していきました。そして、2010年代。震災小説、介護小説、新しいプロレタリア文学と、未来の見えない時代を象徴するような作品が登場してきます。

ここまで、よくぞ描ききった! 斎藤美奈子の本はかなり読んできましたが、これは彼女の仕事としてはベスト1になるのではないかと思います。読書欲モリモリになってきます。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。今回も25店舗程が参加します。お楽しみに!

イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。予約受付中(1500円)レティシア書房075−212−1772(ただし、来年1月7日まで休業いたしますので、電話はつながりません。よろしくお願いします。)


 

歌舞伎囃子方の田中佐太郎「鼓に生きる」(淡交社/古書1900円)を読みました。表紙には、白髪の女性が鋭い視線で前を向いて、鼓をまさに鳴らそうとしている瞬間が撮影されています。この女性こそが、田中佐太郎さんです。えっ?女性なのに”佐太郎”?と思う方もおられるはずです。

彼女は、江戸時代から続く歌舞伎囃子方の田中傳左衛門家の、兄と四人姉妹の三女として、昭和23年に生まれました。生家の芸事が鼓だったので、お茶やお花を習うような軽い感覚でお稽古を始めます。ところが、兄が学問の道に進むことを決心し、他の姉妹たちがお稽古から疎遠になり、人一倍稽古熱心だった彼女に、白羽の矢が立ちます。しかし、歌舞伎の世界は女人禁制。そう簡単に、女性が舞台には上がれません。

田中家が担当する歌舞伎囃子は「鳴物」と呼ばれて、小鼓、大鼓など様々な打楽器を演奏します。舞台に上がり演奏する「出囃子」から、舞台下手の「黒御簾」と呼ばれる小さな部屋で舞台を盛上げる効果音を担当する「下座音楽」まで、広範囲に渡っています。その伝統ある田中家の未来が、一人の少女に託されようとしていました。限界に挑戦する様な厳しい稽古が始まり、実力を付けていきます。

それでも、女性であるという事がこの仕事には最大の障害でした。そんな時です。六代目中村歌右衛門の舞台で、囃子方の一人が急病になり、その代役として、彼女が小鼓を打つことになります。その結果、歌右衛門から「このままお嬢さんに(歌舞伎の黒御簾)をさせたらいかがですか」という、お墨付きの言葉をもらいます。最高の女形として歌舞伎界に君臨していた歌右衛門の後押しで、彼女は表舞台へと出て行きます。男性 だけの世界に初めて女性が入るのは、並大抵のことではありません。父傳左衛門は、「私語は絶対に慎むこと。きものは地味な色を着ること。笑顔は無用。たとえ役がないときでも黒御簾にいて、目と耳と空気で舞台の全てを覚えること」と、十六歳の少女にとって、極めて窮屈な心得を言いつけます。彼女はその心得を今も守っています。

女だからという理由でバカにされない様に、厳しい芸能の世界で第一線の実力を保つための姿が描かれて行きます。かなり以前ですが、NHKのドキュメンタリー番組で、彼女を特集した番組を観ました。鼓を打つ凛とした姿が、とても印象的でした。しなやかで力強い音は、厳しい修錬の中から生まれてきたのだと、本書を読んで理解で来ました。

能楽師で太鼓方の亀井忠雄と結婚し、三人の男の子を育てました、長男は亀井広忠として能楽の世界に進み、次男は歌舞伎囃子方として研鑽を積み、十三世田中傳左衛門を襲名、三男は七代目田中傳次郎を襲名して、やはり歌舞伎囃子方として、それぞれ第一線で活躍しています。家のことも子育ても、一切引き受け人任せにしない「昭和の母」らしい生き方も語られていきます。

長男の広忠は、この本の中で母親をこう表現しています。

「姿も、立ち振る舞いも、考え方も、すべて凛として、周囲に流されることなく自分というものを貫いて生きてきた人です。」

今や、古びてしまったような言葉「修行」という二文字が鮮やかに蘇ってきます。新春に読むに相応しい一冊です。

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。今回も25店舗程が参加します。お楽しみに!

 

 

今年も沢山のいい本、いい映画に出会うことができました。

上半期、ノンフィクション系の刺激的な本に出会いました。将棋に人生を賭ける棋士たちの日常と、彼らの心情を追いかけた北野新太「等身の棋士」(ミシマ社)は、久々に読みごたえのある”勝負師”ドキュメントでした。沢木耕太郎ファンは必読です。

川崎の今を伝える、磯部涼「ルポ川崎」には驚かされました。一時は、環境も治安も悪く、住むに決していい町ではなかった当時、この街を愛するラッパー達が立ち上がり、様々な活動をして、住み心地のいい場所に変えてゆく姿を追いかけた一冊。

本を巡る本では、内田洋子「モンテレッジオ小さな村の旅する本屋の物語」。イタリアに強い作家だけに、イタリアの本を巡る歴史、紀行が巧く書き込まれていて、一緒に旅するような気分になりました。もう一冊、沖縄で古書店「ウララ」を始めた宇田智子の「市場のことば、本の声」は、彼女の店を訪れる様々な背景を持った人々が、時にユーモアたっぷりに、時にペーソスを交えて語られます。前作「那覇の市場で古本屋」もお薦めです。

小説では、奇妙なイメージで独特の世界を作り出す小山田浩子の「庭」が、ダントツの面白さでした。この小説を買われたお客様が一気に読み、そのお母様もハマったと聞きました。ほかには、釧路在住の桜木紫乃の短編集「水平線」が、北の大地に生きる男と女の人生の哀感が滲み出る傑作でした。今はない青函連絡船に乗って読みたくなる一冊です。

映画は、辛く悲しいアメリカの今を描いたマーティン・マクドナー作品「スリー・ビルボード」が心に残ります。繁栄から取り残されたような過疎の町で繰り広げられる復讐のドラマなのですが、登場人物のやることなすこと、ほとんどが上手くいかず、袋小路に落ち込み、抜けきれない状況を描いていきます。ラストもちぐはぐなことになってしまうのですが、人間ってこんなものだという無常感が沁みますが、なんか救われた感じがあるのも事実です。

救い、という意味では、マウゴシュカ・シュモフスカ「君はひとりじゃない」、グレタ・カーヴィグ「レディ・バード」のエンディングに漂う、ほんの僅かな希望、まだ明日も生きていける希望が忘れられません。リアルで過酷な人生に灯された希望を、ウソっぽくならずに描くのは至難の技です。明日は下半期を書きます。

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。予約受付中(1500円)レティシア書房075−212−1772


 

 

 

 

ユダヤ人精神科医ヴィクトール・エーミール・フランクルが、ナチスによって強制収容所に送られた体験を綴った「夜と霧」という本のことは、ご存知の方も多いとおもいます。一筋の希望もなく、待っているのは悲惨な死のみという環境下で、その不条理を受け入れ、運命にどういう態度を取るのかを決める精神の自由を説いた本書は、日本では1956年に発売され、現在まで読み継がれています。

朝日新聞記者を経て、現在編集委員を務める河原理子が、自らの人生に大きな影響を与えた「夜と霧」を辿って、現地へ赴き様々な人に会い、河原自身が、この本とどう向き合ってきたのかをまとめたのが「「フランクル『夜と霧』への旅」(平凡社/古書1300円)です。

大学時代、一度「夜と霧」を手に取りましたが、巻末に収録された収容所で実際に行われてきた非人道的行為を証明する写真の数々に圧倒されて、途中で本を閉じた記憶があります。そして、これはそういう特別な場所でのナチの悲惨極まる行為を告発したものだと、今まで思ってきました。しかし河原は、「そう、これは、希望の書、だったのだ。明るい未来の希望、というよりは、心にしみいる希望の書。」と結論付けています。その後に、「そのことが腑に落ちるまでに、私は時間がかかった。」とも書いていますが……。

収容所に入れられることは、死を待つことに他ならない状況です。実際にフランクルは、妻を収容所で亡くしています。ガス室送りか、毒殺か、銃殺か……。どこに希望などがあるのでしょうか?著者はフランクルの他の書物も精読し、彼の残された家族や、収容所の生き残りの人達に会い、話を聞き、「希望」を見つけてゆくのです。

フランクルは、その人生を通して、憎悪という感情を排除してきました。演説でこう話しています。

「考えてみてください。いったい、私は誰を憎んだらいいのでしょうか。私が知っているのは犠牲者です。加害者は知りません。少なくとも個人的に知っているわけではありません。私は、集団に属するために誰かを有罪とすることに反対します」

彼は収容所から解放された時から、人間には、品格のある人たちと、そうでない人たちの二種類だけが存在すると繰り返し主張してきました。彼の全集の中に、演説原稿が残されています。

「強制収容所のなかでも、ときにはちゃんとした親衛隊員に出会うことがありましたし、またならず者の囚人もいたのです。ちゃんとした人たちが当時少数だったこと、またいつもそうだったこと、これからも少数派にとどまることを、私たちは受け入れるしかありません。事態が危険になるのは、政治体制が国民のなかからならず者を選んで上に行かせてしまうことです。」そして、こう結んでいます。

「だからあえて言う。どこの国だって、別のホロコーストを引き起こす可能性があるのです。」

今、この警告はより大きな真実味を帯びて聞こえてきます。

 

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。予約受付中(1500円)レティシア書房075−212−1772


 

 

絵本作家の酒井駒子が陶芸家ルート・ブリュックのことをこう書いています。

「様々なピースの集合が一体になって、ひとつの世界になっている作品に惹かれました。陶板のひとつひとつが美しく、完結した世界を持っていて、いつまでも見ていたいような気持ちになります。そしてそれらが集合して『音』になって、心の奥の方へ響いてくるような気がしました。」

ルート・ブリュックは、1916年ストックホルムに生まれました。36年、美術工芸中央学校に入り、グラフィックアートを専攻。特に版画の制作に力を注ぎ、卒業後はデザインの世界で活躍していました。彼女の繊細な作風を、アラビア製陶所のアート・ディレクターのクルト・エクホルムが気に入り、42年、美術部門に所属し陶芸の世界に入り込んでいきます。小さな陶板から、大きな壁画まで多種多様な作品を生み出しました。

そんなルート・ブリュックを紹介する「はじめまして、ルート・ブリュック」(ブルーシープ/新刊2160円)を入荷しました。上記の酒井駒子の文章は、この本からの引用です。彼女が好きな、馬に乗った少年の透明感、或は母鳥が雛鳥に話しかけている作品が持っている愛情深さなど、初めて見る美しさに溢れています。

同書で志村ふくみは、

「北欧に流れている神話性を感じる。女性の情緒的なものを超えて、普遍的な世界に心が惹きつけられる。タイルの色は鉱物の持つ絶対的な存在の高さ。その色は、たぐいまれな品格を現している」と称賛しています。

私のお気に入りは、1950年の作品「蝶の研究者」。青い帽子を被り、ブルーのジャケットを着た研究者が、左手に持った蝶を、右手に持ったルーペで調べようとしている作品です。彼が、蝶と語りっている様子が印象的です。

来年「ルート・ブリュック展」が、全国を巡回することが決まりました。関西では兵庫県伊丹市立美術館で9月上旬から開催されます。実物の青と緑のコントラストをぜひ見なければ!と思っているところです。

 

★年内は12月30日(日)まで営業いたします。

 年始は1月8日(火)より通常営業いたします。

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)


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川本三郎の「あの映画に、この鉄道」(キネマ旬報社/古書1800円)は、この著者の博識ぶりに驚かされながらも、楽しく一気に読んだ本です。よく知られているように、映画・文芸評論家であり、絶妙の散歩エッセイも書く著者は、鉄道ファンでもあります。この本では、そちら方面の知識、情報もフル稼働して、映画に出て来た鉄道を詳しく紹介してくれます。

しかも、北海道、関東、中部、関西、中国、四国、九州に区分けして書いているから驚きです。例えば、群馬県桐生市から栃木県日光市までを結ぶわたらせ渓谷鉄道。井筒和幸作品「のど自慢」、森田芳光の「僕達急行 A列車で行こう」等に登場し、最近の映画では是枝裕和「海街diary」にも使われていて、解説しています。

「父親の葬儀のために山形県の田舎町に来た三姉妹が、腹違いの妹に見送られ東京に戻る駅は、終点のひとつ手前、足尾駅でロケされている。」

と万事この調子で、映画に登場する駅のことが詳しく書かれています。凄いな、この記憶力と情報力。実際に足を運んだ場所もあるみたいです。京都も登場します。一本は山本富士子主演の「夜の河」です。

「昭和三十一年に公開されたこの映画は、何よりもまず、空襲の大きな被害を受けなかった古い京都の街並みをとらえるところに良さがある。堀川のあたりに瓦屋根の家が並ぶ。その堀川沿いに市電が走る。ポールを付けた昔ながらの市電。」

山本富士子の着物姿の色っぽさにあてられていただけの私とはちがうな〜。

もう一本は、京マチ子主演「偽れる盛装」(昭和26年)の京阪電車です。「京人形のような美女を、嫉妬に狂った男が追う。とうとう彼女は電車の踏切のところで追いつかれ、刺されてしまう。(幸い命はとりとめる) この踏切が京阪電車。地下に潜ってしまった現在、こういう場面は生まれない。」

著者はあとがきでこう書いています。

「日本映画が数多く作られた昭和二、三十年代の映画には、廃線になった数々の鉄道が、まだ現役時代の姿をよくとどめている。動く絵のなかにきちんと動態保存されている。そのことを記録に残しておきたいという気持ちも本書のモチーフになっている。」

昭和の時代が鉄道と共にあったことを記録する、資料としても一級の価値のある本です。ここに紹介される映画は、おそらく映像ソフトで観ることができます。お好きな一本を探すのも良し、文章を読んで行ってみたくなったら、ふらりと出かけるも良し。

因みにこの本は全編書き下ろしです。資料集めもさぞや大変だったと思います。

★イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。ご予約受付中(1500円)